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集部日記

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2014-08-14 人生五十年

私事で恐縮ですが、8月30日をもって満50歳になります。正直、この驚愕の事実(笑)に多少うろたえる自分がないわけではありません。一番近い大人は父親だと思います。では、父が50歳のときはどんなだったろうかと思い返してみても、あまり記憶にありません。父は1928年(昭和3年)生まれ。生きていれば今年で86歳です。その父が50歳というと1978年。私は14歳。中学2年ですから記憶がないわけがありません。しかし、小学6年の頃から父親とは離れて暮らしていたせいか、かなり印象が薄いのです。年に数度、会うくらい。50歳も60歳も、亡くなったときの70歳も、あまり変わらない。そんな漠然とした印象です。

親父がどうだったかは別にして、当時の自分からすれば、50歳は本当に“オジサン”という感覚だったと思います。そもそも自分が50歳なるなんて想像もつきません。孔子は「五十にして天命を知る」とおっしゃっていましたが、日本には「人生五十年」なんていう言葉があります。私自身、人の一生は50年くらいでいいと昔から思っていました。この欄でも何度か書いたかと思いますが、仮に明日死んだとしても、私自身はさほど悔いがないのです。実際、3回は死にかけています。でもそこで死ななかったということは、まだ天命をまっとうしていないということなのでしょう。もう少し生きて自分の役割を果たしてから死になさい、寿命はまだ先ですよと。そうだとしても自分の中ではすでに整理はできていて、ある意味、いま生きているのは“おまけ”みたいなものだということです。幸いにも自分のDNAは残せました。生物としての一定の役割は終えています。

自分でもいつからなのかわかりませんが、かなり人生を達観しています。確かに死にかけたことが3回あるというのは大きいのかもしれませんが、何となく子どもの頃からそんな思いはあったような気がします。自然豊かな田舎で暮らし、一番身近な生物は虫たちでした。捕まえたり、助けたり、攻撃されたり、殺したり、そんなことをしなくても秋には死んでいきました。植物もたくさんあって、植えたり、切ったり、刈ったり、食べたり。こちらも秋には枯れていきます。でも、春にはまた花は咲き、夏になれば葉は雄々しく天空を目指します。その繰り返し。そんな環境で育ち、人間も地球上に存在する生物の1つと考えれば、人生というか、死を達観するのは当然だと思います。だから自分の中ではなんら不思議はありません。

ですから、欲も大してありません。そんな編集長が9月号で特集したのは、なんと「ギャンブル」。何の冗談かと思いますが、これが大まじめなんです。ギャンブルの歴史を顧みれば、それこそ原始時代にまでさかのぼります。石や骨を地面に投げたときの落ち方で未来を占った呪術などが原点であるといわれています。それが現代ニッポンにどんな形で継承されているのか。その社会的意義は、なぜ人間を魅了するのか、経済に与えるインパクトは……。そこまでの深みは出せなかったのですが、多様化するギャンブルを総まくりしています。果てなき人間の欲望に付け入る見事なシステム。資本主義社会自体がギャンブルの要素を多分に持っていることを考えると、人間の愚かさがよりよくわかるというものです。

お盆です。終戦記念日も近づいています。先の戦争から69年。日本人は反省を忘れようとしています。安倍さんは日本をどうしたいのでしょう。従米国家から、本当の意味での独立した国家にしたいと思っているのでしょうか。であるならば日米関係をゼロから考え直さなければなりません。端的に言えば、日本からアメリカ軍は出ていってもらうということです。しかし、そんな動きはまったくありません。それどころか貴重な自然を破壊してまで沖縄・辺野古に新しい基地をつくるという暴挙に出ようとしています。日本国は沖縄の将来のことなど露ほども考えていなということがよくわかります。北海道同様、独立すべきです。日本国は北海道と沖縄を失って初めて、自分たちの暗愚がわかるでしょう。

財界さっぽろ9月号は、通常より1日早い本日発売です。株主総会等を経て正式に組織のトップとなった8人へのインタビュー、北海道観光の新たな動き、空の玄関口「新千歳空港」の運営権売却説、小樽ドリームビーチひき逃げ事件から危険ドラッグまで、今月も話題満載。お早めに書店、コンビニへ。(鈴木正紀)