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札幌証券取引所 長野 実 理事長

(ながの・みのる)函館市出身。早稲田大学商学部卒業後、1982年に旧北海道拓殖銀行入行。拓銀破綻後の98年に北洋銀行に移動。営業部門の要職を歴任し2019年に副頭取。24年6月に副頭取退任後に同行系シンクタンクの北海道二十一世紀総合研究所会長(現任)に就任。22~24年は札幌観光協会会長を務めた。「GX金融・資産運用特区」認定に向けた調整に携わった。

北海道のポテンシャルを引き出す未来志向の成長戦略を

ラピダス進出やGX金融・資産運用特区の指定など北海道に追い風が吹く中、札幌証券取引所の新理事長に北洋銀行副頭取、札幌観光協会会長などを務めた長野実氏が就任した。就任早々に国内初の「ESGプロボンドマーケット」の創設を発表。札証の将来像と意気込みを聞いた。

ESG特化市場で変革期に大きな役割を

――5月に7代目の札証理事長に就任しました。

長野 「北海道経済のために力を貸してほしい」と石井前理事長(現顧問)から声をかけていただきました。長く慕っている先輩からの依頼でしたので選択の余地はありませんでした(笑)。微力ながら引き受けた次第です。

――就任早々、6月20日に世界的にも稀有なESG債に特化したプロ投資家向け「ESGプロボンドマーケット」の開設を発表しました。

長野 北海道には本州に比べて、製造業が弱いという課題がずっとあります。農業やサービス業といった労働集約型の比率が高いため、付加価値生産力が弱い、生産性が低いからです。

 そうしたなか昨年、北海道が「GX金融・資産運用特区」に指定されました。世界的なトレンドにあるESGや再生可能エネルギーに携わった新たな産業構造を構築するGX関連産業が、北海道に集積することになります。これは北海道の産業構造を変える大きなチャンスです。変革の時に新市場が、大きな役割を果たしていかなくてはならないと考えています。

――札証の新市場開設はアンビシャス以来25年ぶりですが、構想は以前からあったのでしょうか。

長野 2023年6月に「チーム札幌・北海道」というコンソーシアム(共同事業体)に札幌証券取引所も含む道内21機関が集結して発足し、官民連携の中でさまざまな取り組みが行われてきました。サステナブル・ファイナンスの先進地であるルクセンブルクグリーン取引所(LGX)への視察など、2年ほどかけて準備・検討を進めてきたところです。その中でESGプロボンドマーケットは、札幌が世界の金融センターを目指す上での最初の一歩として、非常にシンボリックなものとして構想していたものです。

――ESGプロボンドマーケットの概要を。

長野 上場する有価証券は事業債や地方債、特定社債などですが、現在パブリックコメント(広く公に意見・情報などを求める手続き)を募集中です。上場にあたり、第三者の格付け機関が適切に評価したものを取り扱うことにより、グリーンウォッシュ(偽りの情報でエコ投資を募ったり、商品を売ること)対策機能も持ち合わせるつもりです。時期としては、金融庁からの正式な認可次第ですが、今秋の開設を目指しています。

――世界のESGマーケットは、米国のトランプ大統領の発言などもあり、後退傾向にあるようです。

長野 確かにネガティブ発言によりマーケットの状況は後退した印象もあります。しかし、地球温暖化による弊害が世界中で発生しているのは周知の通りです。短期的に前進したり後退することはありますが、サステナブルという大きな潮流は変わらないだろうと感じています。

サステナブル社会の中で高まる存在意義

――札幌証券取引所の現状をどう捉えていますか。

長野 現在63社が上場し、昨年度の売買金額は571億円程度。23年度は1040億円でしたので、喜べるような数字ではありませんでした。

ただ〝貯蓄から投資へ〟という国の政策は、我々にとって追い風であることは間違いありません。これに、ラピダス進出による半導体産業の集積、さらにGX金融・資産運用特区の指定を加えた3つのトピックが北海道経済にとって大きなチャンスだということは共通の認識です。

――札幌証券取引所の存在意義と役割は。

長野 1949年に創設しした札証には、全国の地方取引所が閉鎖するなかで幾度も不要論が出ました。しかし道内財界の先達が、その必要性を信じて存続に尽力していただいた。ちょうど今がその必要な時だと感じています。

近年、東京も含めニューヨーク、ロンドンなど世界の証券取引所が上場社数を抑制するため、上場のハードルを上げようとしています。これは取引所自体の時価総額の成長率を高めるためです。上場している投資信託などの金融商品の組成で短期的パフォーマンスの高い企業が有利になるからです。

しかし、こうした傾向が強まると、緩やかながら堅実に成長する企業は、上場の恩恵が受けられなくなる。サステナブル社会を実現しようという時代に、短期的に成長する企業だけが恩恵を受けていいのかという問題がある。取引所の差別化という観点からも、時間はかかるが成長を見込める企業が、 上場できる取引所も必要です。 北海道という地域性や風土には、そうした性質の企業の方が合っているのではないでしょうか。 目指す社会やESGを見据えることで札幌証券取引所の役割や差別化が明確になり、存在意義が再認識されると考えています。

――札幌証券取引が企業を育成し成長を促す。

長野 例えば、日本ハムファイターズの選手の中には、現役ドラフトやトレードで他球団から来て大活躍している選手もいます。同じように、場所を変えて成長を遂げる企業もあります。北海道で上場したRIZAP(ライザップ)グループ(本社・東京都新宿区)がいい例です。前身の健康コーポレーション時代の2006年に、札証アンビシャス市場に上場して頑張っている企業です。当初はやや評価が低くても描いていたシナリオ通りに成長しています。全国の取引所の中から、彼らにとって上場しやすい取引所を選び、それが札証だった。

現在はアンビシャスに上場するには北海道に関連する会社という条件がありますが、今年も4月にエレベーターの保守管理会社であるエレベーターコミュニケーションズ(本社・東京都品川区)がアンビシャス市場に上場しました。自分たちの成長のシナリオをきちっと描いて、ステップアップしてほしいと思っています。札証への上場がゴールではなく、その後にどうやって成長していくかを一緒に描いていく。そういう伴走者的な役割も果たしていきたいですね。

――もっと多くの企業にチャレンジしてほしいと。

長野 株式市場に上場するという事は、自分の会社の中身をオープンにして、投資家に理解を求め、厳しい意見をもらいながら成長していくことだと思うんですね。 札幌証券取引所に上場する企業の経営者は、北海道で事業を展開するために北海道の投資家のみなさんに投資してもらい、それが北海道の発展につながるという思いがある。こうした志を持つ企業に1社でも多く上場してもらい、一緒に成長シナリオを描き、高めていきたいと思っています。この思いに共感していただける経営者に、ぜひとも集まってもらいたい。我々は札幌証券取引所を通して投資家のみなさんにそうした企業を紹介し、良い関係を築けるお手伝いをさせていただく。それが北海道の発展につながっていくと考えています。

――最後に新理事長としての意気込みを。

長野 近年、企業は市場や株主からの厳しい意見を取り入れた経営が求められています。こうしたガバナンス機能が、新しい産業の枠組みが求められる今のような変革期には絶対に必要です。

札幌証券取引所の歴史を紐解くと、バブル経済崩壊後には閉鎖の危機もあり、荒波の中で市場を繋いできた先輩たちが残して置いてくれた取引所を「任せたぞ」と言われているような気がします。北海道のポテンシャルを最大限に生かせるような未来志向の戦略を描いて、しっかり舵取りをしていければと思っています。