【東日本大震災10年―3】大混乱の北海道経済、その損失は?

 東日本大震災から10年、あのとき北海道には何が起き、どう対応したのか。10年前の2011年5月号で掲載した震災特集から記事をダイジェスト掲載。

 今回は大混乱に陥った北海道経済への影響について詳報した当時の記事を公開する。イベント業の過剰自粛による損失や印刷業関連の災害不況は、胆振東部地震や現在のコロナ禍にも通じる状況だ。以下、内容はすべて2011年4月時点のまま。

観光・漁業大打撃 道内被害総額1000億円超!

 漁師の生活の糧を容赦なく奪った津波。観光地をにぎわせていた外国人観光客を消し去った原発事故。東日本大震災は本道の基幹産業、漁業と観光に大きな傷を負わせた。両業界の損失額の合計は優に1000億円を超える。

洞爺湖温泉街 ©財界さっぽろ

国内観光客の回復に期待

「3月16日に札幌市内の主要ホテルに問い合わせ、キャンセル状況を調査した。4億7000万円の損失が発生したと試算しました」(札幌市観光文化局)

 地震発生後6日間のみ、しかも宿泊業界に限定した数字で、これだけの被害額にのぼる。リゾートホテルが林立する洞爺湖温泉街では、3月22日までのキャンセル客数だけで8000人になった(洞爺湖温泉協会調べ)。他の温泉街も同様にキャンセルが続出した。今や道内一の観光名所・旭山動物園ですら3月の入場者数が落ちたという。被害は全道の観光関連業界に及んでいる。

 800億円。今、観光関連業界内でささやかれている道内被害額である。北海道観光振興機構が昨年4月から6月の観光客数、ホテルのキャンセル状況などから、土産店や運送業などの関連業界も含めた影響額を算出した。あくまで推計値だが、決して大げさではないだろう。

 損失を最小限にとどめるため、4月下旬まで営業を休止する旅館も出ている。地場銀行幹部は「こういう状況だからこそ、銀行としては引き金をひくことはしたくない」と観光業界への配慮をにじませているが、業界内では、もともと厳しい財務状態の地場ホテルチェーンの先行きを心配する向きも出始めた。

 観光業界の目下の関心事は、この落ち込みがいつまで続くのか。外国人観光客の足が再び北海道に向くまでには時間がかかるという見方が主流だ。「原発事故の衝撃はあまりにも大きく『いくら北海道は大丈夫』と言っても敬遠されるでしょう」と、大手シティホテルの幹部は見ている。

 となると頼みの綱は国内観光客数の回復だ。洞爺湖温泉観光協会によると、国内観光客のキャンセルが少し落ち着いてきたという。洞爺湖温泉街では4月下旬からの花火大会、5月のマラソン大会といったイベントを予定通り実施する。

 長期化する首都圏の電力不足が、本道観光にプラスになると見る向きもある。「経営効率を考え、企業によっては社員に休暇を長めにとらせたりするはず。エアコンの使用が制限されてますます暑い東京を脱出し、涼しい北海道に来る人が増えるのではないか」(前出のシティホテル幹部)

 もっとも原発事故が終息しない中、「3・11」が消費者の心理にどんな影響をもたらしているかはわからない。果たしてマインドが観光に向くかどうか。試金石になりそうなのが、観光業界の稼ぎ時であるゴールデンウイークの状況だろう。

 また、原発事故は本道が力を入れている農産物輸出にも影を差す。EUなどは輸出証明書の発行を求めており、水際作戦に乗り出している。

「現時点では、道産品の主要輸出先である東アジアの中に輸入制限を設けている国はありません。農畜産物の輸出への影響は聞いていない」(道農政部)という。しかし、海外で風評被害が起こるリスクは否定はできない。農水省は風評被害を防止するため、放射線検査をクリアした証明書の発行などを検討中だ。

