【さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー】第16回・第2のススキノと呼ばれた琴似本通界わい【下】

 月刊財界さっぽろ2020年12月号より、新連載「さっぽろ〈マチナカ〉グラフィティー」が始まりました。

 筆者は札幌市の出版社「亜璃西社」社長でエッセイストの和田由美さんです。和田さんはこれまで「和田由美の札幌この味が好きッ!」といったグルメガイドブックや「さっぽろ狸小路グラフィティー」「ほっかいどう映画館グラフィティー」といった、新聞・雑誌等のエッセイをまとめた書籍を多数刊行されています。

 今回の連載では、札幌市内の「通り(ストリート)」や「区画」「商店街」「エリア」などの「マチナカ」(賑わいのある場所)を、毎月1カ所ピックアップ。その場所について、名前の由来や繁華街となっていく上での経緯、さらに現在に至るまでの変遷といった歴史と記憶を綴ります。

 今回は第15回「第2のススキノと呼ばれた琴似本通界わい(下)」です。

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 琴似エリアの飲食店に詳しい女ともだちが居たせいか、数年前まで琴似本通り界わいでよく飲んだもの。中でもお気に入りは、JR琴似駅近くの路地裏にある「駅前横町」(琴似1条1丁目)だった。

 2階建ての建物が並ぶL字型の飲食街で、小さな居酒屋やスナックなどが密集して、実に魅力的な裏小路である。そのど真ん中に建つマンション1階で営むのが、1965年創業の「やき鳥 いろ羽」。友人に連れられたのは5年ほど前で、熟練の技でこんがり焼かれた手羽先の旨さに感動させられた。

 当時、店主の長谷川寛さんは、横町で一番の古株。話を伺うと、以前はパチンコ店だった場所で、その跡地に大型喫茶「エデン」が誕生し、閉店後は大家さんがそれを3つに間仕切り。そのひとつを借りて開店したのがいろ羽で、後に取り壊しで近くへ移転し、マンションの完成を機に再び現在地へ戻った。マンション側と横町側の両方に入口を設けたが、奥まった場所にあるせいか、横町の通りから見えにくいのが難点だった。

 あの名人芸に魅了されて再び訪れようと思っていたが、長谷川さんは病に侵され、数年前に亡くなられたという。若い世代が店名を引き継いだと聞くが、あの焼鳥をもう味わえないのが残念だ。この横町でもう一軒、友人に教わったハリウッド映画の名作と同じ名前のスナックも、ママが高齢のため引退して閉店したという。

 ところで、以前は「駅前横町」の看板が西側入口にあったが、老朽化して危ないため、2008年に取り壊された。今はこの名称で呼ぶ人も少ないが、南側入り口に建つ2階建ての「駅前横町会館」にその名を残す。飲食店は世代交代が激しいとはいえ、未だ風情が残るこの横町を記憶に留めるためにも、立寄った人は眺めておいて欲しい。

 この横町と同じ条丁目に少し前まで、JR琴似駅前に面して大正期築と思われる木造モルタル2階建ての建物があった。遠目にも「美容室ハイヤマカシ」の看板が目立ち、余りに面白いネーミングなので、モノ好きな私は取材したことがある。細長い階段を上がった2階が店舗で、店主の後藤孝一さんが、まずは抹茶を出してくれたのでびっくり。この店では、カットだけの客は別として、お客さんを抹茶でお迎えし、帰りは占いもサービスしていた。

 室蘭出身の後藤さんは、札幌の美容専門学校を経て、東京の有名店で修業を重ねた美容のスペシャリスト。札幌にUターン後、2007年にこの建物で開店したが、老朽化のため3年前に同じ琴似エリア内(琴似2条3丁目)に移転している。

 取材時、「吹き抜けで骨組みが剝き出しの天井を補強し、壁は自分たちでペンキを塗り補修しました」と語っていただけに、愛着もひとしおだったはず。「床は歩くとふわふわして、窓枠は夏と冬で傾き方が違うんです」と話した言葉も思い出される。が、今も彼はお客さんに抹茶をサービスしながら、新店舗で美容の腕をふるう。

 通称・琴似本通を山の手方面へ歩き、地下鉄琴似駅を越えた通り沿い右手にあったのが、牛タン専門店「大野屋」(琴似2条5丁目)。入口前に立つ信楽焼のひょうきんな大狸の置物が目印だった。数年前の取材時、3代目の大野耕作さんは、「開店以来看板として同じ場所にありますが、いつの時代も通りすがりの小学生にオモチャにされています」と苦笑していたもの。

 この店は、洞爺湖畔で民芸品店を営む祖父の長男・大野直幸さんが、1982年に創業。民芸品店が77年の有珠山噴火で開店休業状態となったため、祖父の友人で仙台名物牛タンの老舗「太助」店主にノウハウを教わりオープンした。

 ところが、その伯父は1年で急逝し、その弟で、耕作さんの父親である憲幸さんが跡を継いだ。2代目は、自家製の高菜漬けや備長炭で焼く柔らかな牛タン、深みのあるテールスープ、そして行き届いた気配りで、大野屋を人気店に育て上げた。2代目が引退後、板前修業を経た息子の耕作さんが店を切り盛りしたが、先頃、閉店したという。

 ラストは地下鉄琴似駅まで少し戻り、北西角のイオン札幌琴似店1階入口から店内に入った突き当りにある、シックな喫茶「ラ・トゥール」。棚に並ぶ優美なカップ&ソーサー、天井から柔らかい光を放つガレ風のガラス製ライト、低く流れるモダンジャズなどなど。遠い日の喫茶店を思い出させる静謐な空気に、思わず懐かしさがこみ上げてくる。

柔らかい光がこぼれる店内が懐かしさを誘う、琴似エリアの名喫茶「ラ・トゥール」 ©財界さっぽろ

 それもそのはず、店主の高慶博さんは、80年代の札幌を代表する名店「アンセーニュ・ダングル」(北1西3古久根ビル)で修業を積んだ人。ブレンドは、東京の焙煎専門店「コクテール堂」のオールドビーンズを使い、ネルドリップで丁寧に淹れる。深煎りなのに雑味なくさわやかなコクと香りで、飲み終えた後の切れ味の良さは、極上の吟醸酒を思わせる。

 そのコーヒーと共に味わいたいのが、ハムとチーズを挟んだ名物ホットサンド「クロック・ムッシュ」。ホワイトソースにパルメザンチーズが溶け込む味わいは、病みつきになる旨さだ。また、コーヒーに合うよう、甘さを抑えたケーキ類も素晴らしい。まさしく、琴似エリアの名喫茶である。