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2021年

福士博司・味の素CDOに聞く「今さら聞けないDXのホント」

福士博司 味の素CDO(札幌西高・北大出身)

ビジネスシーンで頻繁に使われるようになったDX。デジタル・トランスフォーメーションの略であることはご存じの通り。ただ、説明を求められた時、どれだけの人が本当の意味を答えられるだろうか。デジタル音痴の記者が、味の素のDX推進責任者に基本のキを聞いた。

急速に増えているCDOの設置企業

 9月からデジタル庁がスタートし、各種メディアで行政のデジタル化が取り上げられたが、コロナ禍も後押しし、民間分野では一足早く加速度が増している。そんな中、日本を代表する食関連メーカーのボードメンバーとしてDXを推進している道産子がいる。福士博司氏。1958年札幌市生まれ。札幌西高校卒、北海道大学工学院修了。84年に味の素に入社。2019年にCDOに就き、現在は副社長兼CDOを務めている。

 以下、福士氏へのオンラインインタビュー。

 ――札幌西高校のご出身と聞きました。

 福士 1つ下に弟がおり、兄弟で西高・北大です。高校時代の思い出と言えばラグビー部のことですね。高校1年生の時に同級生と一緒に創部しました。

 ――中学生時代からラグビーを。

 福士 いえ。強豪校として知られる北見北斗高から編入してきた同級生がいました。現在、札幌の北光記念病院で医師をされている中駄邦博さんです。彼がラグビー部をつくろうと呼びかけ、十数人が集まって創部しました。私はそのメンバーの1人です。高校3年生の時には、札幌地区の大会で優勝を果たしました。

 ――道内水産卸大手の丸水札幌中央水産の武藤修社長とも西高同期とうかがいました。

 福士 ええ。武藤さんとは高校時代はそんなに付き合いがあったわけではなく、私がタイにある味の素のグループ会社の副社長をしていた時から、親しくさせていただいています。そのグループ会社に武藤さんと、同じく西高同級生でネイビーズ・クリエイション社長の高橋満治さんが視察のために訪れたのがきっかけでした。

 ――進学した北大ではどのような研究を。

 福士 バイオ技術関係の研究をしていました。大学でもラグビー部に入り、汗を流しました。

 ――学業と部活動の2本柱の大学時代ですね。

 福士 かっこいい表現をすればですよ(笑)。実際は、ちょっと勉強をさぼった時期があり、1年間の留年を経験しています。

 ――私も留年経験があり、親近感が湧きます。さて福士さんは「Japan CDO of The Year2020」に選出されたそうですが、そもそもCDOはどういう役職ですか。

 福士 Chief Digital Officerの略称で、組織のデジタル変革を推進する最高責任者です。組織の、と申し上げたのは、企業だけに設置されるポストではないからです。行政や大学にもCDOはおり、例えば、自治体では川崎市にもいます。

 デジタル変革の必要性は企業や団体だけの話ではありません。そもそもDXとは、社会全体のデジタル変容のことを指しています。

 その中で企業なり団体なりが変革をどうやって遂げていくか。その責任者がCDOという役職です。

 ――国内ではどのぐらいの組織にCDOはいますか。

 福士 東証1部上場企業だと、ざっと200社ぐらいだと思います。東証1部上場企業は約2200社ですからまだ10%未満ですが、急激に増えています。ほんの1年ぐらい前までは約6%に過ぎませんでした。

 欧米では上場企業の約70%にCDOがおり、日本でも今後、急速に設置する企業が増えていく可能性が高い。現在、CDOのなり手が不足していると言われています。

組織に固着した人を解放していく

 ――DXは社会全体のデジタル変容ということでした。最近、役所の脱ハンコが話題になりましたが、福士さん自身がデジタル変容を強く感じられたことは何ですか。

 福士 いわゆるコンシューマー商品(消費者向け商品)の流通の変化でしょうか。例えば昔は、味の素の「ほんだし」や「CookDo」などを、商店やスーパー、コンビニで消費者は購入されていました。そこにネットスーパーが現れ、さらにメーカーがダイレクトに消費者とつながるeコマースも加わり、コンシューマー商品の流通は一気に多様化しました。

