【胆振東部地震特集その6】地震、停電、食糧難…“現場の奮戦”(後編)

 地震被害とブラックアウトによる大混乱の最中、自らの被害や生活を省みず、現場で活躍した人たちの奮戦、その記録を前後編に分けてお送りする。今回は後編。

炊き出しのカレーをよそう折茂武彦レバンガ北海道代表(中央) ©財界さっぽろ

バナナ、カレーをレバンガが炊き出し

「誰かに揺り起こされているようだった」

 レバンガ北海道ヘッドコーチのジョゼ・ネト氏は地震発生時をそう振り返る。

 チームは10月6日にレギュラーシーズンの開幕を控えているが、9月6日から停電の影響で練習ができず、出場予定だった長野県での大会も欠場。そうした苦しい状況でも選手たちは自ら申し出て、支援活動をおこなっていた。

 8日にはメーンスポンサーの正栄プロジェクトとともに、札幌市厚別区の「イーグルタウン2」駐車場で選手8人とコーチ、スタッフが集まりカレーライスの炊き出しをおこなった。

 停電や断水によって不便を強いられている近隣の住民約500人に提供。折茂代表は「いまは道民のみなさまに“ガンバレ”を届けたい」と話す。さらにレバンガは9日、ジェイコム札幌、ファミリーマート大谷地西1丁目店の協力を得て、バナナ800パックも配布した。

競馬ファンが心配した名馬の安否

「安平町で震度6強」――9月6日未明、そんな地震速報が流れた。

 同町は全国の競馬ファンに名の知られたまち。サラブレッド生産といえば日高を思い浮かべるが、震源に近い千歳・安平周辺には、世界的な2つの軽種馬牧場がある。

 日本競馬界を席巻する社台グループのノーザンファームと社台ファームだ。これまでにGⅠ馬を多く生産し、その名前は枚挙にいとまがない。さらに安平には、種牡馬を繋用する社台スタリオンステーションも所在する。競馬に詳しくなくても、ディープインパクトやキタサンブラックなどの馬名は、聞いたことがあるはず。一頭当たり数十億単位の価値がある。

 馬はデリケートな生き物で、地震でパニックを起こして暴れかねない。地震発生直後からツイッターでは「社台は大丈夫か?」などと、心配する声がつぶやかれていた。そうした競馬ファンの心を察してか、牧場や社台SSの対応も早かった。6日早朝の段階で、ホームページなどで「地震発生直後に全馬の様子を見て、無事を確認できました」と発信した。だが後日、ノーザンファームの繁殖牝馬・ミスアンコールの左後肢骨折が判明。残念ながら安楽死処分となった。

街宣車での断水呼びかけをデマと認め謝罪する共産党ツイッター ©財界さっぽろ

拡散された断水・本震という“デマ”

 地震当日の6日午前。共産党札幌白石・厚別地区委員会が地震で困っている人へ呼びかけるため、白石区に走らせていた街宣車が、断水の可能性を告知した。

 驚いた住民が市に問い合わせると、これがデマと発覚。同委員会公式ツイッターがそれを認めて謝罪する事態となった。

 同じ6日、立憲民主党の公式ツイッターも旭川市内での断水を、同党衆院議員・佐々木隆博氏の事務所からの情報としてツイート。旭川市役所がすぐに否定し、同党は翌7日にデマと認めてお詫びする事態となった。

 7~8日にかけては自衛隊や消防を騙り「苫小牧で地鳴りがあり本震が来る」といったデマもツイッターを通じて拡散した。

 広まりやすいデマは「一見信頼できそうな人や団体からの情報」「デマだとしても心構えをしておこう」といった部分がキモ。デマの片棒を担がないよう、もし拡散するなら「ファクトチェック」を忘れずに。

旧道議会庁舎と道庁を結ぶ地下通路にあり、一般客も利用可能だった ©財界さっぽろ

口コミが伝わり…道議会食堂が大混雑!