津波でダンゴ状態にからまったカキ養殖用のかご ©財界さっぽろ

北海道ブランドに大ダメージ

 観光と並ぶ基幹産業、漁業も大きな傷を負った。

「海岸整備をちゃんとやってくれていたら、こんなことにはならなかった」

 3月13日、被害状況の視察で日高管内えりも町を訪れた高橋はるみ知事は、地元の漁業者から厳しい口調で責められた。同町・新浜地区では地震直後に津波が押し寄せ、20メートルにわたり堤防が決壊。民家26棟を含む125棟が、床上・床下浸水の被害を受けた。

 道のまとめによると、全道の漁業被害は3月末現在で約340億円。道内での被害218億円のほか、道外に停泊中に被災した漁船の被害が122億円だった。

 道内分の内訳は、養殖施設16組合(被害額166億円)、漁船714隻(18億円)、漁港136件(13億円)、荷さばき所などの共同施設268件(17億円)。

 地域別で最も被害額が多かったのは、渡島105億円。以下、胆振65億円、釧路22億円、日高16億円、十勝8億円、根室2・5億円の順だ。特に、胆振噴火湾のホタテ、浜中町のウニの養殖施設が壊滅的な打撃を受けた。

「この被害額は直接的被害だけを集計したもので、漁船を失ったことで操業できないなどの生活被害は含まれていない」と、北海道漁業協同組合連合会の崎出弘和常務は話す。

 道水産林務部では、今後の漁業生産への影響を心配する。

「例えば、養殖ホタテは出荷に3年くらいかかる。いまから稚貝を育てても今年、来年は水揚げができない。09年の胆振噴火湾の漁業生産高は129億円だったが、その8~9割が消える見通し。また、トン数の大きい漁船はエンジンをつくるだけでも半年、1年という時間が必要。漁船がなく出漁できなければ、その間の収入はストップする。水産加工などの関連産業を含めた影響額は、1000億円を超えるとの見方もある」

 原発事故の放射能汚染による風評被害も出始めている。3月22日には、韓国の大手スーパーが道産の生スケソウダラの販売を中止した。4月には、福島原発から高濃度の汚染水が海に流出。近海でとれた水産物から基準値を上回る放射性物質が検出された。道内漁業への影響は依然として不透明だ。官民一体となって築き上げてきた北海道ブランドの信用が、原発事故で大きく揺らいでいる。

野菜の次は魚 残留放射性物質で値上がりするもの、値下がりするもの

 いま、スーパーなどで野菜の価格の2極化が進んでいる。福島第1原発の放射性物質漏れ事故を受け、福島県や近隣の東北南部、北関東産の野菜が値崩れしている一方で、それ以外の地域のものは値上がりしている。こうした動きは魚介類にも波及している。

 震災発生以降、3月21日まで食品全般の価格は値上がり気味だった。宮城県や岩手県などの畑や食品工場が震災で壊滅的な打撃を受け、商品が品薄状態になったことがその理由。とりわけ北海道では、東北を通る輸送網が寸断されたため、物流コストが上昇。その分が販売価格に上乗せされ、値上がり幅が大きかった。

 だが、3月20日に流れたニュースが状況を一変させた。福島県産のホウレンソウから食品衛生法の基準値を超える放射性物質が検出された。放射性物質は、いまだ危機的状態が続いている福島第1原発から漏れ出たものだ。政府はこの事態を受け、翌日、福島第1原発のある福島県のほか、茨城、栃木、群馬の近隣3県に対し、ホウレンソウやカキナの出荷停止を指示した。

 その後も福島県をはじめとする近隣県産の野菜から放射性物質が検出されている。この影響で先の4県に加え、福島県から100キロメートル以上離れた千葉県や埼玉県、東京都などが産地の一部野菜まで、「汚染の可能性がある」と買え控える動きが出てきた。

 4月7日時点で政府が出荷を制限している農産物は、福島産のホウレンソウ、カキナ、コマツナ、ブロッコリー、カリフラワー、キャベツと原乳。栃木および群馬産のホウレンソウとカキナ。茨城産のホウレンソウ、カキナ、パセリ。千葉県香取市および多古町産のホウレンソウに同旭市産のホウレンソウ、チンゲンサイ、シュンギク、サンチュ、セロリとパセリ。

