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2021年

「“村民の思い”を抜きに私は決断できない」神恵内村長・高橋昌幸氏の背中を押したもの

高橋昌幸 神恵内村長

 神恵内村の隣町の泊村には、泊原子力発電所が立地する。同村が長い間、国の原子力政策にかかわってきたことも、今回の文献調査受託表明を決断した大きな理由となった。高橋昌幸村長の背中を押したのは、「頑張れ」という村民の声だった。

©財界さっぽろ

他地域より核への理解は進んでいる

 ――高レベル放射性廃棄物の最終処分場選定をめぐり、神恵内村は国からの実施申し入れを受託しました。これまでの経緯を振り返っていただきたい。

 高橋 原子力政策については、「国はトイレ(最終処分場)なきマンション(原子力発電所)をつくり続けて、何をやっているんだ」という批判が、ずっとつきまとってきました。ようやく国がいま、「トイレをつくりたいんだ」と動きだしたのです。

 そうした中、ご存じのように神恵内村商工会から村議会に文献調査受け入れの請願がありました。

 私自身、以前から最終処分場の問題については、日本のどこかでやらなければいけないと、思っていました。つまり、核燃料サイクルを完結させる必要があるという考えです。

 原発による電力の恩恵を受けているにもかかわらず、最終処分場の問題から逃げ、議論しないのは、無責任ではないでしょうか。原発がある以上、必ず日本のどこかに最終処分場をつくらなければならないのです。

 村議会の判断がどこにあるのかわかりませんでしたが、さまざまなケースを想定しながら、情報収集に努めました。村議会での議論を終えて、請願を採択したのが、すべての出発点です。それを受けて、国からすぐ、文献調査受け入れの申し入れがありました。

 ――高橋村長は受託表明の記者会見で「一人の国民として、そして地方自治体の首長として受け入れることを決めた」と話しました。その言葉が強く印象に残っています。

 高橋 私は日本国民であり、自治体の首長として国の政策とはきちんと向き合わなければなりません。

 しかも、隣町の泊村には、泊原子力発電所が立地しています。国が推し進めてきた原発、核の問題にも正面から向き合う必要がある、と考えています。そうした思いが、記者会見での言葉につながったのではないでしょうか。

 ――高橋村長と同じ思いを持っている村民は多いかもしれません。

 高橋 これまで約半世紀にわたり、神恵内村は原子力政策と密接にかかわってきました。村民の中には、泊原発の関連会社で勤務されている方もいらっしゃいます。

 そういう意味で、他地域とは異なり、原子力政策に対する理解は進んでいる印象を持っています。

 私も議会に請願があがってから村民の方々と話をしました。「賛成するから自信を持って進めてほしい」という声が、文献調査の受け入れについて、私の背中を押してくれました。“村民の思い”が反映されない、相反する政策は推進できません。

 私一人で決断できないことでした。

 マジョリティーはいったいどこにあるのか。村長に就任して5期目になりますが、初当選時からそれをずっと考えながら、政策を推進してきました。ある意味、文献調査の問題もその延長とも言えます。

 受託表明後、私は村内の4カ所で報告会を開きました。私の思いを直接、村民のみなさんに伝えるためです。

 もちろん慎重、反対意見もありましたが、賛成意見の方が多かったです。村民820人全員が同じ方向を向くのは難しいですが、私の決断に一定のご理解を示していただけていると思っています。

 ――一部の反対派の方々は「国から20億円の交付金がほしくて、手を挙げたんだ」と批判しています。

 高橋 少子高齢化と過疎化で、地方の自治体はどこも苦しんでいます。はたして20億円で、こうした難局を乗り切れるでしょうか。

 20億円で町や村を売るのかという人もいますが、私は国に100億、1000億円積まれたって、神恵内を売ることはできません。そんな目先のお金の問題ではないんです。このことは、ぜひ道民のみなさんにご理解をいただきたい。

