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赤黒の“レジェンド”砂川誠の“コンサの深層・延長戦”  
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森崎和幸氏(もりさき・かずゆき)掲載号:2019年3月

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1981年5月9日、広島県出身。高校1年時に双子の弟・浩司とともにサンフレッチェ広島ユースへ加入。高校3年時にトップチームの公式戦に出場。翌2000年のトップ昇格初年度から主力として活躍しJリーグ新人王を受賞。06年から11年までミハイロ・ペトロヴィッチ氏(現北海道コンサドーレ札幌監督)のもとでプレーし12年から17年途中まで森保一氏(現日本代表監督)のもとで3度のJ1優勝を経験。18年シーズン限りで引退し、広島の「クラブ・リレーションズ・マネージャー」に就任。

J2降格でミシャの考え方が変わった

砂川 昨シーズン、コンサドーレはサンフレッチェ広島と開幕戦と最終戦で戦った。開幕から比べてコンサの印象って変わった?最終戦(昨年12月1日)は現役最後の試合ということで、先発出場していたよね。

森崎 1シーズンであそこまでのチームをつくり上げたミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督)は、やっぱりすごい。それに若くて面白い、将来が楽しみな選手が多かった印象です。

砂川 みんなそうだけど、1シーズンで結果が出るとは思っていなかった。それがJ1リーグで4位だから。

森崎 2017年シーズンのコンサは守備に重きをおいていたと思いますけど、そこから180度変わっていた。選手の適応力という意味でもすごいと思いました。

それと、広島時代はあまり使っていなかったロングボールを使った攻撃をしていて、選手の特性を見ながらやっているのかなという印象でしたね。最終戦で実際に対戦してみて、それが少しイヤでした。攻撃のバリエーションがいろいろあったので。

砂川 ミシャは広島の後、浦和レッズで17年途中まで指揮を取っていて、対戦経験もあるよね。コンサとの試合でも「ミシャ対策」はしたの?

森崎 僕らはミシャのやり方を10年くらいやっていたので、良いところ悪いところが全部わかった上で試合に臨んでいました。その上で、ミシャのサッカーはハマると手が付けられない。最終戦でも、先に2失点しましたからね。

砂川 結局最終戦は広島に追いつかれて引き分け。リーグ2位の可能性があったのに、4位で終わった。結果としてはもちろんすばらしいけど、今年はそれを受けての2年目。チームもサポーターも、昨年以上の結果を2年目のミシャに期待している。広島での監督2年目のミシャは、どんな感じだったの?

森崎 ミシャが広島に来たのは2006年の途中ですが、その年はミシャのおかげで降格圏から抜け出して、まずまずの成績でシーズンを終えました。僕らもコンサと同じく、2年目はさらに上を目指せるとみんなが思っていました。

実際、キャンプはいい雰囲気でしたし、シーズン前半は勝ち点も取れていました。でもシーズン途中から、その歯車がかみ合わなくなっていった。

砂川 それは何が原因だったの?

森崎 シーズン途中から相手チームがしっかり分析してきて、こちらが前掛かりになったところをカウンターで失点する形で負けが込んでいきました。その流れを最後まで変えることができなかった。結果としてJ2に降格してしまいました。

砂川 そのシーズン、選手補強はしたんだっけ。

森崎 いや、ほぼありませんでした。1年目をいい形で終えて、ほとんどの選手が残留しました。

砂川 降格しないために、何が必要だったのだろう。

森崎 若い選手が多くて、経験が足りなかったところはあると思います。

(構成・清水)

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●著者プロフィール

1977年千葉県生まれ。2003~15年までコンサドーレ札幌にチーム最長の13年在籍。小野伸二選手とともに指導するSuna×Shinjiサッカースクール(公式Web:http://sunashinji.com)の運営、コンサのアドバイザリースタッフ、コンサユース・U-14コーチ、石屋製菓社員と4足のわらじを履く。