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Interview

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獄中にあっても弱者の声、権力批判を発信し続ける!
鈴木宗男 収監前に激白
掲載号:2010年11月号

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鈴木宗男 

11月上旬、鈴木宗男氏は刑務所に入る。最高裁が上告を棄却したからだ。しかし、鈴木氏は「権力との闘い」を塀の中に入ってもやめないという。なにが鈴木氏をそこまで突き動かせるのか。不屈の男を直撃した。

意図的なタイミングで棄却

――9月7日、最高裁の上告棄却決定が出ました。その一報をどのような形で聞きましたか。また、そのときの心境は?
鈴木 7日、一部マスコミ関係者から、最高裁が特別送達の決定をしたとの情報が入った。このときは民 主党代表選挙の最中です。民主党代表選挙、イコール内閣総理大臣を決める選挙ですよ。しかも、私が小沢さんを応援していることははっきりしていた。した がって、代表選に影響を及ぼすわけですから、それはないだろうと思いました。
選挙のたびに「鈴木が収監されるみたいだ」といううわさが流れます。去年の衆議院選挙のときも、今年の参議院選挙のときにもです。だから今回もそういう 話かなと思った。  ところが、8日の朝になってくると、いろいろな方面から上告棄却を決定したという話が伝わってきました。そこで私は、女房に10時30分ごろ電話して、 「最高裁から郵便が来るかもしれないから」と言ったところ、1時間後に女房から電話が来て、「いま、届きました。上告棄却です」と。女房に申し訳なかった ですね。賄賂をもらっていて、悪いことをしたならば当然、罰がついていいけれども、やまりん側にしても、島田建設にしたって、「賄賂は持っていっていな い」と明確に言ってくれています。にもかかわらず、一方的な調書をもとにした裁判所の判断には憤りを感じました。
――愕然としたということですか。
鈴木 日本の場合、起訴されたら99・9%有罪ですから、上告棄却は早く来るか、遅く来るかなのです よ。しかし、あのKSDの村上正邦さんは上告趣意書を出してから棄却まで2年半かかっている。私は4つの事件で起訴されていますから、最高裁でも3年はき ちっと公判書類を見るのではないかと思っていました。ところが私の場合、1年9カ月ですよ。これだって、不思議に思いませんか。村上さんが1つの事件で2 年半。なんで鈴木宗男が4つの事件で、1年9カ月なんですか。しかも、民主党の代表選の最中に。9月10日には、厚労省の村木厚子さんの無罪判決が出るこ とが明確でした。これも調書の杜撰(ずさん)さですよ。
i2 村木さんの弁護士の弘中淳一郎さんは、私の弁護士でもあります。私のもう1人の弁護士は佐藤博史さんといって、足利事件で菅谷利和さんを無罪にした人で す。いま、日本の中で最強の弁護士と言われている人たちが、きちっと法律に基づいて、英知を結集し、上告趣意書を作って提出しているのだから、私はそれな りの時間はとってもらえるものだと思っていた。ところが、日本は3審制度といいますが、最高裁は審議していないのです。しかも、最高裁の判事は公判書類も 読まないのです。調査官が読んで文章を作るのです。だから私は、最高裁判所が本当に最高裁としての役割を果たしているのかと疑問に思いましたね。検察の言 いなりの1審、2審の判決を見ても分かります。検察の言いなりの判断です。  裁判中に裁判長が寝ていたのですから。2審の公判で、例の衆議院での予算委員会でのビデオテープを採用してもらったのですが、ビデオを映した2時間半の 間、池田修という2審の裁判長は寝ていたのです。本当に腹が立った。ビデオが勝負なのですから。偽証したか、しないかは見てもらえば分かる話なのです。そ れなのに見なかった。
裁判官も自己保身とか、出世を考えて、官僚化しています。池田裁判官はいま、福岡高裁の長官ですよ。検察も政治家を起訴すれば出世、裁判官もそれ(政治家)を裁けば出世という間違った評価が横行していると思います。