 これら出荷制限が出された農産物以外は福島産であっても、「安全性に問題ない」と政府は言っている。にもかかわらず消費者は、福島県をはじめとする南東北および北関東産の野菜全般を敬遠している。

 それ以外の地域の野菜はというと、相変わらず値上がり傾向にある。相対的に需要が増えたことに加え、物流網の不備が解消されていないことが原因だ。

 あるスーパー関係者は次のように話す。

「政府が安全と宣伝しても、どんなに値段を下げても、南東北、北関東産の野菜の売れ行きはさっぱりです。やはり消費者は、放射性物質という見えない危険に対して、かなり神経質になっているのでしょう。こちらとしては福島原発の騒動が、早いところ収まってくれるのを願うばかりです」

 しかし、事態はいっそう悪化している。

    4月5日、茨城県沖のコウナゴから基準値を大幅に超える放射性物質が検出された。コウナゴは、マグロやブリなど大型の魚のエサになっているだけに、食物連鎖による放射能濃縮が心配される。また、福島第1原発は、いまなお高濃度放射性物質汚染水を海にたれ流していることから、コウナゴ以外の魚への汚染も懸念されている。

 食物への放射性物質汚染余波はまだまだ続きそうだ。

給油の節約を呼びかけるガソリンスタンド ©財界さっぽろ

便乗ではありません ガソリン値上がりの原因は中東の政情

 東日本大震災発生後の3月22日、道内のレギュラーガソリン一般小売価格は約150円に値上がりした。ただ、この値上がりは震災の影響ではなく、中東の政情不安が原因だという。

 震災による石油業界の被害は深刻だ。元売り各社の太平洋側に位置する製油所は軒並み津波に襲われた。 とくにJX日鉱日石エネルギーの仙台製油所は、東北唯一の製油所だが、復旧のメドがたたないほどの被害を受けた。4月7日現在、生産停止中だ。

 道内には室蘭(JX日鉱日石エネルギー)、苫小牧(出光興産)の2カ所に製油所がある。どちらも被害はなかった。

 室蘭の生産能力は日量18万バレル(1バレル=159リットル)で、苫小牧は日量14万バレル。

 現在2カ所ともフル稼働中。タンカーで、使用可能な本州の出荷基地(油槽所)に石油製品を運んでいる。そして、各油槽所から被災地へ優先的にタンクローリーで届けている。

 震災直後にはガソリンスタンドで給油制限が設けられていたが、「道内への安定供給は揺るがない」(道経済産業局石油課)という。

 20リットルの給油制限をしていた北海道エネルギーの木村信広総合企画本部長は「道内ではすでに制限を解いています。しかし、被災地でのガソリン不足は続いています。引き続き、お客さまには節約のお願いをしていきます」と話す。

 津波で流されたのは製油所だけではない。

「東北地方はタンクローリーも流されて足りない状況。さらにガソリンスタンドの給油機も壊されている。地下タンクにも海水が入り込み塩にやられて錆びているかもしれない」(前出石油業界関係者)

 経済産業省では西日本地区から東北地方にタンクローリー300台を追加投入している。

 道内石油販売会社もタンクローリー隊を急きょ派遣した。被災地の電力復旧作業にあたる北海道電力の要請で、北海道エネルギーはタンクローリーを派遣。北電の移動電源車などへの給油役を担った。

 石油情報センターが調査する3月の道内各石油商品の一般小売価格は毎週値上がりし、同月22日、レギュラーガソリンはついに1リットルあたり、150円になった。

 ただ、値上がりの理由は「震災とはあまり関係ない」と石油業界関係者は言う。

「石油が値上がりしているのは、リビアなど中東や北アフリカの政情不安のせいです。いつ、これらの国から石油供給がストップするかわからない」(業界関係者)

