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くきつ 山仲啓雅社長

(やまなか・ひろまさ)1968年札幌市出身。吉田学園卒業後、タイヤメーカーやアルミ建材メーカーの営業を経て99年くきつ入社。部長、常務、専務を経て2006年社長に就任。

目指すは永続企業。真のリーダーを育成し、次世代に思いを紡ぐ

プロパンガスの供給と賃貸物件の管理を主事業とする「くきつ」(本社・札幌市)は、来年で創業70年を迎える。アニバーサリーイヤーを目前とした今年は、山仲啓雅社長がトップに就いて20年の節目でもある。37歳の社長就任から今日までの歩み、今後の展望を聞いた。

――今年で社長就任20年を迎えました。

山仲 ガス料金の一本化をはじめ、ガス暖房料金を40%割り引く独自サービス「ガス安君」の拡大やポイント制度の導入など、会社を守るために必死に走り続けてきました。

当時、毎朝欠かさず幹部会を開いていたのですが、そこで創業者の茎津六松前会長から「山仲、来年から社長になれ」といきなり言われ、僕も周りもびっくりですよ。12月初めだったのですが、2週間後には登記変更しました。

――指名された理由は。

山仲 明確な理由を聞けてはいないので推測ですが、これから起こりうる困難を若さで乗り越えられると思ったのではないでしょうか。役員時代から会社を永続させたいと茎津前会長に伝えていたことも理由の一つかもしれません。

それから2年後に前会長がご逝去されましたが、生前に指名されたことは顧客や金融機関への安心感という面で大きな助けになりました。

――苦労も多かった。

山仲 プロパンガスの供給と賃貸マンションの管理、そして賃貸オーナー業という安定した経営基盤ではありましたが、社長という立場になり、お金の心配が増えましたね。

そこで道外の金融機関と新たな取引を開始したのですが、それが最初のピンチにつながりました。支店長が代わるたびに方針が二転三転し、無担保で借りていたものに担保をつけろと条件変更を強いられたのです。道内金融機関の支援もあり事なきを得ましたが、自分で決断したことへの責任の重さを考えさせられました。

――2018年には北海道胆振東部地震が発生しました。

山仲 有事の際はトップのリーダーシップが必要です。ガスボンベの倒壊などがあれば二次災害のリスクが高まりますから、地震発生から2日間ですべての管理物件を点検したほか、停電でエレベーターが使えないため、非常階段の鍵を開放するなど優先順位をつけて対応しました。少しでも安心してほしいと全戸に異常がない旨の文章も投函しました。混乱の中、社員は指揮統率の重要性を感じてくれたと思っています。

――組織化も推進しました。

山仲 私自身が大きな企業に勤めていたこともあり、組織経営にこだわりましたが失敗でした。例えば不動産管理の入居者募集業務は、私が従業員時代に仕組みをつくって成果を上げていましたが、時間の経過とともに現場のやり方が変化し、入居率が下がっていった。口を出さずに任せるということが、どれだけ難しいことかを実感しました。

――どのように立て直したのでしょうか。

山仲 入社間もない女性社員を入居者募集業務のリーダーに抜てきしたことが転機です。経験が浅い分、先入観や固定観念がないため、私の指示や指導を忠実に実行した結果、管理戸数2000戸のうち、現在空室は数える程度です。年齢や性別、キャリアは関係ないことを証明してくれました。若手社員の声を吸い上げ、意見に耳を傾けるという現在の社風の起点になりました。今では全員女性のリーシング課を筆頭に、他部署でも女性がリーダーシップを発揮しています。

――社員教育にも力を入れています。

山仲 どの業務も「お客様のために」という姿勢が何より大切です。ガス利用者、入居者、賃貸オーナーのために何ができるのか、仕事の動機付けが重要だと考えています。社員を