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Interview

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羽生善治名人が棋界の今を語る掲載号:2014年10月

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羽生善治 棋士

 伝説の7大タイトル戦完全制覇から18年。間もなく44歳となる羽生善治名人は、今なお第一人者として棋界の頂点に君臨している。多忙なスケジュールの中でも勝ち続ける秘訣や若手棋士との対峙、コンピューター将棋など、棋界の現在について直撃した。

忙しい時でもオンとオフを切り替える

――タイトル戦などの対局が続き、過密日程が続いています。
羽生 タイトル戦は1日で終わるもの、2日かけて対局するものがあって、どちらも全国各地を転戦します。対局前日には移動して対局場を確認しますし、前夜祭でスピーチをすることもあります。忙しいことは変えようがないので、毎回、移動した先ですぐにその場所に馴染めるようにと考えています。温泉があれば温泉に入ったり、地元のおいしいものを食べたり。
――2日制の対局では、1日目が夕方に終わった後も、次の指し手のことを考えているのでしょうか。
羽生 いえ、1日目が終わったらできるだけもう将棋のことを考えないようにしています。どこかでスイッチのオンとオフを切り替えて、くつろぐ。次の日も朝から集中して考えるためには、頭の中を整理整頓する時間が必要ですから。それがあることで、気持ちの面でも体の面でも切り替えられると思っています。
――タイトル戦など、重要な対局で負けた時は。
羽生 対局が多いので、勝っても負けてもすぐに忘れて、ゼロの状態から次に臨むことを習慣化する必要はあります。勝敗を正面から受け止めすぎてしまうと、気持ちの面で大変ですから。
――悔しい敗戦でも、次の日には忘れられますか。
羽生 切り替え方、忘れ方の方法は一般論としてはいくつもあります。たとえば負けた後、ヤケ酒するのは、次の日に残るので最悪の選択です(笑)。飲みたくなる気持ちはわかるんですが。だから、とりあえず眠れるのであればすぐに寝てしまう。対局後は気分が高まっていることが多いですから、眠れない場合は少しドライブしてみるとか、甘いもの食べるとかでもいいんですけど、自分なりの切り替え方をいくつか持つことが大事だと思います。

若手の将棋観が新たな発想の源に

――今春の名人戦で森内俊之竜王名人を破り、4年ぶりに名人位へ返り咲きました。
羽生 昨年は同じ森内さんに1勝4敗で負けてしまいました。しかも一方的に負かされたという内容。今年は、それと同じ轍を踏まないよう、違ったやり方をしてみようと思って。それが結果としてうまくいったということです。
――今年初頭からタイトル戦を含めて対局が続いていました。臨戦態勢のまま名人戦に入られたのでは。
羽生 対局が重なる時というのは、体は疲れますが、勝負の勘は研ぎ澄まされてくるんです。逆にずっと休んでいると、体は元気なんですが勘は鈍ります。感覚的なものだと思いますが、その加減はどれぐらいがいいのかいつも考えていて、非常に難しいです。
――同い年の森内竜王とは、小学生のころからのライバル。佐藤康光九段なども含めた「羽生世代」は、プロになって20年以上もの間、トップクラスでしのぎを削っています。
羽生 森内さんをはじめ同世代の棋士は、ライバルでもあるんですが、ある意味で心強いところもあります。お互いに高いレベルで切磋琢磨してきた分、共感みたいなものもありますし。これから先、棋界でどう頑張るのかという部分でも、心強い存在ではあります。
――その一方で、若い世代と大舞台で指すことも増えてきました。9月開幕の王座戦では、まだ24歳の豊島将之六段と対局されます。
羽生 若くて強い人が出てくるのは、当然と言えば当然ですし、自然なこと。私自身、新しい世代から刺激を受けることもあります。世代によって〝将棋観〟が違っていて、対局することで私の中に新たな発想が生まれる場合もあるんです。
――実際に盤を挟むことで刺激を受ける。
羽生 将棋は一手ずつ交互に指しますが、指された一手の水面下には、相手が考えているたくさんの読みがある。実際に対局することで、全部とはいかなくても、その一部が見えます。それが見えた時に「この局面ではこういうとらえ方をしているのか」とか「こういう感覚や発想なのか」というのがわかる。これが自分にとって参考になる、ということなんです。
――世代間で、戦法に対する考え方にも差がある。
羽生 たとえば私より14歳下の渡辺明(棋王・王将)さん辺りの世代は「穴熊」という王将を固く囲う戦法に対して、信頼度がすごく高いんです。穴熊にできるなら、ぜひしようと考えることが多い。私の感覚だとそれを最優先で考えてはいないんです。最初から穴熊にするんだという割り切り方やセンスは、世代の差として感じるところはあります。そしてそれが現代の感覚なのかと、参考にすることはありますね。

