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2022年

山下敏彦・札幌医科大学学長「札幌医大の元気は北海道の元気」

山下敏彦 札幌医科大学 新学長

「発信力を高めていきたい」。札幌医科大学の新トップはそう語る。多くの医療従事者を輩出し、附属病院は地域医療の要であると同時に、高度医療拠点として機能する。ところが、意外にも、その実力は道民に知られていない。4月に札幌医科大学の新たな理事長兼学長に就いた山下敏彦氏は1958年、砂川市生まれ。83年札幌医大卒。整形外科教授、附属病院の病院長などを歴任してきた。以下インタビュー。

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©財界さっぽろ

スポーツ医学が盛んJOCとも連携

 ――人づてに柔道3段と聞きました。

 山下 中学生の時に柔道部に入り、当時は町の道場にも通っていました。高校ではいったん柔道と離れたものの、札幌医大で再び柔道部に入りました。

 ――医者を目指したきっかけは。

 山下 「匠の手」として知られる上山博康さん(札幌禎心会病院の脳神経外科医)は、いとこにあたります。上山さんは時々、砂川市の私の実家にも遊びに来られていて、影響を受けたのかもしれません。

 いずれにしろ、外科系医師への漠然とした憧れのようなものはあったかと思います。

 ――スポーツ医の資格を持っているそうですね。

 山下 札幌医大は以前からスポーツ医学が盛んです。スポーツ医学の実践においては医師だけでなく、リハビリを担当し、選手をサポートする理学療法士らの存在がとても重要です。札幌医大には保健医療学部があり、看護師や理学療法士、作業療法士らも育成しています。

 ――札幌医大がトップアスリートも担当されていると聞いたのですが……

 山下 保健医療学部長の片寄正樹教授が若手の頃から熱心に取り組み、スピードスケートの橋本聖子さんやスキージャンプの原田雅彦さんのケアにもかかわってきました。

 札幌医大附属病院内にはスポーツ医学センターが設置されており、さらにスピードスケートが盛んな地域にある帯広協会病院とも協力し、そこにもスポーツ医学センターが設けられています。最近では、スピードスケートの髙木姉妹のサポートも行っています。

 ――道内でスポーツ医学と言えば札医大、と言う人もいます。

 山下 JOC(日本オリンピック委員会)とも連携しており、2020東京オリ・パラでは医師と理学療法士を派遣しました。日本人選手が活躍して話題になったスケートボードの選手の医学サポートは、すべて札幌医大のメンバーが担当しました。

 ちなみに今年は日本臨床スポーツ医学会の学術集会が札幌で開かれる予定になっており、橋本聖子さん、ハンマー投げ金メダリストの室伏広治スポーツ庁長官に、ご講演をお願いしています。

 ――医学学会でアスリートが講演されるのですね。知りませんでした。

 山下 私が日本整形外科学会の学術総会会長を務めた時は、柔道の山下泰裕さんに特別講演をしていただきました。私ぐらいの世代で柔道をやっていた人にとって、山下さんは憧れの存在。個人的には「神」と言ってもいいぐらいの人です。

 昔から講演をしていただきたいと思っていて、この時は私の悲願がかなった瞬間でもありました。当日は主催者の座長として挨拶をしたのですが、山下さんを紹介しながら涙がこぼれてしまって……学会終了後に仲間から「座長席で泣いた人は初めてだ」とからかわれましたよ。でも、それぐらいうれしかった。

 ――ところで山下泰裕さんは現在、JOC会長です。札幌では2030年冬季大会の招致をしており、実現すれば札幌医大もかかわっていくことに……

 山下 ぜひ協力をしたいですね。

脚光を浴びる脊髄損傷への再生医療

 ――専門は脊椎・脊髄外科とうかがいました。脊椎・脊髄外科とは。

 山下 整形外科は専門領域ごとに分かれており、背骨の病気を担当する外科医と考えていただければ。首の骨も腰も、背骨の感染症や腫瘍も守備範囲です。

 研究者として最初に専門的に取り組んだテーマは、電気生理学を用いて腰痛の発生源を突き止めるというものでした。国内の成人の内2300万人が腰痛持ちと言われています。腰痛はいわば国民病。ところが、腰痛の発生源はいまだによくわかっていません。

 ――そうなんですか!

 山下 腰はとても複雑です。骨に軟骨、じん帯、筋肉、関節があり、一体どこが痛みに敏感なのかを調べました。結論から言うと、椎間関節が痛みに敏感という結果でした。

 この研究はアメリカのウェイン州立大学に留学した頃から続け、1995年には私の参加していた研究チームが、カッパデルタアワードをいただきました。カッパデルタアワードは整形外科のノーベル賞とも言われ、日本人では私が2人目だったと聞いています。

 ――専門の脊椎・脊髄分野の再生医療で札幌医大は大変、注目されています。

 山下 骨髄間葉系幹細胞を活用した、脊髄損傷に対する再生医療のことですね。

 もともとは本望修教授(神経再生医療科)が中心となり、脳梗塞を主な対象として研究をされる中で、脊髄損傷でも治験を行いたいという話になりました。そこで私が責任者を務めていた整形外科から大学院生を本望教授のチームに加え、一緒に取り組むことになりました。

