【今月号特選記事】財界さっぽろ記者が行く 東西南北2849km・道内選挙区旅日記 Web版(前編)

 10月31日投開票の第49回衆議院議員選挙は、北海道内12の小選挙区に32人が立候補し、比例北海道ブロックには10の政党・政治団体合わせて43人が名を連ね、全20の議席を巡って激しい戦いを繰り広げた。

 あす11月15日月曜に雑誌版が発売となる月刊財界さっぽろ12月号では、衆院選公示後の12日間に道内で起きていた深層情報をお届けする「怒濤の衆院選特集 “半月後でも面白い話”」を掲載。本誌記者らによる緊急座談会や編集部総力取材による激戦の裏側を28本の記事による特大ボリュームでお贈りしている。

 特集では本誌記者がほぼ全選挙区を旅すること2849km、各候補の遊説や選挙事務所の雰囲気などありのままを綴る“旅行記”を掲載した。以下、紙幅の関係で削らざるを得なかった“面白いところ”を含めた「Web版」を今日あすの2回に分けて掲載する。(文中敬称略)


〈まえがき〉

「諸君、私は選挙が好きだ」――ある人気漫画のセリフをもじったものだが、実際、筆者は選挙が好きだ。

 選挙区ごとに十万人近くの人が、その1票に国の未来を投じ、無情なるその結果が陣営に伝わり、そこにいる人すべての感情が爆発する、そんな瞬間が好きだ。

 人口3000人程度の小さな町を二分する首長選の、負けた方についたら明日から仕事がない、といった天国と地獄を分けるような瞬間が好きだ。

 選挙にかかわるおおよそすべての人は、その瞬間のために声を張り上げ、下げたくもない頭を下げる。

 正直、他人のために心底必死な人もいれば、心底自分のために必死だけど、外から見ればそれが結果として他人のために一生懸命やっているように見える人もいる。

 10月19日公示、10月30日までを選挙期間とした今回の衆院選は、本誌別項の通り各党・マスコミの世論調査や出口調査がアテにならない、稀に見る混戦だった。

 勢い、各候補者の陣営に伝わる情報も二転三転。あちこちの候補者陣営が数字によって右往左往される様が見て取れた。

 そうした状況下で、各陣営に飛び交ったのは「肌感覚」という言葉だ。文字通り候補本人や遊説隊長、ウグイス嬢など遊説本体車が直接目の前の有権者の熱気や雰囲気、態度から感じ取ったもの、それがどうだったか。

 第三者から見て一番わかりやすい肌感覚が、各候補の選挙事務所の雰囲気だ。法の定めるところによって設置できる選挙事務所には、候補者の後援会や選挙対策本部の幹部らが集まり、候補者を勝利に導くためのさまざまな情報がリアルタイムで集約される。その情報を分析した上で、遊説日程や集票戦略を立てていく。

 人が多く活気のある事務所には情報が多く集まり、人の寄りつかない事務所には不穏な空気が流れている。「事務所を覗けば情勢がわかる」とはよく言ったもので、肌感覚が一番伝わる場所。本稿では、肌感覚をコンセプトに綴っていく。


〈Day 1〉10月19日火曜日=空知管内(10区)

 本誌編集部は限られた少人数のため、衆院選全区情勢など恒例の特集記事を組む際は複数の区を担当する。

 特集では2区、10区、12区を担当する筆者は公示日の19日、担当する10区へと足を運んだ。目当てはこの日、美唄・砂川両市へ入る党代表の山口那津男だ。

 せっかく空知に入るからと、早朝は対抗馬の立憲・神谷裕の第一声を拝みに札幌市から直接岩見沢市へ。

10区立憲・神谷裕氏は第一声で相手候補に続々大物が応援に入ることを指して「私は随分評価をされている」と笑いを取った(10月19日) ©財界さっぽろ

 事前情勢では、農民団体が支援を格上げしたことから神谷優勢の報。なるほど、第一声から団体幹部が気勢を上げている。この流れで、神谷の選挙事務所に立ち寄ることに。事務所は活気があふれていた。まさに肌感覚がよかったのだろう。

