「情報を先取り、タブーに挑戦」を編集方針とし、生活者・企業経営者に
最新かつ有益な情報価値をご提供する、北海道の地域政治・経済誌

ロゴ

トップページ > 編集部日記

集部日記

このエントリーをはてなブックマークに追加

2013-07-15 米国と日本

あと一週間で参議院議員選挙です。私に選挙権が与えられて何度目の国政選挙になるでしょうか。数えたこともありませんが、棄権をしたこともありません。毎回、せっせせっせと投票所に足を運んでいます。やはり国民の義務です。義務を果たさないで権利だけを主張するわけにはいきません。しかし、投票の回数を重ねれば重ねるほど、虚しさが増してきます。本当にこの国の政治はおかしい。というより政治家がおかしい。これほど世襲議員が多い国もそうそうありません。自民党はもちろんですが、民主党だって同じです。「個人の資質の問題だ。能力があれば関係ない」などと言う人がいますが、世襲議員の中に、そんな人間が何人いるでしょうか。

普通に考えてみてください。そもそも庶民と育ちが違います。貧乏を経験したことなどないでしょう。ひょっとしたらまともに働いたこともないかもしれません。もちろん、サラリーマンを経験して世襲議員となった人もいます。でも、親が国会議員の社員に対し、本当に能力重視、人本意で仕事が与えられていたでしょうか。まして勤め先は大企業です。中小零細企業に入社したという世襲議員は聞いたことがありません。

無論、そんな人たちが中小零細企業に勤めても、勤まらないと思います。世の中、使えない人間というものは必ずいるもので、そんな人間を中小零細企業は採用しません。ダメ人間がいれば、それだけで会社はつぶれてしまいます。人間社会に限らず、生物の世界でも一定割合で必ずそういう存在はいるもので、働かないアリがいれば、過労死するハチもいる。そうした多様なパーソナリティーの上に社会は成り立っているのですが、そこに偏りが出るとおかなしなことになってしまいます。

私は約30年の社会人生活を送っています。いわゆる大企業には勤めたことはありません。ただ公務員をやっていた時期はありました。現業部門の郵便局勤めです。当時で職員数は30万人、独立採算制でしたから、ある意味“大企業”といえるのかもしれません。数が数でしたから、いろんな人がいました。ちょっと問題がある人もいましたが、それは社会も職場も許容できていました。そう考えると大企業の役割は、そうした問題のある人間も雇うということで、社会的役割を果たしていたともいえます。その後、郵便局を辞めて、まさに中小零細企業を転々としました。

中小零細企業が大企業に劣るのかというと、まったくそんなことはありません。逆に大したもので、まさに少数精鋭。必ず尊敬できる人がいましたし“企業は人”なのだということを実感させられました。私は20年前から出版社での仕事をするようになり(必ずしも記者職ではありません。記者兼営業が当然でした)、さまざま分野の人と会うようになって感じることが多々あります。使えない人間は、公務員か大企業(大新聞社も含む)のサラリーマンになるしかないということです。もちろん、そうした大きな組織に“ダメ人間”ばかりいるのかというと、そうではありません。そんな組織だった潰れてしまいます。大半はそれなりの人です。だからこそ組織がもっているのであって、少々問題のある人間がいても許容できるということです。

中小零細企業はそれができません。確かにペーパー試験のいい人は、公務員になったり大企業に勤めたりするのでしょう。しかし、実社会に出ると、その能力はさほど必要のないものだということが、よくわかります。実社会の中で学歴ほど意味のないものもありません。学歴が通用するのも公務員か大企業です。要は胆力というか責任感というか、そういう人間としての基本的な部分が高いかどうかに尽きるのだと思います。

いまの日本、さまざまな職業がある中で、誰でもなれてしまうのが議員です。かなり恐ろしいことです。極端な話、何のリテラシーがなくとも、風に乗れば議員になれてしまいます。いちサラリーマンよりはずっと高い地位と名誉と報酬が与えられ、仕事はというと本来、法律の策定とチェック機能なのでしょうが、そもそもそんな能力もなければ訓練もしていない。できるわけがありません。一方で、何もしなくても報酬だけは入ってくる。こんないい商売はないわけです。だから何の能力もない子どもにやらせるにはちょうどいい。そんな輩が政府の中枢に“わんさか”いるのです。本来、官僚をコントロールし、実務をさせるのが政治家ですが、日本の政治は逆です。政治家が官僚にコントロールされています。民主党が政権を取ろうが、自民党に戻ろうが、その構図は変わりません。これでは、国はよくならないということです。

