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2020年

「マルチ・ツーリズム ゲートウェイを実現する」

蒲生猛 北海道エアポート社長

逆風のテイクオフである。1月15日、道内7空港の一括民営化がスタートした。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大で観光客が急減。いきなりの試練を迎えた格好だが、運営会社のトップは決して下を向いていない。

民営化対象になっていない6空港も仲間

北海道観光にとって飛躍のチャンス――道内7空港(新千歳、稚内、釧路、函館、旭川、帯広、女満別)の一括民営化はそう目されている。運営を担うのが、北海道空港(HKK)や三菱地所らが出資して新設した北海道エアポートである。

社長の蒲生猛氏は宮城県出身の63歳。北海道大学法学部卒。国土交通省を経て4年前にHKKに入社。同社で空港民営化に向けた業務を担当していた。
   ◇    ◇

――ご出身は。

蒲生 仙台です。父は国鉄職員でした。私が幼い頃、父は踏切を担当していて、父のいる詰め所によく遊びに行っていましたね。

――遮断機がまだ自動ではなかった時代ですか。

蒲生 ええ、人力の時代です。何十両も連なった長い貨物列車が通り過ぎるのをずっと眺めていたのを覚えています。

父の背中を見て育ったからでしょうか、大学卒業後、国鉄を目指しました。結局はダメでしたが、弟は国鉄に入りました。

――弟さんも列車が好きだったのですか。

蒲生 そうでもなかったと思います。私の方が国鉄に入りたかった(笑)

――国交省では航空畑を歩まれたと聞いています。

蒲生 事務屋として入ったので、普通はさまざま部局に異動するものなのですが、私の場合、役人人生の3分の2が航空畑でした。

――よっぽど水が合ったのですね。

蒲生 というより、気づいたら、地域対策の専門みたいになっていました。最初が伊丹空港、次が成田、福岡にも勤務しました。

――地域対策とは。

蒲生 騒音対策など、空港によって生じる課題を地域や地元自治体と話し合っていく役割です。

成田の時は、2本目の滑走路をつくることになった時でした。反対派の人に会って意見に耳を傾け、膝詰めで話し合う。相手の懐に飛び込むため、未明までお酒を一緒に飲むこともありました。

――立場が違い、反対の意見の人を相手にする仕事です。きつかったのでは。

蒲生 はっきり言ってしんどかった。成田勤務時代の先輩に教えられたことですが、共生という言葉はきれいごとではない。しんどいことなんだ、と。

――地べたをはうような仕事の印象を受けました。

蒲生 航空畑ですが、地べたをはい、お空の飛行機を見上げていた(笑)

――国交省を退任(2015年10月)した翌年、HKKに再就職し、民営化担当役員として選定に向けて準備をされてきました。昨年7月、優先交渉権者に決まった時、どんな思いでしたか。

蒲生 振り返ってみると相当、ハードな戦いでした。1次審査の点数は4グループ中3番目でしたから。

今だから話しますが、HKKは新千歳のターミナルビルの運営会社なので、他の(一括民営化対象の)6空港の地域では、こんなことも言われました。どうせ新千歳空港のことばかり考えるんでしょ、と。

しかし、決してそうではない。みなさんの空港と一緒に、一体となって北海道活性化に取り組むんです、と何度も説明をし、各地に何度も足を運びました。その結果、各地域のみなさんが胸襟を開いてくださった。

民営化が始まりましたが、これからも各地域の人と話し合いを重ねていきたい。

――1月の民営化記念式典では同時に、7空港の所在自治体とパートナーシップ協定を結びました。

蒲生 私は、民営化対象になっていない道内6空港も、仲間だと思っています。一緒に北海道を元気にしていきたい。

目的に向けてスクラムを組んで前へ

――第1段階として1月から7空港一体のビル運営が始まっています。意気込みを。

蒲生 社内の年頭の訓示で「HOKKAIDO THE FIRST CHOICE」と話しました。アジアの中で、そしていずれは世界の中で、まっさきに北海道を選んでもらえる魅力的なエリアにしようという意味です。

――北海道エアポートは現在、何人ぐらいが働いていますか。

蒲生 職員数は130人ちょっと。17社の株主企業すべてから人材を送り込んでもらっています。

――日本を代表するような超大手もあれば、地元大手もおり、さまざまな業界で株主が構成されています。船頭多くして、という声もありますが……。

蒲生 内地の空港民営化の先例では、ここまで株主は多くはありませんが、7つもの空港を一括民営化するのは、前例のない大事業です。成功させるには、多くの知恵と人材、資金が必要なのです。

