【田中賢介・まだ見ぬ小学校へ】大谷喜一・アインホールディングス社長と語る

 田中学園立命館慶祥小学校がいよいよ4月に開校する。今回は田中賢介理事長と親交の深い、アインホールディングスの大谷喜一社長との特別対談。経営者の大先輩からのエールのほか、田中氏は開校が間近に迫った現在の心境などを語った。

身の丈経営で世界に羽ばたく卒業生を送り出す

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引退を1年先延ばしにした大谷氏の助言

――大谷社長に伺います。初めて学校内に足を踏み入れていかがですか。

 大谷 全体的にはシンプルで、いい校舎ですね。白系の木材がたくさん使われていて、明るく、温かみのある印象を受けます。

 やっぱり賢介君のつくる学校だなと改めて感じました。もともと賢介君とは趣味趣向が合うんだよね。今日のスーツとネクタイの色も似ているでしょ(笑)

 田中 ファッションなどを含め、経営者の先輩として、僕が参考にしているというのもあるからかもしれません。

 ――大谷社長は北海高校野球部OBで、現在はOB会の会長を務めるなど、もともと野球に精通しています。お二人の交流はいつから?

 大谷 もともと親交のあった白井一幸さん(ファイターズ元ヘッドコーチ)がきっかけでした。食事会のとき、白井さんが賢介君を連れてきたことが最初の出会いでした。賢介君がレギュラーをとったころだったかな。

 田中 2006年でしたかね。当時はあまり企業の方とご飯に行くことはなかったので最初の出会いは今でもはっきり覚えています。

 大谷 しばらくはそれっきりでした。ただ、食事会で賢介君に「結婚式には呼んでね」という話をして、快くOKしてくれた。

 そして、本当に招待してもらって。自分でお願いをしたんだけど、びっくりしましたよ。

 田中 12年のシーズンオフに結婚式をあげました。ファイターズを退団し、ちょうどアメリカに挑戦する前でした。これまでお世話になった方々にお声かけをして、出席者は80人くらいで、小さな式でした。

 大谷さんとはそこから家族ぐるみのお付き合いをさせていただいています。

 大谷 日本に戻ってきてからはよく食事に行ったね。北海高校の後輩・鍵谷(陽平、現ジャイアンツ)や、その同期の大谷翔平も交えながら。

 田中 僕の子どもが翔平に抱っこされて、ギャン泣きしている写真も残っていますよ。

 ――田中理事長は19年限りで現役を引退しました。引退時期について、大谷社長の助言があったそうですね。

 田中 ええ。現役は19年シーズン限りだったんですけど、もともと18年で引退しようと考えていました。シーズンが終わったら、ひっそりと退こうと。

 お世話になった方に引退決断の報告をしたんですけど、最後に大谷さんのもとを訪ねました。すると、大谷さんから「(急に引退したら)これまでたくさん応援してくれたファンの方々に失礼ではないか」「君ぐらい、頑張ったて応援された選手は辞め方もとても大切だよ」と言われました。

 この言葉に考えさせられましたね。そして、2週間くらい本当に悩みに悩みました。

 そこで出した答えが、お世話になった方やファンのみなさんへの感謝のための最後の1年にする、でした。ですから、引退表明も“異例”の開幕前に行いました。

 終わってみれば、また、今振り返っても、大谷さんの助言を聞いておいてよかったと思います。

 大谷 引退試合もすばらしかった。そこまでのセレモニーをしてもらえる選手はプロでも限られますからね。ファンもきちんと「お疲れ様でした」と“お別れ”することができました。

 でも、引退後、こんなことになってしまって……。

 全くの畑違いのことに挑戦するわけですから、報告されたときはやっぱり驚きました。私としては基本的には反対です(笑)。当然、野球の指導者になってくれると思っていましたから。