10区公明・稲津久氏(左)の応援で美唄市に駆けつけた公明党代表・山口那津男氏(右)(10月19日) ©財界さっぽろ

 この日の午後は美唄で神谷に対する10区前職で公明・稲津久の支援者と密談した後、代表・山口の演説を見物。山口の「なっちゃんで~す」「押し上げてくださ~い」という口癖を聞けて満足した。この日の移動距離は121km。


〈Day 2〉10月20日水曜日=オホーツク管内(12区)

 早朝というか深夜の3時、私物のデジタル一眼カメラを携え、札幌を出た。

 目的地は「音標」。宗谷管内枝幸町とオホーツク管内雄武町の分かれ目にある、小さな漁港とコミセンのある集落。朝8時、ここで12区自民・武部新が挨拶をすると聞いたからだ。

 事前情勢は“安泰”とされていた武部。では安泰な選挙ってどんなものなのか。軽い気持ちでカーナビを音標にセットし、表示された時間に合わせて自宅を出たのが間違いだった。最短距離と思って選んだ道道880号線が、道道とは思えない酷い隘路。道道も800番台となれば獣道もそれなりにあると知ってはいたが。

 それでも何とかスタックせずに到着すると、白んだ空をねずみ色の雲が覆い、雨交じりの暴風と、それに煽られた荒波が火曜サスペンス劇場もかくやという感じで港のテトラポットに打ち付けている。

 だが午前8時も近くなると20人ほどが「農道のポルシェ」ことスバル・サンバーや「農道のフェラーリ」知られるホンダ・アクティで乗り付け集合。宗谷が地元の道議会議員・三好雅が「毎回のことですが、ここから宗谷管内の遊説が始まります」と挨拶すると、続いて武部が10分ほど支援を訴え、地元20人ほどが笑顔で見送った。

早朝8時、暴風雨の中、サルスベリを持って激励に来た高齢女性と談笑する武部新氏(10月20日) ©財界さっぽろ

 最悪の天候下で、早朝に、たったそれだけのためにこれだけ人が集まる。そりゃ強いよな……と素直に思う。

 散会後は一路、北見市内の武部事務所へ。向かうといっても距離でいうと155km。オホーツク海沿岸の国道239号線を雄武~興部~紋別へ。その後国道242号線へ入り湧別~遠軽、国道333号線に進んで佐呂間~やっとこさ北見へ。

 武部事務所は、しばらくの間北見市役所の桜町仮庁舎として使われていた広大な建物。ところ狭しと推薦状が張られる中、地元の有力建設会社社長が陣頭指揮を取っていた。

武部氏の北見本部事務所は「密になりようがない」広さ(10月20日) ©財界さっぽろ

 普段は永田町の議員会館にいる公設秘書に応対してもらう。コロナ前までは記者の誰か彼かが永田町・議員会館に出入りしていたものだが、この2年近くはすっかりごぶさた。東京では議員本人だけでなく、秘書とのやりとりを通じて情報を得ることも多いものですっかり話し込んでしまった。長時間お世話になりました。

 続いて東に向かい、大空町東藻琴の総合庁舎前で立憲・川原田英世を激写。網走市議時代から国政志望と聞いていたが、演説はそこそこ上手い。こういってはなんだが1度の選挙で武部に届くかといえば誰もそう思っていない。そういう意味で落選後の行動こそが大事、と言う政界関係者も多い。

大空町東藻琴の総合庁舎前を遊説に訪れた12区立憲・川原田英世氏。右写真は家主の好意で借りたという川原田氏の事務所。「管理地」の看板が意外となじんでいる(10月20日) ©財界さっぽろ

 北見にとって返し、川原田事務所で長年付き合いのある連合関係者と面会。「選挙で何をやっていいのか、悪いのか。そういう知識のある人が減っていていちいち指示を出さないといけない……」と嘆いていた。

 現行法上、選挙の最中とそれ以外ではやっていいこと悪いことがある。違反スレスレを走り抜けるのもある種の知恵だ(川原田事務所の話ではない)。今回、立民候補の事務所に寄るとあちこちでそんな話が聞こえた。与党のようにお金があれば大手広告代理店や選挙コンサルタントに頼むこともできようが、野党はお金がない。その分を熟練の労組や連合関係者が伝えてきたところだが、今後、野党の選挙技術の伝承はポイントになるだろう。


〈Day 3〉10月21日木曜日=上川管内(6区)

