今振り返る、私の思い出紀行 第二十三回【マーケットイノベーション社長 羽立 典弘氏】

学生時代、自由気ままに楽しんだ与論島への船旅
仕事関係で全国に行く機会は多いのですが、どうしても忙しさに追われ、訪問先の風景をゆっくり見たり、その土地の味を楽しんだりするのは、なかなか難しいのが現状です。心ゆくまでのんびりとした時を過ごす旅からは、久しく遠ざかっています。
忙しい旅に出る度に大阪で過ごした大学生時代、最後の夏休みに仲間と訪れた与論島での旅のことを思い出します。
1984年(昭和59年)の大学生活最後の夏、所属していた体育会軟式野球部での活動からも解放され、仲間4人と返還後10年を過ぎた沖縄を訪ねてみようという話がまとまりました。
コースは鹿児島県最南端にある与論島経由を選び、大阪から鹿児島・志布志への船便で出発。鹿児島で船を乗り換えて与論島を目指しました。長い船旅でしたが、今にして思うと、時間だけはたっぷりとあった学生時代でしたので、贅沢な旅だったと言えるかもしれません。
与論島は九州最南端、奄美群島の一つで、周囲23キロ㍍のサンゴ礁の小島です。第二次大戦後、アメリカの統治下でしたが、沖縄より20年ほど早く日本に復帰しています。その復帰までは日本最南端の国境の島として知られ、現在のように観光地としてのにぎわいはありませんでした。
当初は民宿に5泊して、その後沖縄本島へ渡るつもりでしたが、与論島は面積は狭いながらも初めての観光アイテムが豊富で、どれも魅力的な上に北海道や本州では見られない魚の刺身が味わえるなど、すっかり魅了されてしまいました。おまけに東京から来たという女子学生も仲間に加わり、にぎやかさも倍増でした。
見どころでは、潮の満ち引きで現れたり消えたりする砂浜・百合ケ浜や、グラスボートの周囲に群がるカラフルな熱帯魚など、いずれも自然そのものが演出する魅力に惹かれました。
また、澄んだ空気と余分な明かりがない環境での夜空の星の美しさも忘れられません。与論島は現在もなお〝日本で一番暗い場所〟とされ、2年前には「世界の持続可能な観光地トップ100」にも選ばれています。
こうした与論島の観光に魅せられて、滞在が長引いてしまい、予定していた沖縄本島への旅はキャンセルする結末となってしまいました。
40余年を経た現在、旅・観光の形態は大きく変わり、我々の青春時代のような自由気まま旅も、ある面難しさが増したように思います。
私も今は地域活性化のお手伝いに関わるようになり、地元室蘭の観光資源の保全、新たな魅力の開発の必要性を感じています。私の旅のように、室蘭がいつまでも心に残る旅先となるような取り組みを続けていきたいと思っています。

羽立 典弘氏