 ガソリンの供給不安が広まる中、元売り各社は3月19日以降、出荷価格を据え置いている。

「今の時期に値上げをすれば、『便乗値上げか』と言われかねない」(石油販売会社役員)と話す。

 日本エネルギー経済研究所の石油情報センターも便乗値上げではないと見解を示している。

 石油連盟関係者は「いまだに中東では混乱が続いている。もしも油田が爆撃されたら、原油価格は一気に跳ね上がる。そうなってしまったら、08年の夏のように180円を超えるかもしれない」と語る。

資材不足で住宅建築がストップ ©財界さっぽろ

合板、サッシ、ユニットバス…資材不足で住宅は工期遅れ必至

 雪が解ける4月からは、工務店やハウスメーカーにとって一番のかき入れ時。そんな矢先、資材不足という“大震災ショック”が、住宅業界を襲っている。

「合板からセメント、キッチン、ガラス、サッシ、トイレ、ユニットバスにいたるまで、ほとんどの住宅用資材は欠品状態となった。茨城や福島に立地する工場が軒並み操業停止となっている。家を建てる材料がそろわないのだから、どうしようもない。もうお手上げ状態だよ」(道内の工務店経営者)

 住宅資材の中でも、特に深刻な状況なのが合板とセメントの品薄だ。合板は三陸沿岸にある主要メーカーの工場が被災。壊滅的な被害を受け、一瞬にして年間国内需要の3割強が失われたという。

 業界関係者は現状を説明する。

「実は合板は昨年10月ころまで在庫が過剰ぎみで、最近は生産調整をおこなっていた。合板は2、3週間で北海道にやってくる。ほとんどの工務店は住宅の注文を受けてから発注していたので、北海道に合板の在庫はほとんど残っていない。被災地の合板工場の本格的な生産再開まで、2年近くかかるのではないか」

 また、道内で使われるセメントの主力供給先の1つが、太平洋セメント(東京)が運営する大船渡工場(岩手県)だった。

 しかし、震災により同工場は設備・施設が損傷し、操業を停止中。さらに輸送の中継拠点となる東北地区8カ所のサービスステーション(SS)も、出入荷などができない状況が続いている。

 今後、住宅資材の供給は仮設住宅建設を控える被災地が優先される。資材不足が解消するプラス材料はなく、最低でも今年前半までは、住宅の工期遅れの状況が続くとみられる。

 現在、建築工事がストップしているハウスメーカーや工務店は、竣工・引き渡し期日の延期交渉で、建て主のもとを走り回っているという。

「引き渡しの延期の話をしたとき、怒る建て主は皆無に等しい。『今回ばかりは、仕方がないですね』と冷静に受け止めてくれるので、トラブルのようなことはほとんどない。こんなケースは初めてかもしれません」とハウスメーカー幹部は神妙な表情で話す。

 さらに、今年予定していたマイホーム購入を来年以降に延期する消費者も増加。買い控えを懸念する声も聞こえてくる。

「通常、住宅の引き渡しと同時に建築代金が支払われる。工期が遅れれば収入がなくなってしまう。特に経営に余力のない地場の中小工務店にとっては死活問題となる。会社の運転資金がまわらなくなり、倒産する工務店もでてくるかもしれない」(前出業界関係者)

 2010年の注文住宅の年間着工戸数は、4年ぶりに対前年比を超えた。ここ数年、住宅業界は未曽有の大不況に見舞われていたが、ようやく薄日が差し始めていた。

 そんな追い風に乗り、今年は一気呵成に着工戸数増を狙っていただけに、住宅関連会社の落胆ぶりは想像以上に大きいといえる。

地震保険に入っていれば、まだ救われるが…(陸上自衛隊北部方面総監部提供) ©財界さっぽろ

津波で流された家・車・命 保険はどこまできくのか?