あえて相手の得意戦法に踏み込む

――名人はさまざまな戦法を指しこなすオールラウンダーです。
羽生 結局のところ、棋士同士の間にそんなに差はないと思っているんです。では何が違うのかといえば、その時、流行している戦法と、自分自身のスタイルとのマッチング。自分が得意としている形が流行している間は活躍しやすいし、勝ちやすいというのはあります。ただ流行の戦法はその時々で変わりますから、いかに自分のスタイルを残しながら流行とマッチングするか。これは棋士全員に言える課題だと思っています。
――過密日程の中で、最新の戦法に詳しいのが不思議だという声もあります。
羽生 対局中、指し手を読む中で、自分の中に読みの蓄積というものができるんです。指せるのは一手だけですが、こういう手や発想もあるな、というアイデアの種のようなものです。これをためていって、新しい戦法に対応することはあります。ただ戦法の研究に関しては、若い世代のほうが進んでいます。物理的に研究できる時間の量が違いますから。その研究に対して、完全に置いていかれないように頑張ることが大事なのかなと。最先端はわかっていなくても、全体像は把握できるところまで、ちゃんとついていく。それが大事なところです。
――相手が出した最新の手に「乗る」時もある。
羽生 避けることもできるんですが、どこかで相手の一番得意な戦法と勝負する必要もあります。それで不利になったり負かされたりということもあるんですが。常にではないですが、不利になるかもというのを承知で手を選ぶ時もあります。なぜなら、不利だと思って1つの戦法を避け始めると、どんどん避けないといけなくなるものなんです。自分の指し手の幅を狭めてしまいますから。
――指す戦法を限定すると、集中して研究されることもありますね。
羽生 そうなると結果として損です。ただ見極めがすごく大事で、すでに時代遅れという戦法もあるんです。何十年も勉強してきたけど、もう通用しないということもある。そういうものは割り切って捨てるとかやめることもあります。そこは将棋の面白いところだと思っています。

ネット中継はかつての縁台将棋

――将棋とコンピューターやインターネットとのかかわりが深まっています。
羽生 ネット上で将棋を指せる時代というのが10年以上前に出てきて、将棋の研究方法はかなり変わりました。今はさらにコンピューター将棋ソフトの時代に変わったばかり。将棋ソフトを使って練習したり研究したりというのは、いずれプロ棋士の間でも普通のことになると思います。ただネットで将棋を勉強した人が全員強くなったかというと、そうではありません。プラス面もマイナス面もある中で、どう使いこなしていくのか。とくに若い世代は考える必要があるのではないでしょうか。
――ご自身では将棋ソフトを活用されていますか。
羽生 ある局面について、詰みがあるかをチェックする、といった使い方はしますね。10分もかければほぼ間違いなくわかるので。
――名人はかつて、将棋ソフトがさらに強くなるためにはもう1つブレイクスルーが必要だといわれていました。
羽生 「ボナンザ」という画期的な将棋ソフトが出てきたのは、非常に大きかったと思います。人間的な強さを伸ばすよりもコンピューター的な強さを伸ばすアプローチだった。それが非常に有効だったのだと思います。
――プロ棋士と将棋ソフトとの対抗戦「電王戦」のネット中継も人気ですね。
羽生 将棋のネット中継は随分普及しましたが、ようは形を変えた縁台将棋なんです。かつて家庭の縁台で会話を楽しみながら指していたものが、ネット上でできるようになった。もともとすごく面白いものだったものが、さらに大人数で大規模にできるようになったわけです。そこに大きな意味があると思います。
――外野で話しながら見ているのは楽しいものです。
羽生 そういう娯楽の部分が、今後さらに洗練されていく可能性はあると思っています。プロ棋士の対局をどういう形で解説したら面白いか、お客さんの声はどう反映させるか。それをさらに楽しめるものにすることができるのではとは思っています。
――個性的な棋士がテレビなどに出演する機会も増えています。
羽生 将棋は子どもから年配の人まで、誰でも楽しめるのが一番いいところ。将棋に触れてもらうきっかけや場所、機会をどうつくるかが課題です。テレビ出演などを通じて、将棋を知る機会を少しずつ増やしていくことが今後も必要だと思っています。
――名人ご自身も出られる機会は増えますか。
羽生 加藤一二三先生など、私よりも面白い人がたくさんいらっしゃいますから、おまかせするほうがいいと思います(笑)。
――そうした人気もあって、将棋を始める子どもたちが増えていますね。
羽生 礼儀作法や敬語の使い方など、練習をすることで将棋に付随することも一緒に学べます。論理的に物事を考えることができるようになるとか、集中力を身につけられるということもある。日本の歴史や伝統についても学べますから、そうした部分を伝えていくことが、これからの将棋の普及にとって非常に大事なことだと思っています。
――これからの将棋の役割とはなんでしょうか。
羽生 将棋はすごく日本的なものだと思っているんです。世界には、チェスなどの将棋に類似したゲームがたくさんあります。その中で日本の将棋は、かつての携帯電話のようにガラパゴス的な進化をしたもの。ほかの伝統芸能や歴史あるものも同じだと思うんですが、長く続いてきたものや長い間残っているものには、それなりの理由があります。その残り続けている理由を、いろいろな形や機会で伝えていくのは、大事なことではないかと思っています。

=ききて/清水 大輔=