 ただ、(子どもに携わる事を)ずっとやりたいとは言っていました。子ども好きでもありますからね。でも、子ども好きと学校経営は次元が違いますからね。

 当初、学校経営に関する相談は全くありませんでした。賢介君からの報告はそこそこ学校の青写真が見えてからでしたね。

 田中 尊敬する経営者の大谷さんにはある程度、つくりあげて引き返せない状況になって報告しようと思ってました。大谷さんは恐らく、僕の事を思って「そんなのやめた方がいい」と言われてしまうだろうなと思っていたので(笑)

札幌につくるなら経済界の支援を

 大谷 本人ともいろいろ話しましたが、学校経営に対する本人の決意は固いものでした。

 そして、驚いたのが、立命館と話し合いを持っていたことでした。当時はまだ提携前でしたけど、歴史ある学校法人とそこまで話が進んでいるのなら、当然、応援するしかないなと感じました。

 これは経営者視点からも素晴らしいと思いました。普通ではできないことですよ。固定概念などがなかったからかもしれませんね。

(小学校の理事長になるという)話を聞いて、まだ2年ですからね。それがもうすぐ入学式(4月5日)です。そのスピード感もお見事です。

 あと、賢介君には、北海道、札幌で学校をつくるのであれば、経済界のみなさんにも支援してもらったほうがいいのではないかというアドバイスをしました。

 せっかく札幌に私立の小学校ができるんですから。いい話じゃないですか。しかも、学校のビジョンがしっかりとしていた。私としても、堂々と周囲に応援してよ、と言えました。

 田中 企業まわりをしていると、大谷さんが応援するならという経営者の方がたくさんいて、大谷さんの存在の大きさを改めて感じました。

 日本の学校って、世界的にみると、あまり寄付文化が普及していません。でも、ありがたいことに田中学園はそういう寄付などの支援も頂戴して運営していきます。ご協力に感謝します。

 その分、みなさんの信頼を裏切らないように運営していくことが恩返しだと考えています。責任の重さを実感しています。

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田中理事長の指針「真っ当にやる」

 ――田中理事長に聞きます。大谷社長の尊敬するところは。

 田中 食事に誘っていただくと、9割くらいは野球の話になります。でも、残りの1割で、ボソッと経営に関するヒントを言ってくれます。いつもそれを聞き逃さないようにしています。

 大谷さんの印象に残っている言葉は「真っ当にやる」です。自分の判断の指針にもなっています。

 今、決断しないといけないことがたくさんあります。「これは真っ当なことか」「筋の通ったことか」と、いまも常に自分に問いかけています。

 大谷 人間って、それが意外とできないんですよね。当たり前のことなんだけど。だからこそ、私は一番重要なことだと考えています。

 経営者としての大切な視点も同じだと思います。経営者は独創的に物事を進めていくんだけれど、結果的にまともにやり続けることが独創的なことなのかなと感じています。実は、それが一番できないことですから。

 ――大谷社長に伺います。経営者の後輩にエールを送るとしたら。

 大谷 経営は始まってからのほうが大変です。これからが本番です。ましてや、子どもたちを預かるということは並大抵なことではありません。とても難しい仕事に挑戦したんだなと思います。賢介君にもいつもそう言っています。

 時間がたたないと評価されない仕事でもあります。子どもたちが田中学園に入学して、卒業して、よかったと思ってもらうにはまだまだ時間がかかるでしょう。

 卒業生を出したからゴールというわけではないですから。将来を背負う人材をたくさん育ててくれることを期待しています。

 あと、ファン代表として、最後にひとつ。いつかは野球の指導者にもなってもらいたい。

 ――開校が迫ってきました。学校の将来ビジョンは?

 田中 いよいよという気持ちが強くなってきました。将来的なビジョンとしては、この学校を大きくして、とか、そういう野望は持っていません。ただ、志はどこにも負けない集団でありたいと常に思っています。

 チャレンジしまくります!

 野球の指導者の道も今後、挑戦したいという思いは持っています。でも、まずは学校経営の足場をしっかりと固めていきます。そして、世界に羽ばたく卒業生を送り出していきます。(構成・竹内)