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Interview

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全従業員がエンジンとなり
不確実性の時代に対応
掲載号:2018年9月

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栗原憲二 札幌丸井三越社長

「丸井今井」「三越」という、北海道に深く根ざした2つのブランドを抱える札幌丸井三越が新トップを迎えた。世情やマーケットのあり方が激しく変化する中、厳しい競争にどう生き残りを図っていくのか。栗原憲二社長にその方策を聞いた。

地域3番手の店で学んだ若手時代

札幌丸井三越新社長の栗原憲二氏は、1963年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後の87年に三越(現三越伊勢丹)入社。2010年営業本部MD統括部MD政策担当長、14年三越千葉店長、15年三越日本橋本店営業統括部長。17年執行役員百貨店事業本部店舗運営部長を経て、2018年4月に札幌丸井三越社長へ就任した。以下、一問一答。

   ◇    ◇

――中学受験で慶應義塾中等部へ入学し、大学まで慶應ひと筋だそうですね。

栗原 親族はほとんど立教大学出身で、私だけが慶應。大学野球の東京6大学リーグ戦で、慶應と立教は毎年4位か5位かを争っているライバルですので、親戚が集まる場では毎回厳しい立場に置かれました(笑)

――学生時代に熱中したことは。

栗原 中等部からバレーボール部に所属していました。高校までは現役だったのですが、途中から中等部のバレーボール部でコーチをすることになって。大学4年時には中等部の監督も務めました。

――在学中から監督というのは珍しいのでは。

栗原 顧問や前任のコーチから強い要請がありまして、しぶしぶと。その当時は就職活動の解禁日が8月1日だったのですが、部の練習や合宿が入っていて、11月下旬の引退試合まで就職活動をする暇がほとんどない。それで8月の合宿前、実家のある浅草から近い日本橋の三越本店にはなじみがあったので、ここならということで入社試験を受けたら、早々に内々定が出て。結局、三越以外には入社試験を受けませんでした。

――最初の配属先は。

栗原 横浜店(2005年閉店)の婦人部です。実は配属前の研修で訪れるまで、横浜に三越があることを知りませんでした。横浜市内は高島屋とそごうという巨艦店が君臨しており、三越は2店から売り上げでかなり離された3番手。ただそのおかげで、若手にも責任ある仕事を任せてもらえました。

――3番手だからこそ、新しい試みができた。

栗原 それにお取組先さま(商品仕入れ先)の側も、われわれを“ちやほや”してくれません。新人のころ、ある新規のお取組先さまに通ったのですが、はじめは相手にもされなかった。そのお取組先さまに対する、三越の他店の対応がひどかったから、ある店は、袋詰めで納品された服を開封もせず、店頭に出さないまま返品していました。

それを知らされた時はショックを受けましたが、信頼を得るために、私なりに商品ごとの詳細な訴求・展開・販売計画を立てて回るようにしました。販売の実績が上がっていくと、次第に信頼を得られるようになっていって、取引条件も上げてもらえるようになった。日本橋店のような巨艦店だと、仕事の幅が狭く、こうした経験はできなかったでしょう。失敗もたくさんしましたが、私自身のその後の業務に生かせています。

3つのキーワードで接客改革

――その後、本部のマーチャンダイジング(MD)部門を経て、15年に三越千葉店(17年閉店)の店長に就任しました。

栗原 千葉店はかつて地場の百貨店でしたが、三越と合弁での運営を経て、1984年から三越の単独運営となりました。そのためか、旧三越や今の三越伊勢丹本部との間で連携が取れていませんでした。

毎月の計画について、本部に協力要請がされていなかった。部下に聞くと、本部のバイヤーとの面識もないという。

そこで本部に支援を求められるようにしたり、お取組先さまから協力を得られるようにしたりと、陣頭指揮をとりました。店長になった当初は、今までと違い部下から上がってきた計画を自分が判断して、自分が進めることになる。その責任の重さに少しの間とまどったこともありましたが、こういった改善をすることができ、私にとってもいい経験になったと思います。

――日本橋本店では、接客改革に取り組みました。

栗原 15年に営業統括部長として赴任しました。近年は、商品だけで他店との差別化を図ることが難しくなっています。代わりに接客やサービスで差別化する必要がある。では接客とは何だろうと考えた時に、現代はさまざまな情報がリアルタイムで収集できますし、スタッフよりも深い知識や経験を持つお客さまが、たくさんいる。その上でお客さまの側に立ち、3つのキーワードを打ち出しました。

