【さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー】第18回・世界の黒澤明監督がかつて愛した札幌駅前通【中編】

 月刊財界さっぽろ2020年12月号より、新連載「さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー」が始まりました。

 筆者は札幌市の出版社「亜璃西社」社長でエッセイストの和田由美さんです。和田さんはこれまで「和田由美の札幌この味が好きッ!」といったグルメガイドブックや「さっぽろ狸小路グラフィティー」「ほっかいどう映画館グラフィティー」といった、新聞・雑誌等のエッセイをまとめた書籍を多数刊行されています。

 今回の連載では、札幌市内の「通り(ストリート)」や「区画」「商店街」「エリア」などの「マチナカ」(賑わいのある場所)を、毎月1カ所ピックアップ。その場所について、名前の由来や繁華街となっていく上での経緯、さらに現在に至るまでの変遷といった歴史と記憶を綴ります。

 今回は第18回「世界の黒澤明監督がかつて愛した札幌駅前通(中編)」です。

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 時日が経つのは早いもので、愛称「チ・カ・ホ」(札幌駅前通地下歩行空間)が誕生したのは、2011年3月12日のことだった。札幌駅前通の真下にあり、地下鉄南北線さっぽろ駅と大通駅を結ぶ約520mの地下通路である。折しも前日には痛ましい「東日本大震災」が発生し、記念イベントなどが中止されたことを思い出す。

 チ・カ・ホの誕生により、JR札幌駅北側から地下鉄南北線すすきの駅までの1900mがほぼ直線でつながり、国内では最も直線距離の長い地下通路といわれる。この距離の往復が高齢者のウォーキングには丁度良く、歩き終えた後、地下鉄すすきの駅すぐの喫茶「サンローゼ すすきの店」を集合場所に、生ビールで喉を潤すのが楽しみとする方々の会が生まれたほどである。

 このすすきの店は、1979年(昭54)に誕生した大型喫茶で、シンデレラ時間の午前0時を過ぎてもコーヒー&軽食が味わえることから、“深夜族の救世主”ともいわれた。ラーメンやパフェ、ぜんざいなどの甘味を含め、約120種ものメニューが自慢だったが、2014年9月に閉店。が、札駅地下のパセオ店は、今も営業中だ。

©財界さっぽろ

 その札駅地下1階のパセオセンター北側には、オープンカフェ「横井珈琲パセオ店」がある。豆からカップまですべての工程を吟味したスペシャルティコーヒーのパイオニアである横井力さんが、2015年にオープン。テルミネス広場の壁一面に施された五十嵐威暢(滝川出身)による神秘的な彫刻を眺めながら、本格的なコーヒーをゆったりと楽しめる。

 ところで札幌駅前通は、南口の起点から北1西3の交差点までが、正式には「北海道道18号札幌停車場線」という名称。そこからススキノ交差点までは「国道36号」、ススキノ交差点から終点の中島公園までは「札幌市道」となる。なぜチ・カ・ホに商店街が誕生しなかったかといえば、権利がそれぞれ国・道・市と異なるため、クリアするのが困難だったからという説もある。

 それはともかく、駅前通周辺に今もある(もしくはあった)老舗の喫茶店を思い出してみたい。JR札幌駅に向かって左手の札幌国際ビル地下2階では、文化人が集う画廊喫茶の草分け「コージーコーナー」がいまだ健在。創業者の楠野好孝さんが55年、山形屋旅館(北2西2、現北海道ビル)の隣で開業した。コーヒー40円で、当時からダッチ(水出し)コーヒーが名物。7年後に北1条通へ移転(北1西3)し、最大70人収容の大きな店舗となる。

 私が雑誌記者になり立ての頃、「あの人は画家の国松登さん、あの人は編集者の小松宗輔さん、顔を覚えておきなさい」と編集長に教えられたもの。HBCの守分寿男ディレクターや放送作家の倉本聰さんなど、著名人が常連客だったのだ。

 ちなみに国際ビル店は、77年オープンの支店だが、現在も残る店舗はここだけ。楠野さんは、87年に店を譲渡して引退されたが、この店は今も満席となることが多く、変わらぬ人気を誇る。ゆっくり新聞や雑誌も読め、「くつろぎの場を提供したい」というクリスチャンだった楠野さんの奉仕の精神が、今も受け継がれているようだ。

 前出の道ビル地下1階では、宮越惣一さんが03年から「カフェ・ド・ノール」を営む。自家焙煎豆の業務用卸「インフィニ珈琲」代表でもある宮越さんは最初、札幌東宝日劇(南1西1)の地下に97年、この店を出す。店舗造りに定評のある建築家の今映人さんとコンビを組み、プラスチック製椅子を使う意表を突いたインテリアで喫茶ファンを驚かせたもの。

 しかし現在の店は、幅広の重厚なカウンターと巨大スピーカーから流れるジャズ、大倉陶園をはじめとする贅沢なカップ&ソーサーを使うなど、一貫して大人の雰囲気を醸し出す。駅前のビジネス街では稀有な存在だが、道ビル解体のため、9月15日に閉店するというから残念だ。

 大通を境とする駅前通の北側で最後に紹介したいのが、時計台の仲通りに面した古久根ビル2階にある「ロックフォールカフェ」。店主の山口功さんが88年に開き、店名はフランス語で“城塞”を意味するという。長い歳月を経て擦り切れたナラ材のカウンター、ロイヤルコペンハーゲンのイヤープレートがずらりと並ぶ正面の棚など……。今でも2階への階段を上がる時、なぜか期待で胸がときめく。

 JR札幌駅とその周辺の建物は、今年9月から解体工事に入り、周辺は大きく様変わりするだろう。閉店する喫茶店も多いと思うが、何故かこの店だけはそのままであってくれそうな気がする。いや、変わらずにあっって欲しいものだ。

 黒澤明監督の映画ロケに使われた喫茶店の話を書こうと思ったけれど、そこまで辿り着かなかった。次回は、大通公園を境に南側の中島公園まで続く、駅前通の名店を振り返ってみたい。という訳で、喫茶編は次回へとまだ続きマス。