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猪又 將哲 ◎ファイバーゲート社長
取材日:2018年6月

写真大 (いのまた・まさのり)1965年愛知県生まれ。北海道大学経済学部卒業後、損保会社を経て通信業界に転身。03年同社をインターネット関連事業として創業。マンションインターネット、Wi‐Fi事業などを手掛ける。

インターネット無料マンション、Wi-Fi事業を武器にマザーズ上場

 通信業のファイバーゲート(本社・札幌市)が2018年3月23日に東京証券取引所マザーズ市場に新規上場した。初値に対する高騰率は、2018年に上場した企業の中でも2番目の高さと市場の期待も大きい。猪又將哲社長に上場までの道のりと今後の展望について聞いた。=7月4日時点=

【インターネット無料マンションの先駆け】
 ――ファイバーゲート創業までの経緯は。
 猪又 北海道大学を卒業後、損保会社に入社。4年目に札幌に転勤になり、そのまま札幌で今とは別の会社を起業しました。当時、コンピュータの勉強をしており、これからはネットワークの時代が来る、 情報革命が起きるという確信がありました。まだ、インターネットという言葉もなく、ウインドウズ95の前の3・1の時代です。
 パソコン教室やパソコン通信、社内ネットワークの構築などをおこなっていましたが、事業規模に限界がある。そこで他社と合併しました。
 社員が100人ほどいて、取締役は5人。私は財務やシステムを担当していましたが、経営方針の違いから、社長以外の取締役4人と社員約60 人で新会社を立ち上げました。携帯電話の販売と通信キャリアの代理店業務が中心で、その後、ブロードバンド事業をスタートさせました。ただ、この会社も方向性に違いが出てきます。特に事業をしていなかった子会社を個人で買い取り、ブロードバンド事業を移管して、社名も資本も役員もすべて変えて、2003年に現在のファイバーゲートを創業しました。
 ――創業当初はブロードバンドで成長しました。
 猪又 当初は通信キャリアや大手ISPの代理店としてブロードバンド事業を展開し、そこから自社サービスに切り替え、賃貸住宅にブロードバンドを敷設していきました。
 ――NTTのようなキャリアとバッティングしますよね。
 猪又 光ファイバーを1本引くコストは同じですから、共有する人数が多いほど利益が出やすい。通信キャリアは分譲マンションを含めた大規模物件に光回線を引いていました。小規模物件は割に合わないからです。
 しかし、日本の賃貸物件の3分の2は、20戸未満の小規模物件です。入居者は高速インターネットを利用したい。「何とかしてくれ」という管理会社の声がたくさん届く。賃貸物件がどんどん建っていた時代ですから、このインターネットで付加価値を付けようと考えました。回線料を大家さんが払い、入居者は無料で利用できるものです。
 ――ネット無料マンションの走りですね。
 猪又 そうですね。ただ、管理会社に提案しても「大家さんが、入居者のインターネット代を払うなどあり得ない。電話代を払う大家さんがいますか」と言われる。付加価値を高めるためと説明しても「必要ない」と言われました。
 ところが、世の中に100 人いたら1人か2人は、同調してくれる人がいます。アイスクリームの一番上の薄い層です。札幌エリアでまずはこの層を開拓していきました。
 ただ、小さい物件の部屋ごとに回線を引くと、やはり利益が出ない。当時は工事費も高くて、機器も高い。そこでWi‐Fi方式にしました。それがWi‐Fiとの出会いです。この方式は誰もやっていなかったんですよ。
 ――Wi‐Fiだと利益が出るのですか。
 猪又 工事費が大幅に安いんです。共用部にアンテナを置いて電波を飛ばしていました。市場に出したのは05年の初めです。木造の小規模アパートで普及しました。 
 先ほどのアイスクリームで例えると、上の薄い層の下にあるやや溶けてきた部分です。ところが、ある程度行き渡るとアイスクリームは硬い層になり、売れなくなります。そこで、分母が大きい東京に持っていくことにしました。

