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Interview

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〝命〟をありのまま見せることにこだわり続ける掲載号:2009年7月

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坂東 元 旭山動物園園長

ばんどう・げん=1961年2月25日、旭川市生まれ。84年酪農学園大学獣医学部獣医学科卒業。86年に獣医として旭山動物園に入園。95年飼育展示係長、2004年副園長を経て、今年4月1日から現職。

4月1日に旭山動物園の新園長に就任した坂東元氏は、動物本来の能力や習性を見せる「行動展示」を考案、同園躍進のきっかけをつくった人物だ。いまや全国区の動物園となった旭山をどう引っ張っていくのか。坂東園長に話を聞いた。

動物園嫌いを改め させたヒグマの子

――入園のきっかけを教えて下さい。
坂東 もともとはウシなどの大動物の臨床を志していました。しかし当時、大動物臨床は花形の職業で試 験に合格するのが難しい。どうしようかと考えていた時、先々代の園長が亡くなられ、募集が1人あるということで旭山に入りました。 ただ、私自身は、旭山 に入る前は、動物園のことが好きではなかったんですよ。
――どうしてですか。
坂東 動物を閉じ込めていることに抵抗があったからです。しかし、あるきっかけで考えが変わった。
私が入ったころ、ヒグマの子供が保護され、旭山動物園に持ち込まれたんです。最初は1週間も面倒を見ていたら、子犬のようになつくと思っていました。し かし、彼は私に対して気を許さない。私が見ていたらエサを食べないのに、いなくなると、ちゃんと食べている。この一件で野生の生き物には自らの生き方が あって、われわれとは全然違う価値観を持っているのだと思い知らされました。
i10――行動展示の発想はどこから出てきたのですか。
坂東 飼育展示係長になった95年は閉園論がピークでした。94年にエキノコックス症でゴリラなどが 死に、感染予防から営業停止になりました。施設も老朽化が進み、中でも猛獣を飼育している施設とサル山は「いつ壊れるんだろう」という状態。建て替えない なら、ライオンもトラもサルもいなくなる。彼らなしに動物園として存続できるのかということもあり、閉園が現実になろうとしていました。
そんな時に市長が代わり、建て替えが認められることになりました。当時、猛獣館にはライオン、トラ、ヒグマ、アムールヒョウなどがいたのですが、その時にヒョウがね…
お客さまにヒョウの魅力が伝わっていなかったんです。「寝てばかりいてつまらない」って。1日の営業時間が終わって獣舎を掃除すると、石ころから何からすごく出てきました。おそらく、動かすために石をぶつけたり、棒でつついたりしていたのでしょうね。
――ひどいですね。
坂東 お客さまがなぜそういうことをするのか疑問だった。例えばネコを飼っている人がいたとして、そのネコが寝てばっかりで動かないからといって、石を投げたりしないでしょう。なのに動物園のヒョウだとやってしまう。これは動物たちを“見せ物”として見に来ているからです。
私たちは動物たちと毎日かかわっていますから、愛情や尊敬の念を持って彼らに接しています。一般の人たちも自分のペットに対してはそうでしょう。だか ら、何か共感できることがあれば、よいのではないか。同じ寝るにしてもヒョウらしく寝せてあげられることができれば「つまらない」と言われずにすむのでは ないかと思ったのです。
そして考えたのがヒョウが頭上にいる空間でした。ヒョウは高いところにいるのが普通で、高い場所に持っていけばリラックスして本来の姿を見せるだろうと考えたのです。

