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Interview

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今こそ現役世代を支える仕組みが必要だ掲載号:2012年5月

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宮本太郎 北海道大学大学院法学研究科教授

 社会保障の全体像を示すことなく、消費税増税ばかりが先行する「社会保障と税の一体改革」。政府の「社会保障改革に関する有識者検討会」の座長を務めた宮本太郎北海道大学教授に、今すべき一体改革とは何かをズバリ聞いた。

震災を機に一体改革の流れにブレ

――社会保障と税の一体改革が政局の軸になりつつあります。
宮本 本来は社会の持続可能性を確保するための社会保障改革と、財政の持続可能性のための税制改革を相乗的に進めるというのが一体改革のはずです。しかし、いま前面に出ているのは財務省主導の増税戦略と、それに異をとなえる勢力との対決の構図です。
――肝心の社会保障改革の方向性が見えなくなりました。そもそも社会保障に対する将来のビジョンが、いまの政府にあるのかどうかも疑わしく思えます。
宮本 日本は今、現役世代の経済的弱体化による社会の持続困難と、巨大な公的債務による財政の持続困難が、相互に足を引っ張り合っている状況です。そうした状況を打開することが急務で、そこに一体改革の意義もあります。
これまでの過程を振り返ってみると、2008年の福田康夫内閣の「社会保障国民会議」で社会保障改革の道筋を示し、翌09年の麻生太郎内閣では「安心社会実現会議」で社会保障と雇用の連携や税制改革との一体性が打ち出されました。この流れは政権交代によっていったんは断たれたかのように見えましたが、民主党の政権公約が困難に直面するなか、菅直人内閣のもとで再び政権の課題に据えられました。
――このとき宮本さんが有識者会議の座長をやられたんですね。
宮本 そうです。10年11月に「社会保障改革に関する有識者検討会」の座長を依頼され、躊躇もありましたが、お引き受けした。2カ月にわたり、かなり集中的な議論を重ねました。
――メンバーの顔ぶれは。
宮本 慶應義塾大学経済学部の駒村康平教授と土居丈朗教授、それに一橋大学国際・公共政策大学院の井伊雅子教授、東京大学社会科学研究所の大沢真理教授の4人です。
土居さんは、私のように北欧の福祉国家を参考にというより、むしろ逆の軸で、市場の役割を重視するという立場です。それぞれ意見の違うメンバーでしたが2カ月間、腹を割って議論をし、12月に、自民党政権時代の議論との継承関係も踏まえた報告書「安心と活力への社会保障ビジョン」をまとめました。
――これをたたき台に、政府・与党内で議論して11年6月に「社会保障・税一体改革成案」ができたと。
宮本 はい。しかし、思い返すと、この議論のさなかに東日本大震災が起こり、それを機に一体改革の流れにブレが目立つようになった感じがします。震災後は財政逼迫が叫ばれ、社会保障の効率化と給付削減ばかりが強調されるようになりました。
確かに現状では、財政の持続可能性はかなり厳しい状況にあります。だからある時期までは歳出を削減しようとやってきた。でも、それだけでは埒があかないので、今度は税金を上げようと。しかし、財政の持続可能性だけでは、それそのものが担保できない。なぜならば、根本である〝社会の持続可能性〟が極めて深刻な状況にあるからです。
――どういうことでしょうか。
宮本 1960年代は現役世代と高齢世代の比率が9対1で野球の胴上げ型でした。それが2005年に入るとほぼ3対1の騎馬戦型になる。これが2030年から50年にかけては、ほぼ1対1の肩車型。現役世代、つまり15歳から64歳までの人口の頭数と65歳以上の人口の頭数だけをカウントすると1対1ですが、実態としては、現役世代が高齢世代を肩車できないような状況になっています。社会の持続可能性が担保できないというのは、そういうことです。
――支えることができないというのは、税金や社会保険料を払える現役世代がどんどん減っていると。
宮本 そうです。政府は2015年にプライマリーバランスの赤字を半分に、2020年に黒字化すると言っているんですが、この社会持続性の困難を放置して財政の帳尻だけを強引に合わせても、早晩行き詰まるのは明らかです。