――寄り合い所帯の難しさはありますか。出身母体と出向先の方向性が異なった場合、職員は……

蒲生 本州企業から出向している職員であっても志や意識に変わりはありません。空港を通じて北海道を活性化しよう。アジアに冠たるエリアにしよう、と思っています。

何かあっても、その根本に立ち返って働く。初心、原点さえしっかり真ん中にあれば、どう動けばいいか、おのずとわかります。

――ラグビー日本代表と同じですね。

蒲生 〝出自〟が違っても同じ目的に向かい、攻める時も守るときもスクラムを組んで前へ、前へとね。

――異なるタイプの人が集まるからこそ、力が生まれることもあります。

蒲生 そうですよ。個人的な意見ですが、出向で来ている職員も、数年で〝親元〟に戻るのではなく、このままプロパーになってほしい、と思っています。ルール上、必ず戻らないといけない、とはなっていませんから。

――さまざまな事業計画が報じられていますが、大方針として「マルチ・ツーリズムゲートウェイ」を掲げています。どういう意味ですか。

蒲生 今は多くの道外観光客が新千歳から入ってきて、新千歳から帰っていきます。とりわけ外国のお客さんは。

これを、行きは新千歳でも帰りの便は別の空港からというように、観光客の動きの幅を変えていこうという考え方です。もちろん、道内空港間の移動もスムーズにしていく。簡単に言えば、観光客が広域に動きやすいような環境を整えることです。

そのためには、航空会社が新千歳以外でも旅客機を飛ばすよう、インセンティブを講じていく必要もあるでしょう。

――なるほど。

蒲生 ただし、空港だけで実現できることではありません。ここには、こんなおいしい食べ物があり、あそこに行けば、素晴らしい自然や貴重な動物を見ることができる、とか、各地域に魅力がないと観光客は足を運んでくれません。

――観光資源ですね。

蒲生 各地域が主体となって魅力を見い出し、磨き、外に発信をしていく。私たちも一緒に、手伝いをしていきます。

――旅客だけでなく、航空貨物については。

蒲生 道内には、すばらしい農産物、水産物がたくさんあります。それらを原料にお菓子を作るとか、付加価値をつけて航空輸送運賃に見合うようにしていけば、いいと思います。

新千歳で言えば、道内随一の貿易港である苫小牧と近く、海と陸の連携もとれます。

投資計画をしっかり実行していく

――最後に新型コロナウイルスの影響について。 

蒲生 新千歳は3月29日からの夏ダイヤから、発着枠が1時間当たり42回から50回に増えます。

新型コロナの感染拡大前は、それなりに便が増えると考えていました。ところが、新規就航の話はすべて消えてしまいました。

率直に言って初年度から大変な年になった。

しかし、こうした急激な経営環境の変化は、国際線については何年かに1度のペースで起きるもの。うつむいていたら、いけない。今、できることをしっかりやっていくことに尽きます。

――記念式典で「向かい風のほうが、飛行機は揚力を得やすい」とおっしゃっていたのが印象的でした。

蒲生 新型コロナが終息した後、再び多くの人たちが北海道に行こう、と思ってくれるようにしていきたい。いずれ、頃合いを見計らった上で、仕込みをしていくべきだと思います。

道内経済は、何か事が起きると他県よりも速く悪化し、回復は最後になる、としばしば言われます。

今回は逆にしましょうよ。北海道が最初に元気になり、日本を牽引していく。そのぐらいの意気込みを持ちたい。

――現時点(取材日・2月25日)で新年度予算や事業計画の変更は。

蒲生 今のところは考えていませんが、新型コロナが長引くと、修正を余儀なくされる可能性はあります。

観光にとってマイナスの現象が発生した時、底を打ち始めてから観光商品が作られる傾向があると、うかがっています。そのため、観光客数が実際に回復するまで半年程度はかかるという見方もあるそうです。

――30年の民営化受託期間の中で、最初の5年間に基盤整備の投資がおこなわれるスケジュールです。変更される可能性は。

蒲生 最初の5年は、主に新千歳以外の空港に1000億円規模の集中投資をおこなう計画で、民営化後10年でおおよその整備を終える段取りです。

この集中投資はまさに基盤の整備ですから、時期を後ろに引き延ばすと、本来のパワーを発揮できなくなる恐れがあります。今はしんどくても、しっかりやっていかなければならない。

=ききて/野口晋一=

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蒲生猛 北海道エアポート社長
逆風のテイクオフである。1月15日、道内7空港の一括民営化がスタートした。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大で観光客が急減。いきなりの試練を迎えた格好だが、運営会社のトップは決して下を向いていない。