アイヌ民族の権利の確立を

――会見や講演の中でも「塀の中からでも戦っていく」と発言をしていますが、その方法は…
鈴木 週 刊誌や新聞から「コラムの欄をつくってムネオさんの発信をいただきたい」という話がありますから、それはそれでやっていきます。議員会館で月1回、大地の 勉強会もやっていきます。私はいませんが、佐藤優さんだとか、私の後釜の浅野貴博代議士を中心にやってまいります。とにかく、私の思いというものだけは収 監前にさまざまな形で残していって、その後もきちっと世に発信していきたいと思っています。
i3――その思いとは具体的にどのようなものですか。
鈴木 新 党大地は北海道の地域政党、北海道にこだわっていきます。中でもアイヌ民族の権利の確立を主張しています。「大地に帰り、大地に学ぶ」という理念は、アイ ヌ民族が原点です。21世紀は環境の世紀と言われているときに、アイヌ民族の歴史、文化に学ぶべきだと考えています。アイヌ民族は、自然の摂理、自然を大 事にし、敬ってきた。地球を守る上でも、このアイヌ民族の経験則、文化、歴史は大事だと思っています。だから、アイヌ民族のさらなる権利の確立に向けた取 り組みをやっていきます。
明日の日本をつくるという意味で、北海道の果たす役割は非常に大きいと思います。食料自給率が200%を超えていることは、北海道の大きな財産です。こん なにも日本に貢献しているわけですから、これをテコに北海道へもっともっと目を向けさせる。これは新党大地しかできないという思いの中で、私は北海道にこ だわって、エゴと言われてもいいから、この北海道の優位性、果たす役割を強調し、「北海道が良くなれば日本も良くなる」という思いで取り組んでいきたいと 考えています。
――親友である松山千春さんが、大地塾で「自分が先頭に立って、新党大地を引っ張っていく」と発言されましたね。
i4鈴木 私 の支持者や後援会は、鈴木宗男不在のときのさまざまな出来事を心配しているのですね。しかし、松山千春さんが9月23日、札幌の大地の集会で「ムネオさん がいないときになにかがあれば、自分が先頭に立つ」と言ってくれました。これを聞いて、私は安心感を抱きました。後援会や関係者も、千春さんがそういう気 持ちならば非常に安心だし、逆に「よしよし、これでまた十分、新たな戦いもできるぞ」ということになっています。ありがたいと思っています。
――鈴木さん自身が「自民党時代は権力というか、自分は前しか向いていなかった。それが逮捕され、自分もがんになり、後ろも横も見るようになった」と語っていますが…
鈴木 政 治家も5年やり、10年やり、15年やり、20年となってくると、ステップ・バイ・ステップで、地位もつくというか、ポストにもつくようになってきます。 そうなると「自分は昔と変わっていない。昭和58年、あの厳しかった選挙のときと同じ思いだ」と思っていても、受け止める側が、「なにか鈴木はギラついて いる、権力志向だ」「前しか向いていないのではないか」と受け止められる。自分は変わっていないと思っていても受け止める側がそういう認識をされた。これ が私にとってやはり不幸だったと思います。
あわせて、私の不徳というか、私の地、キャラクターでもあるのですが、頑張りすぎたのかもしれません。私は、人一倍仕事をしたと自負しています。なにもし ない政治家が多い中で、私が人一倍頑張ったことは事実なのです。ただ、その頑張りすぎたことが、良かれと思ってやったことが、やりすぎたと受け止められた ならば、私自身、反省しなければいけないと思っています。
私が尊敬する松山千春さんが「日本の国会議員が宗男さんぐらい働けば、この日本はきっと良くなった。もっと活力があって、夢と希望に満ちた日本になってい た」と、私が逮捕される以前からよく言ってくれていた。そう言ってくれるだけでも、私は間違っていなかったと思う。  私は自民党を離れ、浪人生活もし、胃がんもやって、命にかかわる病気とも相対してきました。しかも、胃がんは「転移している」と言われました。人生終 わったと思ったのですね、あの平成15年の10月に。ところが手術で開いたら転移していなかった。神さま、仏さまはいるものだと感謝しましたね。がんの転 移の宣告を受けたときは55歳、「人の倍、オレは生きてきたんだ。じゃあ、オレは110歳だ。まあまあ仕方がないか」と自分に言い聞かせたものですがね。 手術をした後、転移がなかったということで、また、パワー、チャンスを与えてもらったと思いました。