 不謹慎かもしれないが、被災地の<RUBY CHAR="瓦礫","がれき">の山を見るたびに、保険のことが頭をよぎってしまう。あの家は、あの車は、そして、亡くなった人々は……

 まずは家。通常の火災保険だけでは、地震や津波、噴火などによる大規模災害はカバーされない。これらの被害へ対応するためにはオプションの地震保険に加入する必要がある。

 地震保険の掛け金は、火災保険掛け金の30~50%に相当する範囲内で設定。ただし建物は5000万円、家財は1000万円が限度となる。支払われる保険金は「全損」で契約金額の100%、「半損」で50%、「一部損」で5%の三区分。家財の中で、自動車や1個30万円を超える貴金属などは対象外だ。

 ちなみに道内の地震保険への世帯 加入率は全国平均に比べて3・6ポイント低い19・4%(2009年度)となっている。

 次いで自動車。すべての保険会社を調べたわけではないが、地震・津波は車両保険の補償対象になっていない。その理由を尋ねると次のような回答。

「地震・津波はその発生が極めて不規則で、損害保険の基本原則である大数の法則にのりにくい。また巨大地震が発生すると被害が広範にわたり、損害額が莫大になる恐れがあります。民間の資力では対応できないこと、過去に大きな地震が起きた地域に契約が集中するといった逆選択性が生じることも、対象とされない理由です」(大手損保)

 では、火災保険のように特約はないのか。別の保険会社は次のように答えた。

「ありますが、加入割合はわかりません。全体の1%とか、そういう水準だと思います。少なくとも10年前くらいからあったと思います。こちらから積極的にセールスはしていません。ニーズがあれば災害支援車両、緊急車両で受けています。一般の方はお受けできないケースもあります」

 最後に生命保険。3月15日、第一生命保険、住友生命保険、明治安田生命保険など、生命保険会社47社が加盟する社団法人「生命保険協会」は、今回の地震で被災した契約者に対し、免責条項を不適応とすることを決めた。災害関係の特約の死亡保険金や入院給付金が全額支払われる。本来の約款では、地震や噴火、津波など、自然災害の被災者が想定数を超えた場合は「保険金を減額または支払わない場合がある」と定めているが、今回はどの生保もこれを適用しない。

 ある大手生保関係者は「阪神淡路大震災、中越沖地震の際も、免責が不適用になっている。今回が初めてではありません」と話す。

 札幌市内の某保険代理店は「約款の表記は、被害規模があまりに大きい場合の“逃げ口上”の意味で書かれているだけで、通常は自然災害であっても支払われます」と言う。

 東日本大震災後、生保各社には、被災して亡くなった場合、死亡時の生命保険金に特約金がプラスされる「災害割増特約」の問い合わせが相次いでいるという。

生産ラインのフル稼働はいつになるのか… ©財界さっぽろ

新車ディーラー かき入れ時なのに車がない

 昨年前半、新車ディーラー業界はエコカー補助金と減税の“ダブル特需”に沸いていた。その後、反動の落ち込みも乗り越えて、年明けから右肩上がりの兆しが見えていたのだが…

「各メーカーが製造した新車は仙台などの東北を経由して苫小牧に入り、ディーラー各社が所有するモータープールに運ばれる。ここから店舗を通じてお客さんのところに届きます。時期によってばらつきはあるが、うちのモータープールには通常400台以上あるが、3月末で100台を切ってしまった。車が入ってこないんですよ」(地場自動車販売会社の中堅幹部)

 道内では3、4月が最も新車が売れる時期だという。「就職や大学進学といったタイミングのうえ、車検の更新期を迎える車が多く、買い替え需要もあります。レンタカー業者も繁忙期のゴールデンウイークに備え、新車を大量に購入してくれます」(新車ディーラーの店長)

 昨年3月はエコカー補助金・減税の効果もあり、約2万1000台(軽自動車を除く)が販売された。昨年の年間販売台数13万3000台に占める割合は約15%にのぼる。

 まさに稼ぎ時のタイミングに、今回の大震災が発生したのだ。自動車メーカーは直後から国内工場の操業をストップ。各メーカーの組み立て工場は直接的な被害を受けなかったが、東北・北関東にあるサプライヤー(部品業者)が打撃を受けたためだった。

 電子機器なども積む自動車は部品数2万から3万点と言われ、その中でメーカーが自社で製造する割合は3割程度とされる。しかも、車業界はトヨタの看板方式に代表されるように、効率的な生産システムができ上がっており、手持ちの在庫数を極力抑えている。各メーカーは生産しようにも、部品がそろわなかった。