1つ目は「コンサル」。お客さまがスタッフに対してさまざまな相談ができるということ。

2つ目は「カスタム」。お客さまに合ったものをセレクトすることです。

3つ目は「ソリューション」。お客さまに対する提案や学びを提供するということです。

1人のスタッフが、多様なカテゴリーの商品に対して、お客さまより深い知識や経験を持つのは難しい。でも複数の専門スタッフが連携し、3つのキーワードをもとに、IT技術なども活用してお客さまの要望に応えていく。日本橋本店では、まずこの3つを高めた接客を実現できる仕組みづくりに力を入れました。

――顧客に対しての接客は、属人的なものになりがちだと思います。

栗原 最後は人による、というのは間違いありません。でもたとえば、外商マンがお得意さまから「クルージングに行くのだけど」と言われて、ファッションのことに疎かった場合、婦人服のスタイリストと連携がきちんと取れたらいい。

さらに言えば、クルージングなら旅行中のマナーであるとか、社交ダンスのような船内での催しに参加するための練習だとか、それに付随する情報も知りたがっていると思います。そうしたことまで汲み取って、専門のスタッフにつなげられるようにする。今まではアナログで、1人ひとりのノウハウの中でやっていた。それを形式知化し、ITも活用して進化させていく。これが接客改革ということです。こうした仕組みについては、札幌丸井三越でも次の計画に組み込めるようにしたいと思っています。

中期計画を立てながら実行していく

――今年4月に札幌丸井三越社長として着任されました。

栗原 カバーしているエリアが小型店や外商の出張所も含めると非常に範囲が広いという印象です。

もう1つ思うのは、道産品の扱い。「きたキッチン」や「どさんこプラザ」という業態は、札幌丸井三越独自の業態です。

丸井今井、三越それぞれのブランドは道内で非常に浸透していると思いますし、その分、われわれに対する関心や期待度も高いと感じています。

――着任後に取り組んでいることは。

栗原 幹部社員を中心として対話活動をおこないました。一番重要なのは、現実を直視し、共有すること。当社はおかげさまで18年3月期の業績が増収増益となりました。また丸井今井と三越との統合時の課題であった、労働条件の同一化も果たすことができました。

今後も有為な人材を確保して、モチベーションを高めていくために利益を確保するということで、今年度から22年度まで5年間の中期計画を作成しようと考えています。

最終年の22年度は、丸井今井が創業150周年、札幌三越開店90周年の節目です。10年先の変化はなかなか読み切れませんが、10年先を想像しながら、5年後の姿を描いていこうと。

すでに18年度に入っていますが、世情は劇的に変化していますから、できることはすぐやる、という意志表示でもあります。

われわれの強みや弱み、機会、脅威を整理した上で、対外的なものから社内向けのものまで、12個のプロジェクトをスタートしています。

――札幌市は冬季五輪招致や北海道新幹線延伸と、それにともなう都心などの再開発が計画されています。

栗原 札幌市はそれらの再開発の前提となる、まちのグランドデザインを検討している段階だと認識しています。それにどう関与するかは白紙ですが、中期計画の中に、まちぐるみで進める、または進めなくてはならない事案が出てくるかもしれません。

市や大通地区内の会合などにも参加させていただいていますので、中期計画が定まった段階で、地域活性化の取り組みについて、積極的に提案、参画していきたいと考えています。

――三越伊勢丹ホールディングスでは、中期経営計画の中で、所有不動産の活用を掲げています。

栗原 それは事実ですが、札幌丸井三越の不動産が、単純な転貸だけで収益をあげられるかはわかりません。将来にわたり地域に根ざしてビジネスを続けていくには、札幌、そして北海道のお客さまに支えていただくことが必要です。お客さまのご支持がいただけない手法では、利益にはつながらず地域に貢献もできません。

これまでは、リーダーの成功体験に基づいて計画を立て、企業組織は歯車となってそれを動かしていくことで成り立っていた時代がありました。でも現在は社会が劇的に変化をしている“不確実性”の時代。これに対応するためのキーワードは多様化です。リーダー1人の考えだけではなく、できるだけ多くの人たちが自ら学んで情報を共有し、アイデアを出し合う。その中で計画を立てて実現していく。組織を構成する人たちは歯車でなく全員がエンジンになる。そうした意識の改革が必要だと思います。

そのためには対話活動も必要ですし、お取組先さまなどの外部との接点も必要。そうした時間を確保するために、働き方改革が必要です。直接雇用とお取組先さまのスタッフ、合わせて約5000人の労働条件や営業時間の見直しなどをおこなっていく考えです。

=ききて/清水大輔=