松山さんも私が拘置所にいるとき、「宗男さん、もう権力闘争は終わりました。ここは原点に返りましょう」と、メッセージを送ってくれました。
i5――権力の危うさとはなんであると思っていますか。
鈴木 司、 司の中でそのトップにいる人は、権力者あり、権力を行使できる立場にあります。検察官しかり、裁判官しかり、あるいは総理大臣しかりです。ただ、その権力 に危うさがあります。恣意的、意図的、自己保身、出世、そういったことを、いわゆる自分の欲望というか、小さな「私」しか考えずして「公」を失うことがあ ります。見失う。権力というものは、公の部分で行使されるべきであるし、また、生かされるべきだと思います。その点、私はいまの政治、検察のあり方、裁判 所のあり方に危うさを感じますね。
――どうして国策捜査、権力の手によって引きずり降ろされなければならなかったと思っていますか。
鈴木 こ れは権力闘争ですね。私は小泉政権ができたときから抵抗勢力と言われました。議論を重ねて、そこで得た結論は責任を持つ。私はこれが民主主義の原理、原則 と思っていましたから、郵政でも堂々と反対しました。道議会をはじめ、212の市町村議会が全部、反対なのですから。ところが、それを言うと抵抗勢力と名 指しされる。それが、その時の世論。マスメディアもみんな、小泉改革を善として、それに反対するものは悪だとする見方をした。これがまさに権力の悪い行使 の仕方です。  私は末端の声を代弁したが、力のないもの、お金のない者、声なき声は悪だと決めつけたのが新自由主義であり、小泉政治だ。この中で私はいってみれば抵抗 勢力。1が鈴木、2番が野中、3番が古賀誠と言われました。
あの当時、一番人気があったのは、小泉さんより田中真紀子さんです。その田中真紀子さんは勉強をしていないから外務大臣としてなんの機能も果たせなかっ た。外務官僚は田中さんを一日でも早く辞めさせたかった。そこで、私を使ったのです。これに私が乗せられてしまった。田中さんと相対するたびに世論は鈴木 に対して厳しくなっていった。ポピュリズムですから。
私は読み違いをしたわけでもなければ、なにも私自身が勝手に判断したのではなく、私は国益の観点から、そういう行動をとった。しかし、一般の人には理解されなかったですね。この点、とても残念でした。あの時の世の中の流れというのは、異常だったと思いますよ。
i6――その流れにわれわれも乗ったと思います。
鈴木 だ から、ちょっと話が飛びますけれど、平成14年、年が明けてから小泉さんは田中さんの首を切る。その田中さんの首を切るために私を使うわけですね。「議運 委員長を辞めてくれ」と。このときは、女房の見方の方が的確でしたね。「お父さん、それは小泉さんに使われるのですよ」「小泉さんはもろにくる風圧を、あ なたを楯にして少しでも傷を浅くする。傷というのは世論ですよ。世論」と言ったのです。私は「日本の国益を考えた時、間違った人や能力のない人が、しかる べき地位についたら国民が困るのだ」と話しました。だが、女房は言いました。「お父さん、そんなまっとうなことを言っても、いまの国民は違いますよ」「田 中さんはあなたの何百倍も人気があるのですから」「だからあなたは使われるのですよ」と。
結局は、女房の言うとおりでした。
小泉さんは田中さんの首を切った日、あれは1月30日の夜でしたか、私に電話をよこしたのですよ。「鈴木さん…、大変な借りをつくった。必ずこの埋め合わせはするから」と。
だから私は、「今度の改造でまた大臣かなあー」とノー天気にいました。ところが、2月に入ると「ムネオハウス」なんていう名前が出てきたのです。これは、 外務省のリークです。外務省は、田中真紀子さんを排除したように今度は、知りすぎた男、外務省の恥部を握っている鈴木宗男を邪魔くさいと切り捨てようとし た。官僚との権力闘争に巻き込まれたのです。