 消費者の選択肢が増え、ナショナルブランドの存在感が相対的に薄れたとも見ることができます。

 ――味の素CDOに就任され、DX推進を加速化されました。背景を教えてください。

 福士 現在は国内食品メーカーの中で先頭を走っていると思いますが、当時はデジタル化の面で遅れがありました。

 ――社会のデジタル化のスピードに追いついていなかったということですか。

 福士 そうした認識をせざるを得ませんでした。デジタル化社会における確固たる企業戦略があってしかるべきだったのですが、当時は不十分でした。その結果、企業パフォーマンスの低下にもつながっていたと考えています。

 ――政府では9月からデジタル庁をスタートし、縦割り行政の打破を打ち出しています。

 福士 現在の日本の役所では、何人も人が張り付いた窓口がいくつもあり、書類を提出するにも何枚も書いてハンコを押して、という具合です。

 ところが、韓国では行政のデジタル化が進み、主要な行政手続きの大半が自宅からオンラインで行えます。リアルな窓口もありますが、対応する職員は数人規模です。デジタル手続きをうまくできない、主に高齢者を想定して配置されています。

 縦割りの弊害は行政だけでなく、日本企業の中にも似たような状況はあります。

 もっと言えば縦割りの壁は日本のそこかしこに潜んでいると思います。それは人材の流動性の低さに、現れています。1つの企業にとどまる人がいまだに多く、大学でも同じ大学にずっといる研究者は少なくありません。

 デジタル化で壁を破壊し、各組織や各部門に固着してしまっている人を解放していくと、日本の生産性は高まっていくと思っています。

 ――国内企業の大半が中小です。中小企業はDXにどのように関与していくのでしょうか。

 福士 まずデジタル化の特徴は3つのS、スケーラビリティー(拡張性)、スピルオーバー(汎用性)、シナジー(相乗作用)です。この3つの特徴を生かす点については、企業規模の大小は問いません。

 その前提の上で申し上げると、サイズの小さい中小企業は機動性が高く、大企業のようにあれもこれもやる必要はありません。とがった、いわばニッチな分野に特化してデジタル化を進めていく戦略はあるでしょう。

 一方、とがればとがるほど、単独では課題解決ができない場面も出てきやすい。ですから中小企業は場合によっては、BtoBのプレーヤーとして、エコシステム(ビジネス上の共生関係)の中で中核的な機能を果たす作戦もあり得るでしょう。

中小に欠かせない デジタル人材とは

 ――従業員数500人以上の国内企業を対象にした電通デジタルの調査によると、DXスキルのある人材の不足が最大の課題でした。小規模な中小企業はなおさら人材確保は難しいのではないでしょうか。

 福士 デジタル人材は大きく3タイプに分けられます。まずAIも容易に使いこなせるようなデータサイエンティスト。次に商売の感覚に優れ、デジタル技術の基礎的な理解があるビジネス系の人材です。

 最後がインターフェース人材で、ビジネス系人材が具体的な事業にデジタル技術を活用できるようサポートする役回りをします。

 ――インターフェース人材は、データサイエンティストとビジネス系をつなぐイメージですね。

 福士 そうですね。ただ、中小企業は3タイプのデジタル人材を必ずしもそろえる必要はないかもしれません。

 非常に優秀なデータサイエンテイストが在籍しているのなら、その能力を他社の事業に生かすことで仕事につながるでしょう。あるいはインターフェース人材が社内にいないのなら、アウトソーシングをしてもいいと思います。

 問題はビジネス系のデジタル人材がいない、あるいは育っていないケースです。何をしたいかはっきりと描けないけれども、デジタル化を進めたいというような場合です。もっとも、ビジネス感覚や商売の嗅覚が乏しい企業はデジタル化に関係なく、変革期を生き延びていくのは困難でしょう。


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