現役世代と高齢世代の相互乗り入れ

――宮本さんの言われる一体改革というのは、現役世代を支える視点を入れた改革が必要だと。
宮本 はい。決してアメリカ流でもスウェーデン流でもない。日本の戦後の繁栄を支えてきたやり方を継承し、バージョンアップすることだと思います。
戦後の日本を支えてきた仕組みは、何から何までダメだったのか。日本の社会保障が抜本的に強化されるのは〝福祉元年〟といわれた1973年です。そのとき何をやったか。当時は日本的経営システムがかなり定着してきていた。つまり現役世代が長期的雇用慣行で安定していた。だから妻や子どもを養えた。
ただ、そこは問題もはらんでいて、みんなが働けるわけではなく、男性の稼ぎ主だけが働けるという雇用形態でした。社会保障や福祉をどうするかといったことは、何はともあれ老後が心配、定年までは何とかなる、だからその後のことを何とかしてほしいというニーズだった。このころ社会保障支出が初めてGDP比で10%を超えるんですが、何をやったかというと老人医療費の無償化とか厚生年金の2・5倍支払い、物価スライド制の導入等々、全部人生後半の社会保障の強化でした。すなわち、人生の前半は雇用で、後半は社会保障でという役割分担ができていたのです。
――男性稼ぎ主の雇用が安定している間は、このシステムは非常に効率的だったんでしょうね。
宮本 公共事業とか大規模小売店舗法とか、戦後の日本には中小企業や零細業者を守るいろいろな仕組みがありました。男性稼ぎ主がいる限り、現役世代は社会保障や福祉に頼らなくても働いて生活を続けることができました。問題点も多かったが、働ける条件を何とかつくっていくというやり方は間違っていなかったと思います。むしろいま欧米諸国が社会保障を働く者の福祉へと調整し始めていることを考えれば、日本はある意味、先を行っていたところがあるわけです。
では、なぜ日本の仕組みがダメになってしまったのか。それは、国が業界や会社そのものを守ることで、みんなが働ける条件を実現していたということなんです。しかし、この手法はグローバル化する経済の中では、もたない方法です。競争力を持つ企業はどんどん変わっていくし、サービス経済化が進む中で女性の進出も目覚ましい。
そこで子育て、介護など、これまで女性が家の中でやってきたこと、あるいは家事、外食、中食、その他もろもろ合わせて新しいビジネスチャンスが広がっていくという形をつくらなければいけない。
そういったことを考えると、みんなが働ける条件をつくってきたのは悪くはなかったけれど、その形は時代に合っていなかった。これからは、現役世代は雇用、高齢世代は社会保障という分担そのものを考え直して、相互乗り入れをしていかなければなりません。
――相互乗り入れとは。
宮本 1つは現役世代も社会保障の力を借りて働き続けることができるようにすることです。意欲はあっても働く場がないから生活保護をどんどん増やしましょうということでは財政は持ちません。ここは働ける条件をつくっていくことです。子育て支援はもちろん、これまで会社の中でやってきた社員の教育・訓練などを会社の外で、正社員でなくても力を伸ばせるような形をつくる。会社とそこにぶら下がった家族が、閉じた世界でやってきたことを社会で分担していく。他方で高齢者の雇用条件も拡げていく。これが相互乗り入れです。
これまでの社会保障は、高齢世代はもうリタイアして働かないことを前提に年金を中心とした現金給付でした。しかし、いまの高齢者は本当に幸せでしょうか。日本の高齢者の幸福度は決して高くありません。各国の幸福度の調査を見ると、だいたいはV字型です。若いころは幸福で、だんだん忙しくなってくると幸福と感じなくなる。そして、年金生活が近づいてくるとまた幸福になるという形です。一方、日本は年齢が増えるごとに、ひたすら下がっていきます。
幸福度は必ずしも所得で決まるのではありません。人とのつながり、社会とのつながりという要素が、実は大きい。日本は定年退職という瞬間が世の中との縁が切れてしまう大きな転換点になっています。
これを考えると、高齢世代が蓄積してきた能力をもっと発揮してもらう必要があるし、当事者たちも社会とのかかわりによって幸福を感じる一番大事な基盤を確保できることになります。

土建国家から保健国家への転換

――そこで初めて年金の支給開始年齢引き上げが可能になるんでしょうね。
宮本 肩車といったって、現役世代が非力になってきているのだから、ここに支援型の社会保障を入れる。その一方で、意欲のある高齢世代は年金を受給しながらでも働けるようにする。そういう意味での相互乗り入れをやっていかなければならないというのが当面の処方箋だと思います。
――現役世代を支えるということは働く場があって初めて効果を発揮すると思いますが、その労働市場はどこにありますか。
宮本 北海道はとくに顕著でしたが、産業のない地方は公共事業頼みでした。まさに〝土建国家〟だったのです。ところがこの10年を振り返ってみると建設業で働く人は100万人減っています。ほとんどが男性です。一方、保健、介護、医 療、保育という分野は150万人増えて75%は女性です。いま〝土建国家〟ならぬ〝保健国家〟が地方をベースに生まれてきています。ただ、介護は処遇があ まりよくないので離職率が高い。ここは安定させていく必要があると思います。
先ほど肩車をどう成り立たせるかということで、現役世代の力を高めるのと、分子である高齢世代が分母に移ってもらうという処方箋の話をしましたが、実はもう1つ処方箋があります。雇用を支えることそのものを事業化していくことです。そこで気をつけなければならないのは、ビジネスといったときに何から何まで民営化してしまえばいいのかというとそうではなくて、広く考えなければいけません。お金を取らなかったり、廉価で提供される公共サービスも大事です。
地域で人が雇われ、地域で所得が生まれ、地域で消費需要につながっていく。こうしたやり方のほうが公共事業より雇用創出率が高く、経済への貢献度がいいと、多くのマクロ経済学者の研究で明らかになっています。
今の経済状況下でいえば、社会保障改革は景気対策にもなるということです。
いずれにせよ、経済の足を引っ張り、雇用を失わせる社会保障改革をやるのか、経済を底上げし、雇用を強化する社会保障改革をやるのか、そこが真剣に問われているのです。

=ききて/鈴木正紀=