 そんな中、ディーラー各社は積極的に車を売るわけにもいかない。日本自動車販売協会連合会のまとめによると、道内における3月の新車販売台数は約1万3500台まで落ち込んだ。

 その後、サプライヤーの工場の復旧も進み、物流網も回復しつつあるとされる。各自動車メーカーは順次、工場を再開しており、4月中旬には各自動車メーカーの全工場が稼働状態になる予定だ。ただ、いきなりフル操業とはならないだろう。

「東京電力管轄の部品工場は、節電に協力するため操業時間の調節も必要になるはず。車種を限定した形の操業がしばらく続くのではないか」と業界関係者は見ている。そのため、ディーラーによっては納車業務が遅れているだけでなく、納期もはっきりわからない状況が続いている。

 また、震災の車業界への影響は新車販売だけでない。多くの部品業者が打撃を受けたため、故障個所によっては修理業務にも遅れが出ている。

 前出の地場自動車販売会社の中堅幹部は「震災による落ち込みが年間販売台数や業績にどの程度影響するかは現時点では何とも言えない。需要が後ろにずれただけになってくれれば」と挽回に期待を寄せる。

やっぱりスマートフォンはつながった?災害に強い携帯研究

 地震直後から、携帯電話では通話ができないなどのトラブルが発生した。当時の通信状況をもとに、道内で災害に強い携帯電話を研究してみた。

 NTTドコモの第2世代携帯「ムーバ」は3月12日午前、東北地方の停電の影響で道内全域で音声通話が一時中断。パケット通信の障害も同月14日まで続いた。道内のムーバ利用者は5万8700人。

 220万人が利用する同社の第3世代「フォーマ」は、地震発生後から3月11日23時まで最大80%の通信規制をかけたため、つながりにくい状況が続いた。メールなどのパケット通信は、通常通り利用できた。

 フォーマの通話規制は当日のみだったが、利用者数144万人のKDDI(au)、74万人のソフトバンクは13日まで規制が続いた。さらにau、ソフトバンクはメールが集中したことで、パケット通信機能がダウン。「翌12日の夕方までメール送受信がまったくできず、イライラした」という利用者も少なくなかった。

 通信状況は利用者数や現在地、停電などの突発的原因などにも左右されるため、災害時にどれがつながるかは一概には言えない。だが、地震時、札幌にいた記者の周辺では「ドコモユーザーは他社よりも比較的つながっていた」という意見が多かった。

 また、「スマートフォンは災害に強い」という声も多く聞かれた。スマートフォンは、パソコン並みの機能を持つ最新ケータイ。通話はつながりやすかったかを各社に尋ねたところ、いずれも「音声通話の通信状況はスマートフォン以外の携帯と同じで、そのような事実はありません」との回答だった。

 ただ、「当社は道内ではインターネット接続は規制しなかったため、スマートフォン利用者はネットなどから情報が得やすかったようです。そういう意味で、災害に強いということは言えると思います」(NTTドコモ広報)という声も。

 その一方で、災害時の強さを見せつけたのがPHS。道内で唯一、PHS事業をおこなっているウィルコム(旧DDIポケット)の広報は「震災当日もPHS同士は普通に通話可能でした」と語る。他社携帯へはつながりにくい状況もあったようだが、「携帯会社側の通信障害が原因」という。

 PHSは95年にサービス開始。90年代後半には道内で30万台が利用されていた。だが、通話エリアが狭く、車の移動中につながらないなどの弱点があり、携帯に取って代わられた。

 PHSが災害時に強い理由を、同社はこう説明する。

「携帯の基地局は数百メートルから数キロメートルをカバーしているが、PHSは数十メートルから数百メートル。エリアが狭い分、面積あたりの基地局の数が多く、通信が集中しにくい。『今回ほどウィルコムを持っていてよかったと思ったことはない』と言ってくださる利用者もいます」

 道内のウィルコム台数は、現在9万4000台。一方、携帯は主要3社で445万台。「利用者が少ないからつながりやすいのは当然」との見方もあるが、万一の備えとして検討する価値があるかもしれない。

