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Interview

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強い北海道の創生に貢献する掲載号:2018年3月

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名和豊春 北海道大学総長

北海道大学総長の名和豊春氏は秩父セメントで17年間勤務をした後、母校の北大に研究者・教育者として戻ってきたキャリアの持ち主。地方大学を取り巻く環境が厳しくなっているが、名和氏は民間の経営感覚を生かし、大学運営の陣頭に立つ。

「戻ってこい」と大学の恩師から誘い

――北大を卒業された後、民間企業にいらっしゃったと聞いています。

名和 学生時代は建築工学科に所属し、セメントの研究をしていました。大学院を1980年に修了し、秩父セメント、現在の太平洋セメントに入社して17年間、働きました。

実はセメント業界1位の企業への内定がほぼ固まっていました。ところが、大学の恩師から「企業は規模ではなく、人物で判断しなさい。諸井虔という優れた経営者がいる秩父セメントにしなさい」と言われ、当時、業界6位だった秩父セメントに入社することになりました。

――セメントの研究というと……

名和 セメントに砂、砂利、水を混ぜてコンクリートにしますが、化学反応せずに内部に残った水が何℃で凍るのかというテーマを主にやりました。当時、北海道のような寒冷地では、内部の水分が解けたり凍ったりを繰り返した結果、コンクリートが疲労破壊する問題がクローズアップされており、研究には社会的な意義もありました。

大学に入学した当初は、物理分野に進みたいと考えていました。ですから建築にはあまり興味はなかったのですが、研究を続けるうちにどんどんはまっていきました。セメントやコンクリートはとてもおもしろいですよ。化学反応のちょっとした条件を変えただけで、性能がガラリと変わります。分子、原子のオーダーでセメントの研究・分析を重ねていました。

――秩父セメントではどのような仕事をされたのですか。

名和 研究職として働きました。かなりの数の基礎研究を手がけ、商品開発にもたずさわりました。高層ビル建築に適したJIS規格のコンクリートを開発し、実際に多くの超高層ビルで活用されました。

――では、今も特許の権利も持っているのですか。

名和 当時は今とは違います。サラリーマン研究者が退社後も、個人で特許の権利を保有できるという環境ではありませんでした。私自身、気にしていませんでした。

でも、もし特許を持っていたとしたら、使用料収入で家の1軒ぐらいは建てられた……かもしれません(笑)

――秩父セメントから北大に戻ってくるきっかけは。

名和 大学時代の恩師から「母校に恩を返すためにそろそろ戻ってこい」と誘われたのがきっかけで、公募に応じました。私の父が在学中に他界したこともあり、いろいろと面倒をみてくださった恩師でした。

   ◇    ◇  

名和氏は北大で大学院工学研究科助教授、同教授、工学研究院副研究院長、工学研究院長・工学部長などを歴任。昨年の総長選考で大規模な人員削減を訴えた現職を退け、第19代の総長に選ばれた。
   ◇    ◇  

――総長選に出馬した時の思いを教えてください。

名和 秩父セメントの諸井さんは日本経営者団体連盟の副会長にもなられた財界きっての論客ですが、「企業は人なり」と常々、おっしゃっていました。人がいなくなれば、その組織で受け継がれてきた伝統や積み重ねてきたモノが消えてしまいます。まして大学は知を集積していく場です。人が去れば、元に戻すのは不可能と言ってもいい。

しかし、北大ではものすごいペースで研究者が減らされてきました。私は危機感を抱き、会議などで再三、警鐘を鳴らし、意見を申し上げておりました。

そんな中、総長の任期が終わるタイミングが来て……。政治的なセンスはないですし、私よりも学内事情を知っている先輩もおります。正直な話、当初は立候補するつもりはありませんでした。

――総長に就任した後、何か自分の中で変化したことはありますか。

名和 役職で人格は変わりませんよ。ポストはポストに過ぎません。任を解かれたら、その仕事は終わりですが、人は変わらない。自分自身がどう生きるかだと思っています。

率先して国内外で北大をピーアール

――道内経済界の複数の方から、積極的に動き回っているという話を聞いています。総長として意識していることは。

名和 諸井さんに教わったのですが、部下を牽引し、組織を活性化させるのがトップの仕事です。もちろん明確な目標を持ち、示した上でです。

北大は、諸分野でしっかりとしたプレゼンスがあるのですが、大学の外に対してそれを認識してもらうという点が十分ではありませんでした。言わなくてもわかるはず。わざわざ言うのは自慢のようで恥ずかしい。そんな意識がどこかにあったのかもしれません。

しかし、民間企業にいたからでしょうか、私はそれは違うと思っていました。アピールする部分は積極的に外に向かって発信し、宣伝するべきです。一方、もし謝るべき部分があれば謝罪をする。それを徹底していくことだと考えています。