 翌21日は旭川紋別道路を西にとって返し、6区の取材。オホーツク管内もそうだったが、この時期は、甜菜(ビート)の収穫と製糖工場への運搬が最盛期。どの農道にも甜菜を満載して工場へ向かうダンプカーがたくさんいる。要するに移動速度は上がらない。

 仕方なく車窓の外に目を向けると、美瑛町が誇るパッチワーク模様の農業景観が。この時期は芽吹いた秋まき小麦の「緑」と、何かしら収穫した後の土が露出する畑の「黒」とで「鬼滅の刃」のあの市松模様に見えてきた。さすれば紅葉まっさかりの防風林は煉獄杏寿郎か、などと思いつつ目的地の中富良野町農協前へ。

 自民・東国幹の連合後援会長は、管内最大規模の富良野農協組合長で上川地区組合長会会長を務める植崎博行。農村の広がる上川郡部で農協を押さえることは非常に重要、と東後援会幹部が三顧の礼で迎えた。この日、東は旭川市を出てその富良野農協域内を南下していくというので、それを中富良野町でキャッチアップしたのだ。

中富良野町を遊説に訪れた6区自民・東国幹氏(10月21日) ©財界さっぽろ

 本誌12月号衆院選特集の通り、衆院選にあたり自民道連と6区の東後援会幹部は「6区の自民党支持層を紹介しよう」というキャンペーンを張った。その結果として6区内自民支持層の分厚い名簿が得られた。

東氏の事務所は広い駐車場が満車になるくらいの人でいっぱい ©財界さっぽろ

 旭川市内の東事務所は元々自動車販売会社だった建物で、駐車場も50台は停められる大きなもの。そこが車でびっしりになるくらい支援者やボランティアが集まり、電話での選挙活動にフル回転していた。事務所内は活気に溢れ、まさに集票マシン。

 他方、西川事務所は人も少なく、劣勢を意識しているのがありありと伝わってきた。陣営幹部は「SNSでの誹謗中傷が酷い……」と弱り切った表情。いじめ問題に加え出馬表明が遅かったこと、コロナ禍で直前まで有権者へのアプローチが厳しかったことを挙げていた。

大通沿いなのになんだかひっそりしていた西川将人氏の事務所 ©財界さっぽろ

 この日は最後、富良野市内にある富良野農協本所での東の個人演説会を見てから帰ることに。演説会で最後に挨拶した関係者が「まずは家庭内から固めよう」と、改めて女性票を意識する発言をしていたのが印象に残った。

 その後、富良野の名店「富川製麺所」でラーメンを食べ、桂沢湖から三笠市を抜けて高速で帰り、2日合計965km。まだ公示3日目、少し後悔する。


〈Day 4〉10月23日土曜日=釧路・根室管内(7区)

 1日置いた23日土曜は道東・7区へ向かう。午前10時に根室管内で別の取材があったため、一度寝ると起きられないと思い、家を出たのは深夜1時。

 雨こそ降っていたが高速道路はほとんど車もおらず快適な旅路、かと思いきやいきなり出鼻をくじかれる。「夕張―占冠間夜8時~翌朝6時通行止め」。土日は工事が休止になるが、この時点では22日金曜26時。夕張ICで一度高速を降ろされ、国道274号線から占冠ICを目指すことに。

 国道274号線から占冠ICに入る道道610号占冠穂別線を進むと20㌔近くの遠回り。仕方なく回る間にヒグマ1頭、鹿20頭(概算、うち3頭は雨で滑って転んで轢きそうになる)をやり過ごし、何とか占冠から高速へ復帰する。

 続いて道東道の終点・阿寒ICまで辿り着き、釧路市内を迂回しようと釧路湿原道路へ進むと、そこにはさらに別次元の鹿の数。車のヘッドライトに反射する光のほぼすべてが鹿の目だったのだ。

鹿が道路脇に1頭でもいるとほかにもいる可能性が高いため止まらざるを得ない ※写真はイメージです ©財界さっぽろ

 鹿を避けながらの通行でどうしても眠くなり、標茶町郊外を通る国道の休憩所で停車。仮眠を取ろうとすると「キュン!」と鹿の鳴き声。40数年道民をやってきたが、恥ずかしながら鹿の鳴き声を初めて聞いた。とにもかくにもあの日あの時、もっとも鹿の視線を集めたのは間違いなく私だった。

