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丸ウロコ三和水産 山崎 和也 社長

(やまざき・かずや)1970年紋別市生まれ。短大卒業後、水産品元卸の道内大手「丸水札幌中央水産」に入社。2007年に父が経営していた丸ウロコ三和水産に入社。21年から現職。

仕入れ体制の拡充とM&Aで成長。ボトムアップ経営で自走経営へ

M&A攻勢を推進力に、年商100億円を超えるオホーツクエリア屈指の水産加工グループへと成長した丸ウロコ三和水産(本社・紋別市)。2007年の入社から事業規模を5倍以上に拡大させた山崎和也社長に、これまでの歩みと今後の展望を聞いた。

――事業内容は。

山崎 当社は紋別市に本社を置く水産加工会社で、ホタテやカニなどオホーツクの海産物の加工、販売を行っています。商社や量販店への卸売と海外輸出のほか、自社ECサイトやふるさと納税返礼品など一般消費者にも新鮮な海の幸を提供しています。

――M&Aによる事業拡大で注目を集めています。

山崎 2022年に「マルヨ横田水産」(浜頓別町)、24年に「壽綜合商事」(枝幸町)を買収しました。今年2月には「門脇水産」(浜頓別町)と株式譲渡契約を締結し、年末に株式を取得する予定です。オホーツクエリアの6つの漁業協同組合から仕入れ体制を確立し、主力であるホタテの仕入れ量は年間で約8000㌧にのぼります。

――グループで年商130億円が目前です。

山崎 近年は海水温の上昇など環境変化によって水揚げ量が減少しており、当グループも一連の買収がなければ、仕入れ量は確実に減少しています。今後、水揚げ量が回復した際にも対応できる体制づくりを進めています。

――仕入れ量を確保するためのM&Aだった。

山崎 もともと取引していた各社から打診されたことがきっかけですが、おおむねその通りです。浜ごとに漁業協同組合があり、我々はそこから仕入れるのですが、優先的に地元の会社に原料を割り振られる慣習があり、例えば紋別の水産会社が枝幸の組合から仕入れようとしても難しく、仕入れ先を持つ会社を買うことで、組合からの仕入れが成り立ちます。

――丸ウロコ三和水産に入社した07年は、売上高15億円前後だったそうですね。

山崎 現在は単体で売上高80億円弱ですから、5倍以上に伸びました。父が鮮魚問屋「山崎商店」として立ちあげ、その後3人の有志で1982年に水産加工会社を設立したことが社名の由来と聞いています。そこから四半世紀にわたり、組合からの委託仕事を受けていましたが、徐々に経営に行き詰まり、「帰ってきてほしい」と呼ばれました。

――もともと家業を継ぐつもりはなかった。

山崎 私は次男で兄がすでに働いていましたから。短大卒業後の93年に水産品元卸の道内大手「丸水札幌中央水産」に就職し、17年間勤めて帰りました。

――翌08年には組織を一新しました。

山崎 私が紋別に戻る条件として父に告げたのが、父の退任であり、これまでのやり方を踏襲しないということ。再建には原料の仕入れから加工、販売を一気通貫で手がけるビジネスモデルの構築が必要不可欠であり、利益の低い下請け体質から脱却する必要がありました。兄を2代目の社長にして私が専務として再スタートしました。

――苦労した点は。

山崎 前職で海産物の流通業務や海外貿易のノウハウを徹底的に身に付けましたから、1年で売上高は30億円ほどに伸びました。ただ、長く続いた下請け体質が働いていた親族、社員にまん延しており、意識改革には苦労しましたね。

家族経営を否定するわけではありませんが、折を見てそこにもメスを入れました。会社を成長させていくには、意識の低い親族よりも能力のある社員が大切でした。彼らを適正に評価し、ポストを与えるためです。冷徹だと思われるでしょうが、避けて通れない道でした。

――21年にはトップに就きました。

山崎 一連の改革を主導したのは、ほぼ私一人でしたから、例外なく兄には責任を取ってもらい退任してもらいました。家族経営の色が薄まり、離職が減った一方で、社員の配偶者も当社に入社するケースが増えるなど、面白い現象が起こっています。現在は社員一人ひとりが主体性を持ったボトムアップ経営を目指しています。

――具体的には。

山崎 私はトップとして〝入口〟を用意するだけで、各社、各部門のスタッフの主導のもと、会社が自走していける組織をつくりたい。

そのためにスタッフには、ECサイトの運営やふるさと納税関連業務、レバンガ北海道との協働プロジェクトの企画、プロモーション活動としての短編映画制作やデコレーショントラックの企画、SNS発信など、当社独自の多種多様な業務を兼務させています。

――今後のビジョンは。

山崎 まずは私の右腕、左腕を育てること、各社の核となる幹部を育成することですね。我々は技術や経験だけでなく、各組合を尊重する姿勢が何よりも大切です。これまでの歴史や文化、慣習の理解を深めることも必要です。当グループの未来を創る〝人づくり〟を進めていきます。