いい事も悪い部分もオープンにしていくこと。私は経験上、オープンにすると、好循環が生まれていくと信じています。

――どういうことですか。

名和 私は先端研究であっても、すべてオープンにしてきました。マネをされても気にしませんでした。

おもしろいことに、オープンな姿勢な人の元には人が集まり、有意義な情報がどんどん寄せられます。そうすると新しいモノや技術が生まれ、また、それをオープンにしていく。そういう循環ができるのです。

私自身、民間企業時代にいろんな分野の方と知り合うことができました。極端な話、競合企業の幹部からアドバイスを受けたこともありました。異分野の人との交流は純粋に楽しいですし、トータルな視野を身につけることにもつながると考えています。

――総長就任時、2つのポリシーを掲げました。まず「世界トップ100を目指す研究・教育拠点の構築」についての現状を教えてください。

名和 大学ランキングにはいろんな種類がありますが、科学メディアとして有名なネイチャーのランキングではすでに世界100位になっています。QS世界大学ランキング2018では122位でした。

研究面での国内外への積極的な情報発信と国際共同研究の促進など、さらなる飛躍が必要です。私自身もこれまで20回ぐらい海外に足を伸ばし、大学のピーアールや連携の模索をしています。

また、現在、部局と一緒に自分たちの得手不得手を客観的に分析し、どう変革していくべきかについて、学内で議論をしているところです。

北大は実学の重視を基本理念の1つとしています。社会で役に立つ研究を重視し、経営資源を集中させようという風潮が見受けられますが、研究で大切なのは多様性でしょう。実用化の面では即効性はなくとも広い意味で社会を豊かにする基礎研究は今までも大学の幅を広げ、実際に大きな成果をもたらしてきました。今後も、応用研究と基礎研究が共存し、協力をしあって進歩することが重要です。

また、今、世界では人工知能、ビッグデータなどのデータサイエンスと、工学や生命科学、医学、農学、人文社会科学が融合的にかかわるネットワーク科学が次々と生まれています。日本は立ち遅れが指摘されており、北大としては今後、生命科学分野以外の新学術分野の創造を試みたい。もちろん、こうした取り組みを実現するには、人材育成が欠かせません。

北海道フードバレーを実現させる

――2つ目のポリシー「北海道の地域創生の先導」については。

名和 国連食糧農業機構の調べによると、耕地面積が頭打ちになっているのですが、人口増加もあり、一人当たりの耕地面積は減少する一途です。食料生産は世界的にも危機的状況に直面しているのです。

北海道は土地、水、気候に恵まれ、日本の食料基地としての機能を十分に備えています。そして北大は、農林水産工学といった研究フィールドを網羅しています。それらの強みを生かし、さらには道内の他大学・研究機関、地元の産業界や自治体などと一体となって、食と農林水産の研究・産業集積基地となる「北海道フードバレー」を実現したいと思っています。

昨年5月、道内の公的研究機関や企業、自治体などが参画したロバスト農林水産工学科学技術先導研究会を設立しました。国策である第6次産業化、ソサエティ5・0を見据え、北海道内で生産から流通に至るまで食を中心とした新たな付加価値を有したバリューチェーンを構築し、国際競争力を高めた、強い北海道の創生に貢献をしていきたいと考えています。

そのような流れの中で昨年10月、経団連の榊原定征会長(当時)に北大キャンパスまで足を運んでいただきました。榊原会長は「北海道フードバレー構想」に興味を示され、今も引き続き、応援をしていただいています。

――国際的な経験を積んだOBがフェローとして講師を務めたりする「新渡戸カレッジ」はユニークな取り組みですよね。

名和 札幌農学校2期生で国際人として活躍した新渡戸稲造の名を冠した、学士課程の教育プログラムです。2013年4月からスタートし、昨年3月には一期生15人を輩出しました。

新渡戸のように、幅広い分野に目を向け、グローバルマインドやコミュニケーション能力を身につけた人材を数多く輩出していくこと。それがこのプログラムの使命です。

――最後に生涯学習の視点から北大の魅力についてうかがいたい。

名和 調べて見ますと、今年度は現時点で20以上の部局が約40の公開講座を開いたほか、約150件のシンポジウムが学内で開催されました。その多くが一般の市民・道民も参加できるものです。昨年12月には北海道新聞社と包括連携を締結し、4月から新たに北大道新アカデミーを開講することになりました。

今後も、サイエンスカフェ、あるいは社会人の学び直しに焦点を当てた取組みなど、地域のみなさまが学び・考える機会を拡充していきたいと考えています。

=ききて/野口晋一=