 だいたい20億円で何ができるのでしょうか。神恵内の何を守ることができるのですか。それが可能ならば、借金をしてでも対応しますよ。

 お金のために引き受けたという論調には、私は納得できません。短絡的なものの見方ではないかと思っています。

 将来において、神恵内村が少しでも振興、発展できる可能性があるのならば、文献調査を受託したい。これが決断の大きな理由です。

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住民投票実施の場合は村議会と議論

 ――鈴木直道知事が受託表明前に神恵内村役場を訪れました。どのような話し合いがもたれましたか。

 高橋 当初、会談は30分くらいの予定でしたが、1時間以上に及びました。

 鈴木知事からは「道の核抜き条例は順守してください」というものでした。私は「議会や村民のみなさんの意志もありますので、私の立場もご理解いただきたい」と伝えました。

 知事の立場も理解できる部分もありますので、道庁とは今後ともしっかりと話し合っていきたいです。

 ――神恵内村役場には、抗議の電話、FAX、メールなどが多く届いているそうですね。

 高橋 道内を中心にたくさん寄せられています。中には、電話口で職員が罵詈雑言を浴びせられることもありました。

 私は受託表明前から、村職員にこう伝えていました。

「私の決断により迷惑をかけ、本業に支障を来すかもしれない。でも、将来の神恵内村のためになるという気概を持って、対応してほしい」と。

 村職員は私の思いをくんでくれて、そうした批判の声を真正面から受けてもらっています。

 あまりメディアで報じられませんが、少数ですが、励ましの電話やメールも届いています。たとえば、「神恵内を応援したいので、ふるさと納税をさせてください」といったものです。大変ありがたく勇気づけられます。

 ――高橋村長は文献調査の受託書で、(1)知事や市町村長の意見に反して、次の段階の概要調査に進まないこと(2)賛否に偏らない対話活動を徹底すること(3)風評被害対策を実施すること―の3つを国に求めました。

 高橋 (1)については、文献調査に対する決断であり、そこに的をしぼらさせてもらったということです。すぐに最終処分場までを考える方が多いのですが、決定までは1回、2回と立ち止まることになるんです。

 そもそも、地質がよくなければ無理です。また、知事が概要調査の段階で反対すれば、この議論はストップです。

 将来のことはわかりませんが、文献調査をきちんと終えたいと考えてます。神恵内の地層の状況もつぶさにわかりますし、村として利用できる中身にしていきたいと思います。

 (2)については国と原子力発電環境整備機構(NUMO)は、この2年間は村民や周辺の町村長を含めて、広く理解活動を進めたい、としています。ぜひ、力をどんどん傾けていただきたい。

 風評被害対策ですが、国には徹底して取り組んでいただくことはもちろんですが、村独自でも調査を進めています。

 村の商工会と漁協には、風評被害の調査をお願いしています。まだ回答はありませんが、もし被害が確認されれば、国にしっかりと対策を求めます。

 また、受託書には明記していませんが、神恵内や寿都町以外に、全国で何カ所か文献調査に手を挙げる自治体があると聞いています。

 受託表明しやすい環境を整える努力をしっかりしてほしい、と資源エネルギー庁に申し入れています。多くの自治体に手をあげていただきたい。

 ――概要調査に移行する際、住民投票を実施する可能性はありますか。

 高橋 地方自治体は間接民主主義ですよね。選挙を通じて住民の付託を受ける形で、首長と議員がいます。そのため、仮に住民投票を実施する場合、村議会のみなさんと十分に協議をしなければならないと考えています。

 住民投票はストレートに民意を表明してもらう有効な手段でもあります。是非を判断する1つの手法であり、検討に値すると考えています。

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村内の子ども向けの説明会を開催

 ――11月中旬には、村内の子どもたちに向けた説明会を予定しています。

 高橋 私は村長になってから、「子どもたちは神恵内、そして北海道、日本の宝だと。子どもたちの政策は優先して取り組んでいきたい」という、強い思いがあります。

 村内での説明会後、「子どもたちにも説明しないのはおかしい」との意見も頂戴しました。

 そこで、PTAから村の教育委員会への申し入れもあり、11月17日に小学生や中学生への説明会を開催します。

 最初にNUMOの担当者が説明した後、私が思いを伝えます。子どもたちから、質問、意見があれば、しっかりと向き合いたい。説明会には親御さんも参加できます。

 これは私の夢になるんですが将来、子どもたちの歓声が夕暮れ時に日常的に響き渡る村になってほしいんです。

 漁業を中心とする産業が根付いて、生計が成り立つようになる。現在、エゾバフンウニの陸上養殖のビジネス化に取り組んでいます。

 まだまだ課題もありますが、これが実現すれば、全国で初めてのことになり、1年中、全国の食卓に神恵内産のおいしいウニを届けることができます。

 豊かな村になれば、商業も連動して発展するかもしれません。交流人口が増えれば、人口も大きく減少することもないだろうと思っています。


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