札幌ドームでのプロ野球、サッカーも中止に ©財界さっぽろ

損失額は10億円超!イベント産業を襲った“自粛ドミノ”

 イベント、コンサート、スポーツなどには自粛ムードが漂う。3月中旬に予定されていた各テレビ局の春改編の記者会見までも中止となる始末だ。

 まず、真っ先に道内で自粛されたのは、地震発生翌日の3月12日に実施される予定だった札幌駅前通地下歩行空間の開通記念行事だろう。派手なパフォーマンスはすべて中止。メーンイベントの記念式典もおこなわれなかった。道内全テレビ局も歩行空間から中継をする予定だったが、これもキャンセルとなった。

「時間をかけて準備してきたので非常に残念ですが、こればかりは仕方のないことです」(越山元札幌駅前通まちづくり社長)

 震災の影響で催しは自粛や中止、延期が相次いだ。

 札幌市関連では3月15日に開幕するはずだったビジネス旅行誘致を議論するMICE(マイス)サミットが中止となった。

 スポーツの世界も同様だ。「プロ野球などの開幕戦も例年のように華々しく派手なパフォーマンスはしないと思われる」とマスコミ関係者は語る。

 日ハムはまずオープン戦の5試合が中止となった。このうち主催試合は2試合。中止となった3月13日のオープン戦は斎藤佑樹選手がプロ初先発することになっていた。キー局のTBSが中継する予定だったが、これは流れてしまった。

 当初の開幕であった3月25日以降の延期試合に関する放送権は、日ハムとテレビ局が再交渉に入っている。そのため影響はないとされる。

 サッカーのJ2も第2節から7節までが延期となった。第2節はコンサにとって札幌ドームでのホーム初戦。テレビとラジオの中継も予定されていた。放送料は日ハムほど高くはないが、選手の生のプレーを伝える数少ない機会を奪われることはクラブにとって痛手だ。再開される4月23日の札幌ドームでの道内初戦は「中継の予定はない」(コンサ広報)という。

 コンサを運営する北海道フットボールクラブは3月25日、株主総会を開き、「震災で延期になった試合は集客の見込める土曜、日曜日から平日になる可能性が高い。予算の下方修正も必要かもしれない」と矢萩竹美社長は深刻な面持ちで語った。

 また、歌手のライブ、コンサートも中止や延期が相次いだ。振り替えの日程が決まらないなどの混乱も続いた。施設を提供する側の札幌ドームや道立総合体育センター・きたえーる、ニトリ文化ホールなどは「現段階で収入面に関してはそれほど大きな損失にはならない」と口をそろえる。

 だが、イベント関係者は危惧する。

「今後、原発の関係で海外からアーティストを連れてくることは難しくなるかもしれない」

 道内だけで業界全体の損失額は10億円は超え、最終的には数十億円にのぼるのではないかと見られている。

損失額が一番大きかったのは、やはりSTV ©財界さっぽろ

“消えたCM”を巡り テレビ局とスポンサーが“水面下交渉”

 あるキー局では震災の特番でCMが流れず、1日で2億円が“吹っ飛んだ”とされる。道内各局も消えたCMを巡りスポンサーと水面下での交渉が続いた。

「道内でも特番でCMが流れなかった間の損失額を平均すると、1局あたり1億円を超えるだろう」とマスコミ関係者は予想する。

 道内民放5局は地震発生直後からキー局と同じように特別編成態勢を敷き、徐々に明らかになる深刻な被害状況を一日中、放送し続けた。この間テレビからCMが一切消えた。

 その後、テレビ東京系列の3月12日深夜を皮切りに、日テレ、TBS、フジテレビ系列は14日朝、テレビ朝日系列は同日午後5時ごろに形式上、通常放送に戻った。ところが、やっと再開したCMも、流れるのは、すでにさまざまなマスコミが大きく報じている「ACジャパン」ばかり。

