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集部日記

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2010-08-20 隣の芝生は青い

「隣の芝生は青い」とはよく言ったもので、他人のものは何でもよく見えるものです。これは仕事でも会社でも同じこと。「あの人の仕事は楽そう」とか「あの会社はよさそう」とか、人間の性なんでしょうか、内情は何も知らないくせに、ついついそう思ってしまいます。

 私は心理学の専門家でないので、どういう精神構造でこうした感情がわいてくるのかよくわかりませんが、でも「自分が一番つらい境遇にあるのではないか」「自分は損をしているのではないか」と感じることは、年代・性別を問わず誰にでもあることです。

 そもそも、こんなことは比較しても仕方がないんですが、どんな組織でもそういう愚痴をこぼす人間は少なからずいます。先日、こんなことを話す若手社員がいました。「友人はきちんと働いて、きちんと休んで、非常にまっとうな暮らしをしている。それに引き替え、自分は何でこんなにボロボロになるまで働いているのかわかりません。それが会社に正当に評価されているとは思えません」

 確かに弊社の場合、締め切り時期は非常にハードな業務となります。ただ、仕事には人それぞれやり方があって、仮にまったく同じ仕事を与えたとしても、要領よく進められる人もいれば、そうでない人もいます。そもそも能力はみんな違います。それを「アイツのほうが仕事が楽だ」とか、「オレのほうが仕事量が多い」とか言っても始まりません。

 多少、理不尽なのかもしれませんが、仕事というのは“できる人間”に集中するのは当たり前のことです。もちろん集中しすぎては問題ですが、「コイツならこれくらいはできるだろう」という上司の判断のもと仕事は割り振られますから、取りも直さず仕事を多めに振られた社員は期待されているということです。

 しかし、社員のほうは「仕事に差がありすぎる。それに対し、会社が正当に評価しているとは思えない」と言います。その通りでしょう。客観的に数字で成果が現れるような仕事だとしても、それが本当に正当な評価と言えるのかも怪しいものです。しょせん評価するのは人間ですから、好き嫌いもあれば、何かしらの思惑があったりするもの。そう考えると、世の中には正当な評価などないのだと考えたほうがずっとすっきりします。

「評価もされないのに何をモチベーションに仕事をすればいいんですか」と若手は聞いてきます。至極、簡単なことです。何のために仕事をするのか。会社のためではありません。他人から評価をされるためでもありません。自分のためです。どこまで仕事に真正面から向き合い、その結果が納得のいくものだったか、そうでなかったのか。それだけのことです。

 適当に仕事をしても、たまたま結果は出せたとしましょう。周りはだませたとしても、自分はだませません。自分に嘘はつけないのです。どうせ誰も見ていない、正当な評価もされないと思うのは大きな間違いで、“お天道様は見ている”ものです。

 なぜこんなことを言うのか。自分の体験からです。誰も見ていないと思って手を抜けば、やはり結果に現れます。そして、その結果を誰かが見ています。同様に、一生懸命やったものに対しても、必ず誰かが見ています。

 結局、不満ばかり言って適当にやっていたのでは、自分自身の次の道は開けません。仕事に限らず、遊びだろうが何だろうが一生懸命やる。信念を持って自分に恥じない生き方をすればいいだけです。それは誰かが見ています。

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