 そんなこんな根室管内での用事を済ませ、釧路市へとって返して向かったのは自民・伊東良孝事務所。

活気あふれる伊東良孝氏の事務所(10月23日) ©財界さっぽろ

 面識ある後援会幹部へあらかじめアポイントをとっており、中に入ると威勢の良い声で「お客さま来られました!」。漁師町ならでは(?)の歓迎か。

 この区も戦前から伊東の勝利は間違いないと思われていた選挙区。だが戦後はさまざまな課題を抱えている。その話をしようと思ったが、結局ほかの選挙区の話ばかりして帰る。自分たちの話は口憚られることが多いが〝隣〟の話はついつい聞こえてくるし、話してしまうものだ。

鹿とフォアグラのパイ包み。たいへんおいしゅうございました ©財界さっぽろ

 釧路の夜はお世話になっている政界関係者のお誘いでフレンチを堪能。夜は珍しく夢を見た。鹿の夢。メーンがエゾシカ料理だったからか、たくさんの鹿に見つめられたからか。


〈Day 5〉10月24日日曜日=釧路管内(7区)・十勝管内(11区)

 翌日早朝は伊東の対抗馬である立憲・篠田奈保子の街頭演説を拝見するため釧路市内のスーパーへ。その足で篠田事務所に向かった。

早朝のスーパーマーケット前で聴衆と挨拶する7区立憲・篠田奈保子氏(左)(10月24日) ©財界さっぽろ

 篠田陣営は、野党候補一本化が叶わなかったことについて不満を抱えている、という事前情報があった。弁護士の立場から生活者支援に取り組み、7区の立憲候補予定者となったのは2年以上前と活動期間も既に長い。いよいよ総選挙の直前になって「一本化しない」と言われても、本人含め困惑するのは当然だろう。

 応対してくれた陣営幹部にそれを訪ねたが「困惑もあったし本人も落ち込んだ時期はあったが、今は頑張っている」と前を向いていたのが印象に残った。此の期に及んでは詮無きことなのかもしれない。ちなみに選挙後、本人のSNSでは再挑戦に向けて政治活動の継続を表明した。

 帰りしな、事務所内にキッズスペースがあるのに目が止まった。篠田は政治活動や弁護士業務のかたわらで4人の子育て中。主婦目線の表れだ。

無数のスマホカメラを前にご満悦?の鈴木直道知事 ©財界さっぽろ

 次に向かったのは、知事の鈴木直道が街頭に立つという市内の携帯電話ショップ前。前日も思ったが、とにかく伊東を支えるスタッフは数が多い。ほぼボランティアで後援会企業から手伝いできている(形の上では自発的だが)ことが多いのだが、管内全域で浸透していることの表れなのだろう。

 そんなことを思っていると、やおら知事が登場。地元道議などが遊説車上から挨拶する中、集まった支援者や観衆とグータッチ……が通常だが、知事の場合はとにかく記念写真希望の嵐だ。老いも若きも(失礼)その場にいるほとんどの女性が目を輝かせて知事の姿を追っている。伊東の後援会幹部も「すさまじい人気だ」とぽつり。

 そんな場面を眺めていると、いよいよ知事が登壇。伊東本人は週末かけて他の選挙区を激励に回っているといい、本人不在の場面を手助けに来たというわけ。

 この1年以上をコロナ対応に忙殺されてきた知事だけに、内容は道民に対するコロナ対応協力への感謝や、大きな被害が出た太平洋沿岸の赤潮被害について、伊東の協力を得たという話が主。それにしても「圧倒的な勝利をお願いします」と絶叫する姿はこれまで見たことのないような力の入り具合だった。

 知事はこのあと午後から11区で中川郁子の演説に入ると聞き、予定を変更して追いかけることに。ショッピングセンターの駐車場前で行われた街頭演説では、地元農業界の最高幹部らが集うなど豪華な顔ぶれが参列。地元紙に選対本部のメンバーまで詳細に載るほどの体制強化で、今となっては比例4位で救われたのも理解できる。

帯広市でも大勢の聴衆を前に11区自民・中川郁子氏への支援を訴えた(10月24日) ©財界さっぽろ

 知事人気を帯広でも再確認して帰札。この2日間計844kmを走破して、本稿は後編に続く。

◎後編はコチラ

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