 消えたCMの行方はどうなるのか。

 ACはスポンサーに不祥事など、不都合な問題が発生し、CMを流せなくなった場合、空いた枠を埋めるために使用される。

 それでも料金はスポンサーがテレビ局に全額支払うことになる。

「今回、ACが大量に流れたのは、震災により多くのスポンサーがCMの自粛をテレビ局に申し入れたため。本来、局サイドが補償することはないが、実際、そうもいかないでしょう」(あるテレビ局幹部)

 放送されなかったCMを巡りテレビ局とスポンサーは、できるだけ自分のところの損失額を最小限に抑えられるようにと、交渉を続けた。その結果、放送時期をずらしたり、次の契約時に流れなかった分を足すといった内容で妥協したようだ。CMの中には3月中の期間限定を告知するものもあった。その分は局が金銭で補償することになる。

 近年、道内民放5局におけるテレビCMの出稿量は2004年度の340億円をピークに、CM投下量は下がり続け、08年度にはとうとう300億円を切った。09年度の293億円を底に、10年度は300億円台に回復するとみられていた。だが、今回の震災で「それも厳しくなった」との見方もある。さらに11年度は「被災したスポンサーもいます。自動車、パチンコ、お酒といった業界もこれまで通りテレビCMを支えてくれるのか」と道内放送局幹部は悲観的だ。

 一方、新聞各社も震災発生後、特別紙面を組み対応した。

 道新は「3月は震災の影響もあり、広告の売上高が前年同月比で2割程度減少しました」と説明する。実際にスポンサーの自粛も響き、地震発生による影響で「広告収入が5億円減った」とされている。

 震災によるお見舞い広告収入もあったが、減少分には到底及ばない。「11年3月期決算の広告収入が、200億円の大台を割りこむのではないか」と見られている。

 この深刻な現状はメディアとスポンサーの仲介役となる広告代理店業界にも波及している。

紙がない・インクがない・仕事(広告)がない 出版・印刷・デザイン事務所も青息吐息

 毎月15日発行の小誌は4月号が3月18日、本書も4月16日に発売された。震災で物流が混乱しているためである。しかも、いま出版・印刷・編集デザイン事務所は、「紙がない」「インクがない」「仕事がない」の三重苦に見舞われている。

 大地震が発生した翌週、某印刷会社の関係者に話を聞いたところ、「このままの状況が続くと最悪の場合、北海道の紙やインクが底をつくおそれがある」と告げられ青ざめた。

 話を聞くと、被災地に製紙、インク、ビニール、糊関連の工場が数多くあり、これらの生産や出荷がストップしたとのこと。小誌は紙とインクはもちろんのこと、製本は糊を使った無線とじ、表紙にはビニールコートがかかっている。確かにこれは小社にとっても大変な事態の勃発である。

 たとえば、日本製紙の石巻工場、三菱製紙の八戸工場が被災したが、両工場は主に光沢があり、インクののりがよく着色効果が高く、印刷に用いられる塗工紙(とこうし)を生産しており、出版への影響は40%に及ぶと見られた。

 このほかにも、被災地には日本製紙の岩沼工場、勿来工場(いわき市)、新聞用紙生産のいわき大王製紙もある。また、印刷用インクのDIC鹿島工場の完全操業は5月末になる見通しだ。

 関東・東北では印刷や製本会社の施設・機械の破損、燃料不足、停電、用紙不足などで、業務が停滞した。物流の混乱は配本作業にも深刻な打撃を与えた。

 取次協会雑誌業務委員会調べによると、3月25日付までで、雑誌の発売延期は117社234誌、4月に延期51誌、5月に延期19誌、発売中止16誌、発売未定41誌となっている。

 新聞も紙やインクの調達に不安があることから、紙面を減らしている。

 道内の大半の印刷会社は材料調達のメドが立ったようだが、今度は注文の大幅減という問題に直面している。広告が自粛ムード一色
になったため、チラシの印刷がなくなったのだ。

 広告代理店や編集プロダクション・デザイン事務所も同様に、震災後の3月は「本来なら年度末の稼ぎ時なのに、仕事がほとんどなかった」と泣いている。