供述調書は検察の作文だ

――取り調べの可視化に取り組んでいますね。
鈴木 は い。私は自分が逮捕されるまでは、検察は正義だと思っていました。正しい組織だと思っていました。ところが、私が実際に逮捕され、そこで見たものは、悪代 官の検察の姿でした。なぜか?善良な市民を脅かしたり、強圧的に取り調べをしたり、事情聴取して、自分たちのシナリオ、ストーリーに沿った供述調書を取っ ていく。一般人は東京地検に呼ばれただけで、オドオドしているのですよ。
しかも、調書は検事の頭づくりによる作文なのです。「ぼくの作った供述調書は全部ウソ。上司のオーダーに合わせて取ったものだ。だましですよ」と、いま、問題になっている大阪地検がらみの現職の検事が言っているのですよ。
i7私のときもそうなのです。やまりんや島田関係者に、「お前らは談合やっている。談合やれば(事件化すれば)会社を潰せる。鈴木に金をやったと言えば、そっ ちはないことにしてやるぞ」と言ってですね、完全に誘導しているのです。やまりんには「4年前の盗伐事件をもう一回やっていいぞ。社長、人間たたけばだれ でもホコリはでますよ」「私どもがマスコミにどう言うかによって、あなたを極悪人に仕立て上げることができますよ」とも言っている。そういうやり方をやっ ている検事の実態を見たときに私は、唖然としました。
ですから、足利事件しかり、志布志事件もしかり、冤罪をなくすためには、やはり可視化が必要です。被害者よりも証人、参考人など、将来、裁判に出てくる人 の可視化が必要です。というのは、調書主義ですから、参考人や証人になる人たちは、「お前たちはなにを言っても罪にならん」と枠をはめているから乗せられ てしまう。そう言った強圧的な取り調べや誤導、誘導で間違った調書を取られないためにも私は全面可視化をする。これが一番だと思っています。
また、私はよく「戦い」と言っていますが、それは鈴木宗男の闘いではないのです。私は1審判決を受けても、2審判決を受けても衆議院選挙に2回も当選して きました。それなりの存在感を示してきたから発信する機会がありました。しかし、世の中には、権力に打ちのめされて、権力にまかれ、失望や挫折を味わって 人生を送っている人がいます。私はそんな人を「負けるな」「頑張れ」と励まし、私が先頭に立って、真のフェアを求めて、公正、公平な社会をつくるために権 力と戦う。これが私の闘う意味であるし、また、価値だと思っているのです。
――どういう気持ちで収監されますか。
鈴木 2年の実刑ですから、730日です。私の未決拘留中の期間は437日だったのですが、どういうわけか220日しか認めてくれませんね。これも検察の嫌がらせ、裁判所はなにを基準に判断しているのかと言いたいですね。その結果、510日、約1年5カ月の収監です。
でも、拘置されたときはいつ出られるのか分からないと言う不安がありましたけれど、今回はお尻が決まっています。
釧路の金井水産の社長から、「遠洋マグロのひと航海は1年です。その1年の間に親が亡くなった、子供が生まれたなどいろいろなことがあるのです。それが遠 洋マグロ漁の乗組員の実態です。だから代議士はひと航海に行ったつもりで行ってきてください」という励ましをいただいた。その話を聞いてホッとしました。
ただ、私は修行、「行」に行くのだ考えています。行に行って、また私なりの磨き方もあるかもしれないと思っています。

=ききて/酒井雅広=