 治験の第1例目から、その回復にとても驚きました。

 多くの脊髄損傷の患者さんの治療にかかわってきた経験から、受傷後1カ月が経過した時点で手足が動かないと、その後もほぼ動かないパターンがほとんどです。

 治験では、患者さんから採取した骨髄間葉系幹細胞を1万倍(約1億個)に培養して作った薬を投与するので、採取して投与するまで短くても1カ月はかかります。第1例目の患者さんは投与後しばらくすると、足を動かせるようになったのです。関係者全員がこれはすごい!と驚き、喜びました。その後も症例を重ねていき、およそ90%が手足の動きの改善が見られるという結果が出ました。

 本望教授は厚生労働省やPMDA(医薬品医療機器総合機構、医薬品などの承認審査を行う独立行政法人)と相談を重ね、13例目の時点で仮承認となりました。

 ――仮承認とは。

 山下 再生医療について国は、良い治療はなるべく早く患者さんに提供していくという方針で、仮承認とは条件・期限付きの承認です。すでに仮承認になってから70例以上の症例を重ね、治験と同程度の結果が出ております。このままいけば本承認になると期待しています。

 さらに、現時点では受傷後間もない患者さんしか治療対象になっていませんが、慢性期への治験もすでに開始しました。

 ――慢性期というと、どのくらいの期間ですか。

 山下 受傷後6カ月以上を経過された患者さんが治験の対象になっています。対象者の中には受傷後10数年、20年という方もいます。

 ――投与している薬は急性期の場合と同じ成分なのですか。

 山下 まったく同じです。治験は順調に進んでおり、慢性期でも期待できる結果が出ています。患者さんが日常生活をする上で大きな意味があると考えています。

 ――クオリティ・オブ・ライフの向上ですね。

 山下 ええ、もし脊髄損傷の慢性期でもこの再生医療が承認されれば、多くの人にとって福音になるはず。慢性期の患者さんは国内に10万〜20万人いるとも言われています。

 まずは急性期で本承認を得て、次のステップとして慢性期でもという流れに向け、取り組んでいくこととなるでしょう。

 脳梗塞でもすでに治験段階ですし、さらには認知症やALS(筋萎縮性側索硬化症)といった進行性の病気でも、この再生治療による効果が期待されています。

©財界さっぽろ

IRを駆使して大学を発展させる

 ――学長として大学運営の部分で注力している点は何ですか。

 山下 札幌医大では今後、とりわけIR(Institutional Research)に力を入れていく方針です。各種データを分析し、大学運営に役立てていく手法です。学生教育や研究、経営面にも生かすことができ、各大学で注目されています。

 学生のデータを例にとると、どのような学生が入学し、在学中はどのように学び、卒業後のキャリアをどう形成していくのか、といった部分まで分析をかける。そこから、どのような学生に来ていただくのが望ましいのか、というような課題や方針を導き出していく。

 このIRをさらに推進し、札幌医大をもっと発展させていきたい。

 私の思いとしては、大学全体をもっといきいきとさせたいですね。そのための環境づくりが学長の役割だと思っています。

 学外への発信力を高めていきたいとも考えています。そうすれば、学生や教職員のモチベーションがさらに上がっていくでしょう。私の思いを簡潔に、ストレートに表現するならば、札幌医大を元気にする!でしょうか。

 地域医療が札幌医大の使命で、実際に年間延べ2000人以上の医師を道内各地に派遣しています。ですから札幌医大がもっと元気になれば、道内医療の元気につながります。つまりは、札幌医大の元気は北海道の元気なんです。

 ――4月刊行の「北海道の健康をささえる 札幌医科大学附属病院の最新医療」を読み、驚きました。先端的な研究・治療がいくつも行われ、各分野の第一人者が何人もいる。ところが、一般にはあまり知られていない。

 山下 学外の人から「札幌医大はおとなしい」と言われたこともありました。

 炎症性腸疾患治療の第一人者(仲瀬裕志教授、消化器内科学講座)がおり、手術支援ロボット・ダビンチで実績のある先生も何人もいます。形成外科や耳鼻咽喉科でも、全国から患者さんが受診されています。各診療科は意欲のある学生や若手医師にとって魅力的な環境になっていると自負しています。

 新型コロナ感染症対応では、各地の保健所や医療機関にスタッフを派遣しました。重症コロナ患者の治療に使われるECMO(体外式膜型人工肺)においては、非常に高い救命率を残しています。

 ――使命である地域医療への貢献について、もう少し教えてください。

 山下 今後、ICT(情報通信技術)の活用が鍵になると考えています。オンラインで結ぶ遠隔医療が普及し始めており、NHKでも取り上げられた竹政伊知朗教授(消化器・総合、乳腺・内分泌外科学講座)は実際に、遠隔での手術指導も行っています。

 経験豊富な医師がICT技術を活用し、離れた場所での手術や治療、診療をサポートできる。そうすると、若手医師であっても地方勤務へのモチベーションは変わっていくでしょう。

 ――地方勤務でもサポートを受けながら技術を高められるわけですね。

 山下 地域医療の推進が具体的な形になっている事例があります。昨年、道立江差病院をフィールドに地域医療の研究・教育を担う新しい講座を開設しました。講座ですから教員もしっかりと配置できるわけです。このような地方勤務へのICT技術の活用は今後、江差をモデルにして、他地域でも行える可能性があると考えています。

 ICTと地域医療という観点でもう1つ申し上げるとすれば、モバイル端末を活用した、地域住民の健康管理システムの開発に取り組んでいるところです。


……この続きは本誌財界さっぽろ2022年8月号でお楽しみください。
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