社会の辛酸を舐めることもなく、貧乏すら経験したこともないような人間に、世の中の何がわかるというのでしょうか。わかるはずがありません。そんな輩の政局報道を延々続けるマスコミもどうかしていると思います。誰にやらされているか、考えたことがあるのでしょうか。問題はそんなところではないはずです。本質から目を反らさせ、国民を誤った方向に持っていこうとする報道には憤りを感じます。

元外交官で評論家の孫埼享氏ではないですが、私は昔から日本の内政、外交すべての事がらは米国の意向なしに進まないという“米国謀略論”に近い考えをもっています。そんなことは妄想だ、あり得ない、考えすぎだといわれるかもしれませんが、戦後、国内で起こった重大事件を1つひとつを検証してみると、米国がバックにあると考えるならすべて腑に落ちます。政治家の失脚然り、法律の改正然り、外交政策然り、TPP然り……あげればキリがありません。そうした中で、安倍晋三首相の改憲発言です。体調不良での投げ出しはありましたが、政治的失脚はありません。やはり安倍さんは米国と通じているのでしょう。もっといえば、改憲は米国の意向なのかもしれません。戦争のできる国になれば、防衛費は増やさなければならないでしょう。米国の軍需産業は潤います。米軍の負担も少なくなります。米軍の手先としても使えます。格差社会を拡大させることによって、底辺の人間は軍隊に入るしかなくなります。いまの米国と同じ社会になるのです。果たして、日本人はそんなことを望んでいるのでしょうか。望んでいるのは米国でしょう。

石原慎太郎氏も橋下徹氏も脅威になると思えば、米国はどんな手を使っても潰すでしょう。しかし、そうなっていないところを見ると、この2人も米国と通じているのかもしれません。バラク・オバマは黒人初の米国大統領として世界から期待されました。私もどちらかといえば期待したほうの一人です。しかし、ある映像を見て「やはりダメだ」と思いました。何かのインタビューのときです。一匹のハエがオバマの周りを飛んだり、とまったりしていました。オバマは手で払いのけ、足元に落ちたそのハエを足蹴にしました。私はものすごく嫌悪感を持ちました。そこに生命に対する畏怖も尊厳も感じられません。あまりに不遜で傲慢な態度。言葉は何とでも言えますが、本質はふとしたところに出るものです。

米国自体が嫌いというわけではありません。その傲慢さが嫌いというだけです。思い起こせば、中学校で初めて英語の授業を習ったときのことです。自己紹介のとき名字と名前を逆に言わせられました。私の名前は「スズキ・マサノリ」であって「マサノリ・スズキ」ではありません。でも「英語圏ではファーストネームを先に言うのです」と教師は説明します。じゃあ、欧米人が日本にきたとき名字を先に言うのか。当時の米国大統領はジェラルド・フォードでした。彼が来日しても「私はフォード・ジェラルドです」などとは言いません。「エジソン・トーマス」とも「ワシントン・ジョージ」とも「ブロンソン・チャールズ」とも言わないのです。12歳の少年は大変な違和感を持ち、英語が大嫌いになりました。

思い返せば、そのころからの米国の“上から目線”が嫌いなのでしょうが、いくら戦争に負けたからといって、日本はそこまで対米追従になる必要があったのでしょうか。非人道的な原子爆弾の実験をやられた国にです。戦争自体が悪なのですから、原爆のことだけを取り上げても仕方ないのかもしれませんが、日本が平和を語らずして、誰が語れるというのでしょうか。そのあたりの矜持が、いまの国会議員連中にあるとは思えません。

官僚は地方分権を認めません。天下り先も減らしません。天下り先は公益法人だけではありません。権限が及ぶ関係企業への天下りを容易にします。製造業だろうがサービス業だろうが、企業は保険の意味も含めて官僚OBを受け入れます。まったくバカげた話です。官の影響がどこまでも及ぶ天下りシステム。結果、膨大な税金のムダ遣いが生じているのに、それを看過してきたのが日本の政治家です。国民はもっと怒らないといけないのですが、そもそも実態を知らない。知らなければ怒りようもないのです。本来、権力監視がマスコミ仕事なのですが、既存の記者クラブメディアはそうしたことを報じません。悲しいかな、報じられないものは、この世に存在しないのです。意図的に報じないということもできるのです。官僚と政治家と記者クラブは“一体のもの”と理解しなければなりません。

そういう中での参議院選挙です。存在そのものが問われている参議院ですが、衆議院と同じであれば必要ありません。2院制の意味がないのですから当たり前です。そんなところに242人もの議員を抱えておくコストなど、この国にないはずです。参議院そのもののあり方をもっと考えるべきでしょうが、それは次回に譲ります。財界さっぽろ8月号は絶賛発売中。今月も非常にクオリティの高いものができたと自負しています。実際に手に取ってお確かめください。お早めに書店、コンビニへ。(鈴木正紀)