西條産業
さいじょう・きみとし/1984年、小樽市生まれ。小樽潮陵高校、青山学院大学卒業。不動産デベロッパーの会社を経て銀行で働く傍ら、夜は音楽活動を並行。2015年に東京から地元へUターンし、西條産業に入社。19年小樽商科大学大学院に進学し、経営管理修士を取得。常務、副社長を経て、25年1月に社長に就任。趣味はゴルフ、マラソン、ギター。
伝統を礎に。社員とともに未来を切り拓く決意
創業75年。木材の卸売から総合建設会社へ変遷を遂げた西條産業。おたる屋台村の運営など地域貢献にも力を注ぐ。今年3代目に就任した西條公敏社長が掲げたのは〝100年・100人・100億円〟。次代へのかじ取りを担う覚悟を語った。
伝統を重んじ社員とともに革新につなげる
――今年1月に社長へ就任されました。どのような思いで受け止められましたか。
西條 祖父(創業者)は私が物心ついた時から病気を患っていたので現役の頃の姿は見ていませんが、幼い頃から父(現会長)や社員の皆さんが働く姿を間近で見てきました。社長就任時は、責任の重さからくる緊張感と自分の思いを形にできるワクワク感の半々です。祖父が礎を築き、父が発展させてきた土台があり、支えてくれる社員や取引先がいて、初めて今の私があると思っております。お世話になった方々に感謝し、お客様や地域に還元していく決意です。
――就任にあたり、最も大切にしたいことは何でしょうか。
西條 「コミュニケーション」ですね。特に社員との人間関係は祖父が最も重視していたことです。創業当時は本社の2階で暮らし、膝を突き合わせ同じ釜の飯を食べていたと聞いています。私自身、〝自分一人の力では何もできない〟と強く感じています。だからこそ、社員の存在が大きな支えだと実感しています。私の入社時に社員が「立派に育てますので私たちに任せてください」と会長に言っていたのを今でも覚えています。社内にはさまざまな課題が山積していますが、それぞれのスキルや個性を尊重して社内の結束が高まれば大抵の事は乗り越えられる自信はあります。人間関係の円滑化は常に意識しています。
盤石な基盤を築き100周年を目指す
――事業についてお聞かせください。
西條 木材の卸販売からスタートし、プレハブ建築、RC鉄骨建築、住宅建築、木構造建築へと領域を広げました。木材卸から建築業へと昇華させるなど〝同業界異業種〟での横展開ができることが当社の特徴だと思っています。事業の柱を複数持つことは、先行き不透明な社会情勢下では、リスク分散にもつながり、知見のシェアや人財のトレードもできるため、とても有難く感じております。創業者、先代には先見の明があったのでしょう。
――事業を進める上で大切にしていることは。
西條 現状に満足していては会社の発展はありません。AI・RPAなどテクノロジーが発達し、一つわからなければ次がイメージできないという事が多くなっています。世の中の動きを見て変わっていくトレンドと変わらない本質を見極め、逆算して必要な技術や知識を身につけていくことが大切だと思っています。売上や利益は単なる数字ではなく、お客様に満足いただいた結果であり、いわば感謝のバロメーターであると考えています。本業を通して売上・利益を上げ続ける事自体が社会貢献であり、とても誇り高き事であると思いますので歩みを止めずさらなる発展を目指します。
――経営姿勢について先代から学んだことは。
西條 父は〝大局観を持ち大きく動かす〟というタイプで、いつも冷静に全体像を把握して決断していると思います。私は理屈が通っていないとなかなか動きが鈍いこともありますが、そんな時に〝やってみればいい〟という言葉をかけてもらうこともありますので、いろいろなチャレンジができています。また、尊敬する経営者の方からご紹介いただいた『直感で発想、論理で検証、哲学で跳躍』(伊丹敬之著)という本の言葉に支えられている部分もあります。今は行動することで直感を磨き、最後は信念で決める、をモットーにしています。
――最後に今後のビジョンを。
西條 「100年・100人・100億円」です。現在は60億円超ですが、100という数字は構造や概念が変わる新たなフェーズに進むためのマイルストーンだと考えています。ただ、業界再編の可能性はあれど、社員とその家族の顔がわからなくなるほどの規模は目指していません。数字以外では、私は北海道、小樽で生まれ育った人間ですので、地元の人口減少など多くの問題に対して、事業を通じて街に大きな変革をもたらす会社でありたいと考えています。