【東京で大赤字もPB化で挽回】
 ――飛躍的に売れた。
 猪又 いいえ。東京で大失敗をしました。まだWi‐Fiの知識が稚拙でした。Wi‐Fiの電波は微弱です。木は通しますが、鉄筋は通しません。木造が多い北海道では問題なかったのですが、東京は木造が少ない。共用部からでは電波が届かないのです。
 RCの物件は大規模なので、LANを引いても利益が出ますが、そうした大規模物件のオーナーは、まだインターネットを無料にするなんて発想はありませんでした。
 Wi‐Fiの電波が届かず、インターネットが使えないのでクレームの嵐です。入れ替え用に採用した電話線を使ったVDSLはコストが高く、ACLCというテレビ回線を使ったインターネットは、CATVが見られなくなるなどトラブルだらけ。大赤字です。
 まずはWi‐Fiをやめて、LAN方式で接続することに特化しました。いかにLANを廉価に構築するかを研究して、LAN構築方法を確立。開発したサービスをOEM的に供給しました。プライベートブランド(PB)化です。
 電気通信サービスのPB化は当社が初めてだと思います。賃貸仲介会社や管理会社の自社ブランドとして普及し、1万戸以上に敷設しました。賃貸物件向けのインターネット接続業者としての提供戸数は上位になりました。
 ――大赤字からの逆転。
 猪又 局面だけで見れば赤字はありますが、どの事業もトータルで赤字を出したことはありません。数字も単月赤字はありますが、この15年で赤字の年は一度もありません。
 ――有線のマンションブロードバンドから、Wi‐Fiに移行したイメージがありましたが、早い段階でWi‐Fiを活用していたのですね。
 猪又 11年くらい前にiP honeが登場し、Wi‐Fi機能を標準装備しました。アップル社がWi‐Fiを必要だと考えるのなら、いずれ誰もがWi‐Fi環境がないと困るようになるだろうと考えました。まだフリースポットという言葉もなかったのですが、フリーWi‐Fiのニーズが高まると思いました。
 ――段階を踏んで確実に成長していますね。
 猪又 当社には成長ステージがあり、今は第4ステージ。第1ステージはマンション無料インターネット。第2ステージはフリーWi‐Fiと関連製品の内製化。第3ステージは通信機器開発からWi‐Fi環境の構築、運用、お客様サポート、コンテンツサービスまで内製化された垂直統合型の体制ができた時。そして現在は上場を機にステップアップしていく第4ステージです。
 振り返ると人の力が大きい。国内最大規模の筑波大学の学生寮を受注できたのは、スカウトした現在の上級執行役員のおかげです。機器の内製化が実現できたのは、九州大学発のベンチャー企業の社長をスカウトしたから。現在は当社のシステム本部長です。

【株価堅調。新サービスもリリース】
 ――3月23日に上場を果たしました。上場は、いつから考えていましたか。
 猪又 創業時からです。スタートアップ時にベンチャーキャピタルから出資を受けています。上場準備は3年半前から始めました。
 リーマンショックの時に一度あきらめたのですが、その後に現在の専務が入社し、もう一度上場を狙いませんかと言われました。非常に悩みましたが、パートナーができたことで、もう一度上場を目指すことにしました。
 ――上場の狙いは。
 猪又 企業価値の最大化と信用力向上です。営業的な引き合いも増えましたし、取引先や金融機関に対する信用力も向上したと思います。
 ――注目すべきサービスは。
 猪又 新たに開発した「ワンタッチWi‐Fi」です。基本的にインターネットに接続できていれば、機器設定の必要なく、ケーブルをつなぐだけで無料のWi‐Fi環境が整います。5年間で10万台の出荷を目指します。
 ――株価も高いですね。
 猪又 公募価格が1050 円で、初値が2388円。最も高いときで4355円。6月の日経新聞によれば初値に対する高騰率は、今年上場した会社の中で第2位とのことです。現在は、3500円前後で推移しています。ご評価いただいて非常にありがたく思っております。
 気がかりなのは、北海道内の株主が少ないということ。私は、北海道愛がすごく強い。道民の皆様に応援してもらえると、さらに頑張ることができます。
 (ききて・八木沢)

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