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2020年

長瀬清北海道医師会会長緊急インタビュー 医療崩壊を防げ!

長瀬清 北海道医師会会長

新型コロナウイルスとの戦いが長期化する中、道内でも院内感染が相次ぐ。命を守る最前線の決壊を防ぐために今、何が必要なのか。北海道医師会のトップが、現場から寄せられる声をベースに提案する。(取材日=4月23日)

入院と救急の患者に検査を実施すべき

――道内でも院内感染が相次いでいます。医療従事者は感染予防の専門知識を持っているはずです。

長瀬 医師も看護師も注意に注意を重ねて仕事をしていますが、COVID‐19(新型コロナウイルス感染症)は非常にやっかいな相手です。感染しても無症状な人が多数おり、知らず知らず他の人に感染させてしまう。

そうした陽性で無症状な人が時にはお見舞いの人だったり、時には医師や看護師、病院の事務スタッフだったりする。

また、新型コロナ以外の症状や病気で外来を受診したり、入院した患者の中にも陽性の人が一定数、存在しています。慶応大学病院が4月、新型コロナ以外の理由で入院する患者、手術を控えた患者を対象にPCR検査を実施したところ、約6%が陽性でした。

つまり、感染を知らずに診療所に行き、あるいは病院に入院し、そこから感染が広がる恐れがあるわけです。そのため、どの診療所・病院でも医師や看護師は常に、緊張を強いられています。

――国立の北海道がんセンターでの院内感染発生はショックでした。クリニックなどよりもずっと感染防止の設備が整っているはずですから。

長瀬 新型コロナの感染力は強い。繰り返しますが、本当にやっかいな相手です。

しかも、多くの人は感染しても軽症ですみますが、一部の患者は重症化し、手遅れになると亡くなってしまう。ご高齢の人や糖尿病などの持病を持っている人は特に重症化しやすい。急速に症状が悪化するケースもあります。

北海道がんセンターは、がん治療の道内における拠点です。治療を受けている患者、手術を待っている患者がいらっしゃるはずですから、がんセンターのみなさんは大変、頭を痛めていると思います。

――どうすれば院内感染のリスクを減らせますか。

長瀬 札幌市が「PCR検査センター」を設置(5月1日)しましたが、可能な範囲内で、できるだけ多くの人がPCR検査を受けられる体制を構築するべきでしょう。

その上で、入院する患者に事前にPCR検査をし、感染の有無を確認することを提案したい。

救急の患者も検査できればと考えています。救急医療の現場ですから、医師や看護師に状況を伝えられない患者も運ばれてきます。もし救急拠点で感染が広がったら一大事です。

入院前の検査、そして救急現場での検査について、多くの医師から医師会に声が寄せられています。

ただ、PCR検査では結果が出るまで時間を要します。治療や手術を急ぐ救急現場では、もっと早く結果がわかる別の検査法を認めてほしい。検査法の拡充と必要な検査の確実な実施について近々、鈴木直道知事に要望をするつもりです。

――海外の事例のように大きな駐車場にテントを張り、公の場所でPCR検査をするのは。

長瀬 そのアイデアはどうでしょうか。検査目的で人が押し寄せる恐れがあります。心配だからとりあえず調べてほしいとか。会社に出社するため陰性を証明したいとか。

なぜ、感染症対応の病院名を公表していないと思いますか。病院名を公表すると、そこに患者が殺到して混乱が生じ、医療機能が損なわれてしまうからです。

同じ理由から、発熱外来(一般患者と新型コロナの疑いのある患者との導線を完全に分けている)を設置している病院も公表していません。

©財界さっぽろ

軽症者向けホテルに医師・看護師を派遣

――海外では大規模な抗体検査を実施するところも出ています。

長瀬 抗体検査は個々の患者の治療のためではなく、その地域でどれだけ感染が広がっているかを見極めるためにおこなわれます。

例えば、抗体保有率が人口の60%とか70%と推定されるなら、一般的にはさらに感染拡大する可能性は低いと言えます。集団免疫と言われる状態です。

逆に抗体を持っている人が少なければ、治療薬やワクチンがない段階では、さらなる感染拡大を懸念しなければならない。

抗体検査の結果から現状を推定し、限られた医療資源をどのようにいかし、どのような対策を打つべきか決めていくわけです。

日本医師会では毎週、各都道府県医師会をつないでテレビ会議をおこなっていますが、抗体検査の必要性が議論されています。

――札幌市内で軽症者などのための宿泊療養施設としてホテルが2棟、確保されました。

長瀬 新型コロナは指定感染症なので原則、患者は入院しなければなりません。

しかし、札幌市内の感染者が急増しており、対応できる病床数は少しずつ増えているものの、余裕がなくなっています。ホテルの確保は長期戦に備え、治療の優先度が高い重症患者への医療提供に支障を来さないための措置です。

こうしたホテルにも当然、医師や看護師といった専門スタッフが必要になります。当会では行政からの要請を受け、医療チーム「COVID‐19JMAT」の派遣を始めました。