 旧北海道議会庁舎地下の「道議会食堂」は、地震当日の6日と翌7日も店を開け、口コミで大混雑だったという。

 食堂の運営会社「赤瓢箪」代表の松澤大季さんは、6日午前5時ごろ、被害を確認するため店に着いた。幸い大きな被害はなかったため、開店可能と判断。出勤可能なスタッフを呼び、通常より早い午前9時前に店を開けた。

 すると災害対応のため、取るものも取りあえず出勤していた道庁職員や隣の北海道警察本部職員で店は普段以上のにぎわいに。口コミやSNSを通じて、東京から観光に訪れていた大学生の団体客も50人ほど来店したという。本誌記者も7日に名物の「大特ざる」を注文。非日常の中の日常を存分に味わった。

「非常時だからこそ、できる限りのことをしようという思いでいっぱいでした」と松澤さんは語った。

断水トイレで役立つ“看護師の知恵”

 今回のような大きな地震が起きれば、家庭での断水はつきものだ。

 とくにマンションなどの高層階では、ポンプが使えなくなるため、その可能性がより高くなる。

 そんなとき、一番困るのがトイレだろう。用を足した後、水を流したくても流せない。

 では、どうするのか。

 今回の地震で病院が停電になった際、実際に看護の現場で実践していた対処方法がある。

 まず、便座をあげ便器を包むようにゴミ袋をかぶせる。その上に、もう一枚ゴミ袋を重ね、大人用の紙オムツを乗せる。

 札幌市内の病院に勤務する看護師はこう話す。

「大便なら1回での交換になりますが、大人の小便なら3、4回は吸収できます。そして、上のゴミ袋だけを取りはずし、もう一度かぶせる。紙オムツが家庭にない場合、トイレットペーパーや新聞紙でも代用できます」

札幌市小動物獣医師会会長を務める前谷茂樹まえたに動物病院院長 ©財界さっぽろ

災害時も奮闘、ペットを救う獣医師

 地震の影響は、犬や猫などのペットにも及んだ。

 札幌市小動物獣医師会の会長であり、まえたに動物病院院長の前谷茂樹氏は、9月6日をこう振り返る。

「停電により、血液検査、レントゲン、エコー検査などはできませんでしたが、午前中のみ診療しました。翌日は自宅から延長ケーブルで病院に電気を引き、検査機器なども動かせました。2日間は停電している病院が多かったですが、できる範囲の診療をしているところがいくつもありました」

 食欲低下、下痢などの症状で受診する犬や猫が多かったという。飼い主に対し、分離不安になっている犬も少なくない。猫は地震の揺れで窓が開き、飛び降りてしまった例もある。

 道内の獣医師会や北海道の環境生活部、札幌市動物管理センターなどの関係機関により、9月11日には「平成30年北海道胆振東部地震ペット救護対策協議会」が設置された。被災地でのペットの健康管理を中心に、必要があれば一時飼育や譲渡、義援金や支援物資の受付もおこなう。

ドライバーが伝授、タクシーが捕まえられる場所

 ブラックアウトによってJRや地下鉄のほか、信号機が停止したためバスも運休。車のない人たちの交通手段は徒歩か自転車、そしてタクシーに絞られた。

 札幌市内を例に取ると、とにかくタクシーは捕まりにくかった。ある男性は「冬の吹雪の日だったらわかるけど、まだ半袖で歩ける季節。見事に1台もいなかった」と話す。

 あるドライバーは確実にタクシーに乗る方法を次のように語る。

「まず電話よりもいまはスマホの配車アプリをつかったほうが、タクシーを確保しやすいです。昔ながらの方法で言うと、ドライバーと個人的に仲よくなり、携帯に直接かければ確実に呼べるでしょう。また、当然車ですから燃料がなくなりそうになれば補充しに行きます。どんなに忙しいときもそれは変わらない。ほとんどのタクシーはLPガススタンドに行く。つまりそこの前で待っていれば、絶対に捕まえることができるのです」

ハネムーン旅行者の二度の不運

 大地震は北海道を訪れていた外国人旅行者にも猛威を振るった。移動や宿泊、食事などに困り、札幌市内の避難所に駆け込む姿も目立った。

 その中に「ハネムーンで日本に来ていた」というアメリカ人カップルがいた。地震が起こる2日前、彼らがいた場所は京都だったという。

 ちょうどそのとき、台風21号が関西を直撃。関西国際空港が閉鎖されるなど、大打撃を受けた。

 彼らは、関西の次は北海道を訪れる予定だったという。関空から新千歳空港行きに乗るつもりだったが、台風の影響で、すべての便が欠航。仕方なく陸路で東京・羽田空港へ向かった。そこから新千歳に降り立った。

「台風の次は、今後は地震で震災。土地勘もないので大変だけど、ある意味、印象に残るハネムーンになったわ」とアメリカ人カップルは語っていた。

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