“来園者”の数が目的じゃない

――来園者の反応は。
坂東 大きく変わりました。寝てるのは変わらないのですがヒョウらしい寝方を見せることで、お客さんも満足してくれた。それがすごくうれしかったですね。
動物園の中で人間は動物たちを閉じ込めざるを得ません。それは仕方がないとして、じゃあ彼らの生き物としての尊厳を守るためにはどうしたらいいのか。彼 らは好むと好まざるにかかわらず、そこで生活していかなければいけないわけです。それなら、彼らのことを何より尊重しようと。限られたスペースの中で最も 彼ららしく過ごせる空間は何か、彼らの日常をありのままに見てもらえるにはどうしたらいいのかを考え、突き詰めて造っていったのが一連の施設なんです。
動物たちを野生にいたときと同じ視点で見られるのなら、別に動物園でなくてもいいわけです。とはいえ、一般の人がペンギンを見に南極の海に潜ったり、北 極クマを観察しに北極に行くなんてことは不可能です。動物園なら、それに近いものを見せることができます。だからこそ、動物園は必要なんです。
――今後、園の運営をどうしますか。
坂東 動物園というのは動物が主役です。そこの責任者は、動物たちのためになることをしっかりやればいいわけで、それさえできれば誰がなろうと構わない。
ただ、動物を思うことや来園者のことを見続けてきたことについて、他人に負けないという自負があります。これからも動物のため、来園者のためという “軸”は絶対に変えません。それと利益のためにということだけはやらない。いままでも利益は、結果として後からついてきただけです。
自分たちが素晴らしいと思うものを、お客さんにも素晴らしいと感じて欲しい。動物がいるから動物園が必要で、自然とつながるための窓口として動物園があ るのだと思っています。来園者数は努力の結果としてついてくるものであって、目的じゃない。その軸だけは絶対に守っていきたい。

動物のふるさとのため何ができるか

――旭山の展示手法をまねる動物園も増えています。
坂東 たくさんの人たちが動物たちのことに関心を持ち、存在を認めるようなことにつながるのであれば、それはそれでいいのではないかと思っています。
ただ、いまのうちの状況というのは「ちょっとおかしい」と思うんです。全国には動物園が100カ所ぐらいあります。旭山よりも大きな動物園もたくさんあ ります。そう考えたら、ウチはやっぱり36万人都市の動物園なんですよ。それぞれの動物園が、動物たちのために、いろいろな情報を発信していけば、当園だ けがこんなに取り上げられることもないと思うのです。
しかし、だからといって、来園者が36万人になってもいいとは思わない。動物たちのすばらしさを、たくさんの人に知ってもらいたいからです。来てもらわないことには伝えることができませんからね。
――新機軸を何か考えていますか。
坂東 基本的には淡々とやっていくつもりです。
ただ、ここ数年で“オバケ”のような動物園になったという側面があります。経済効果という面でね。本来の動物園に対する評価とは違う評価が大きくなって、“成功した動物園”みたいな言葉がついて回るようになってしまいました。
ただ、動物たちの顔ぶれは、来園者が二十数万人だった時代とほとんど変わっていません。獣舎の整備や導入費用など条件がそろわなくて飼育をあきらめた動物も多い。昨年、復活したオオカミもそうです。
オオカミは96年に最後の1頭が死んでいます。しかし、オオカミがいなくなったことを市民の誰も覚えていなかった。動物園の人間としてこれほど悔しいことはありません。だから、もう1回、ちゃんと見せたいという思いがあって昨年、「オオカミの森」をつくったんです。
オオカミに限らず、ライオンでもヒグマでも“命”は素晴らしいものです。しかし、昔はそれをうまく伝えることができなかった。
それが来園者数が300万人になり、動物たちに共感してくれる人も300万人まで増えました。いまなら、かつては伝えられなかったことを上手に伝えられます。ここに来て、ようやく、そのスタートラインに立てたかなと思うのです。 飼育されている動物たちにはふるさとがあります。そことお客さまとをどうつないでいくか。動物園が架け橋となり動物たちのふるさとのために何ができるかが次の目標です。「旭山、面白かったね」で終わってしまったら意味がありません。
――具体的には。
坂東 例えば、オオカミとエゾシカの施設は北海道の自然がテーマです。「オオカミの森」と「エゾシカの森」が隣り合っているのは、かつての北海道の自然を再現しようという意図からです。将来的には、この2つの施設の近くにヒグマの獣舎も持ってこられたらと思っています。
いま、エゾシカは有害動物と言われていますが、彼らを有害にしてしまったのは、人間の暮らしです。人の暮らしと彼らの営みについて、しっかりと考えても らえるよう、これから「エゾシカの森」の中に農園をつくり、市民と一緒に収穫までやろうというプロジェクトを考えています。
動物たちの“命”をありのままに見せることで、自然や命のすばらしさを訴えていきたいと思っています。

=ききて/坂井=