――JMATとは。

長瀬 日本医師会でつくった、本来は災害派遣向けの仕組みです。チームは医師1人・看護師2人・事務スタッフ1人を基本に構成され、災害発生の都度、医療機関単位で編成されます。

今回はこのJMATをベースにしつつ、道内の各病院に医師・看護師の参画を要請しているところです。

今後、札幌以外の自治体でも感染症対応の病床数が逼迫し、同様のホテルを設置する可能性も視野に入れての対応です。

4月上旬には、北海道病院協会などの各病院団体、大規模病院などと連携協議会を組織しました。この医療班の派遣についても、連絡協議会で話し合いました。

新型コロナに関する医療現場のさまざまな課題に対し、各団体と連携して対処していく方針です。

――医療現場でマスクやフェイスシールドなどの感染防止用資材が不足しています。以前から医師会として行政に要望していたと思います。

長瀬 診察時や検査時に必要な医療用資材が国内感染の発覚後、瞬く間に品薄になり、調達は困難を極めました。

当会としては、院内感染を防ぎ、安全に医療を提供するために、日本医師会を通じて政府に要望するとともに、道側に何度もお願いをしました。

政府はマスクや消毒用アルコールなどの増産を各企業に働きかけました。

マスクについては国から道を経て当会に随時、送られて来ています。当会から各郡市医師会、大学医師会を通じて各病院に配付しています。

しかし、国から受け取った枚数は限られており、救急を担う病院などに優先的に配付せざるを得ない。残念ながら一般病院や診療所に回せる分は少ないのが現状です。

そんな中、多くの企業や団体、商店からマスクの寄贈をいただきました。北海道出身のサッカー選手や一般の方からも。道外の方からの寄贈もありました。

この場をお借りして改めて感謝を申し上げます。ただ、それでも、あちこちの病院や診療所から不足しているとの声が寄せられています。

――まだ十分ではない。

長瀬 増産をしている各企業のご努力、多くの方のご支援に助けられてはいますが、終息が見通せない中、フェイスシールドや防護服なども含め、まったく足りていません。

――要望を重ねているとのことですが、行政の対応をどう評価していますか。

長瀬 取り組むスピードは遅くはないと思います。当初は、ここまでの事態になるとは想定していなかったでしょうから。

――2009年の新型インフルエンザ流行時に、マスクの備蓄の議論がありました。

長瀬 マスクは薄くて小さなものですが、今回のような事態に必要とされる量を常に備蓄しておくとなると、非常に大きな倉庫にぎっしり詰め込んでおかないといけない。そのコストなどを考えると、現実的には難しいのでは。

感染拡大が局地的でしたら、海外から調達ができました。しかし、新型コロナは全世界に一気に広がり、各国がマスクを必要としています。海外調達も簡単ではなくなってしまいました。

©財界さっぽろ

医療現場は精神的、肉体的に限界状態

――重症化した場合に使う人工呼吸器やECMO(エクモ、体外式の人工肺装置)は道内にどのぐらいあるのですか。

長瀬 集中治療室があるような大規模病院に一定数、配備されています。

配備数よりも重要なのが、スタッフの問題です。こうした機器を扱うにはある程度の熟練が必要で、エクモについては稼働する場合、多くのスタッフがつきっきりで操作をしなければなりません。

重症患者がどんどん増えてしまった場合、たとえ大規模病院でも人員のやり繰りが厳しい可能性があります。

――機械は疲れませんが、人には限界があります。マンパワー不足はどの程度になっているのですか。

長瀬 感染症は外科医も小児科医もかかわりがあり、各病院が総力を挙げて取り組んでいると聞いています。

とりわけ感染症対応の病院や呼吸器科の医師、看護師らは流行が始まってから、休みなしで仕事をしており、疲労困憊しています。

1人でも欠けると、他のスタッフに負担がかかります。そうした緊張感から、現場スタッフは精神的にも肉体的にも限界状態にあります。

そんな中、さまざまな方からの医療従事者に寄せられる応援のメッセージに、私たちは力をいただいています。しかし、この状態がさらに続いていくと、間違いなく医療崩壊になってしまいます。

いま、崖っぷちに一歩、一歩近づいているような印象です。もしも、さらに院内感染が道内で増え、医療スタッフが欠けていくようなことになれば本当に、大変な事態が起きかねない。

医師会も組織をあげて協力体制を敷き、支えていきます。

――最後に道民に向けてメッセージを。

長瀬 自分の体を守るのは結局は自分自身です。

感染症に打ち勝つには、まず自分の免疫力を高めておくことが第一です。食事と睡眠を十分にとって適度に体を動かす。喫煙、飲酒、糖質の過剰摂取は戒めましょう。

そして不要不急の外出をやめて3密を避ける。長期化してつらいでしょうが、自粛生活を今は続けなければなりません。

もう一度言います。自分の身を守るのは結局は自分自身だけなのです。

=ききて/野口晋一=

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