【さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー】第01回・すすきのゼロ番地

 月刊財界さっぽろ2020年12月号より、新連載「さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー」が始まりました。

 筆者は札幌市の出版社「亜璃西社」社長でエッセイストの和田由美さん(写真)です。和田さんはこれまで「和田由美の札幌この味が好きッ!」といったグルメガイドブックや「さっぽろ狸小路グラフィティー」「ほっかいどう映画館グラフィティー」といった、新聞・雑誌等のエッセイをまとめた書籍を多数刊行されています。

 今回の連載では、札幌市内の「通り(ストリート)」や「区画」「商店街」「エリア」などの「マチナカ」(賑わいのある場所)を、毎月1カ所ピックアップ。その場所について、名前の由来や繁華街となっていく上での経緯、さらに現在に至るまでの変遷といった歴史と記憶を綴ります。「財界さっぽろオンライン」への掲載は、毎月発売号の当月最終金曜日。

 以下、連載第1回「すすきのゼロ番地」です。

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ゼロ番地の建物内 ©財界さっぽろ

 大泉洋主演の映画「探偵はBARにいる」(2011年)のロケ舞台にもなった「すすきの市場」(南6西4)。その地下は、昔から「すすきのゼロ番地」と呼ばれ、小さな店が並ぶ飲み屋街になっている。

 ところが、若い人たちにその話をすると、「怖くて行けない」という。ゼロ番地という名前が持つ怪しげな印象のせいなのだろうか。

 私がまだ若かった1970年代のススキノには、新しいビルが次々と建った。が、その隙間の路地には「ションベン小路」「〇〇横丁」などと呼ばれる飲み屋街が数多く残されていた。その中から持ち前の勘で店を選び出し、夜な夜な繰り出したもの。東京で云えば、新宿ゴールデン街の名物ママのような気っ風の良い店主が多く、若くて無知な私はいつも叱られ諭されていたものだ。

 そういう路地裏の店で切磋琢磨したことの無い若い人たちにとって、すすきのゼロ番地は映画「網走番外地」にも似た無法地帯に思えるらしい。

 しかし、この建物はもともと、大正期に誕生した札幌第二公設市場だった。1958年(昭和33)に、地下1階、地上5階(2階以上は公団アパート)の新築に生まれ変わり、地下に雑貨店や医院などは入ったが、入居者がなかなか集まらない。

 そこに登場するのが、“ススキノの風雲児”と呼ばれた北海道振興の創業者・久末鐵男さんである。地下に電話交換室と家賃集金人の小部屋を設け、通路を挟んだ両側に3、4坪の間仕切りで35軒分の枠を造って、なんと「すすきのゼロ番地」と命名した。当時は保証金15万円、家賃日払いという条件だったが、絶妙なネーミングと各店舗に電話を引き、上下水道を完備したこともあり、すぐに満杯になったという。

 以来、60年余りの間に店舗は変遷を重ね、一番の古株はスナック「札ちょん」となった。ユニークな店名は、独身男性の俗称・チョンガーに由来し、札幌に単身赴任した男性を指す。かつて店主の太田正師さんに伺った話では、1950年代半ばからホステスさんの間で使われ始め、吉行淳之介の小説「札幌夫人」(62年)で一躍有名になったという。古いなあ。

 73年の資料によれば、「久代」「六荘」「むげん」「忍」「カトレア」「ちろる」「れい」「マミー」「ロンシャン」「柴園」「つきじ」「わか乃」「はしば」「赤ひげ」「白河」「竹代」「藤」「以智子」「かつら」「史乃」「ふるさと」「千明」「三笠」など、当時は居酒屋やスナックを中心に軒を並べていた。

 まさしく昭和全盛期のネーミングが多く、その中で今も残るのは、前述の「札ちょん」とスナック「ちろる」だけ。私が実際に立ち寄ったことがあるのは、取材で伺った「札ちょん」と数年前まで営業していた居酒屋「藤」の2軒くらいである。

 今に目を移して、現役最古参のスナック「札ちょん」に話を訊いたところ、店主の太田さんは不治の病に倒れ、1年8カ月の闘病生活を経て、今年の5月に亡くなられたという。姪っ子の横山望さんが後を継ぎ、妻の節子さんも手伝う。「主人は姪っ子が継いでくれたのが予想外だったらしく、とても喜んでいました」と節子さん。今でも、若かりし日に通い詰めていた元北大生が、札幌を訪れた折に立ち寄ることが少なくないという。往時を懐かしむ客も含め、繁盛しているようだ。

「札ちょん」には敵わないけれど、2006年に開店した「朱月庵」も、この地下で14年になる中堅どころ。“一見の客お断り”と言わんばかりの店構えで、壁に埋め込まれた小さなガラス窓に淡い灯りが見えるだけ。が、女将が茹で上げるそばの旨さは絶品で、知る人ぞ知る手打ちそばの名店なのだ。

 カウンター約6席の狭い店だが、すじこんや畳いわしなど粋な酒肴を取りそろえ、それが実に旨い。東北出身の店主が吟味する地酒のセンスも良く、居酒屋としても極上の店である。

「0番地珈琲店」店主の栗木呂英さん ©財界さっぽろ

 このレトロな飲み屋街で、3年前から異彩を放つのが「0番地珈琲店」だ。宇宙と歴史をこよなく愛する店主・栗木呂英さん(44)が営み、昼3時からオープン。ゼロ番地にカフェとは意外な組み合わせだが、「僕がお酒を飲めないもので。どの店で飲むと良いのか尋ねに訪れる人も多く、案内所代わりです」と苦笑い。が、ここのオリジナルブレンド(650円)の美味しさは特筆もの。コーヒー好きは、避けて通れない店だろう。

 新旧の店が交差する昭和生まれの“すすきのゼロ番地”。平成を経て令和を迎えた今夜もまた、元気に幕が開く。

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