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2021年

西山猛・更別村村長「スーパーシティに挑戦、 日本一の“幸齢化”のまちに」

西山猛 更別村村長

 十勝管内の更別村がいま、全国から注目を集めている。道内で唯一、国家戦略特区の「スーパーシティ」構想に手を挙げているのだ。先進技術を活用し、少子高齢化に立ち向かう。西山猛村長が明かす挑戦の日々の舞台裏とは――

スーパーシティのきっかけは台風被害

 ――まずは更別村がどのようなまちなのか、ご紹介ください。

 西山 更別村は十勝南部に位置しており、人口は3156人になります。「とかち帯広空港」からは車で10分と近く、札幌からは約3時間です。隣接する帯広までは30分くらいでしょうか。

 基幹産業は農業で、大規模畑作農家が多いのが特徴です。1戸当たりの平均耕地面積は、54㌶くらいで、東京ドーム10個分の広さになります。大きい農家は160㌶を超えます。そして、1戸当たりのトラクターの平均保有台数は6・7台です。

 カロリーベースの食糧自給率は6800%となり、計算上は人口22万人都市の1年分の食糧を賄うことができます。

 また、こんな小さなまちですが、常勤の医者が4人います。24時間訪問診療、看取りもできます。

 実は更別村は十勝の中でも、入植してきたのは一番最後になるんです。

 ――なぜでしょうか。

 西山 100年前は、辺り一面はカシワとカヤに覆われた湿地帯でした。灌漑排水と土作りなど、血と汗と涙を流して土地改良に取り組んできました。帯広空港に着陸する飛行機からは、パッチワーク状の畑が眼下に広がります。先代の方々が苦労して開拓し、今日の村ができあがりました。

 ――内閣府が進める「スーパーシティ」構想に着目したきっかけを教えてください。

 西山 2016年の夏に、台風が相次いで十勝管内に襲来しました。新得、本別、芽室、清水といった町では、甚大な被害が出ました。

 更別村も水が引かない、いわゆる滞水と冠水被害が大きかったんです。もともと湿地帯ということもあり、台風が過ぎてからが大変でした。いくら最新鋭のトラクターが多くあっても、収穫時期に畑に入ることができませんでした。秋まき小麦の防徐も困難を極めました。

 その時、農家の皆さんから「畑に入らなくても防徐する方法はないか」という声をいただきました。あわせて、圃場が離れているので、ドローンを使って農薬散布などができないのか、という話も聞こえてきました。あるいは、トラクターも自立自走で、遠くの圃場に行き、作業をして戻って来られないのか、といった内容です。

 しかし翌17年、国家戦略特区をとらなければ、ドローンも飛ばせなければ、自立自走トラクターも走らせることができないと判明しました。

 国から内閣府の「近未来技術等社会実装事業」があると提案され、道と一緒に申請、採択されました。

 道がリーダーとなり、水田は岩見沢でやりましょうと。大規模畑作は更別村に決まりました。

 現在、IOTを活用したスマート農業の研究を進めています。たとえば、ドローンによるセンシングや農薬散布、自立自走トラクターの開発です。

 更別村は北海道で最初に5G(第5世代移動通信システム)の通信サービスが始まった村です。いまでは基地局が5つまで増えました。トラクターを自走させる場合、遅延という問題があり、大きな事故につながりかねません。5Gでは遠隔操作によるタイムラグの心配は入りません。来年2月には光回線の整備も全て終わります。

 ――19年には新たな展開がでてきますね。

 西山 第1次産業だけではなく、まちづくり全般を網羅する国家戦略特区で、「スーパーシティ(SC)」というものがあると知りました。

 これは中山間農村地域の困っている課題を、人工知能(AI)などの最先端技術を活用して解決していくものです。

 村の中で一番困っている人は誰なのか。やはり高齢者(75歳以上)なんです。

 わが村にはタクシー会社がありません。たとえば、農村地域から病院や買い物に行きたいですが、免許を返納してしまえば、移動手段がありません。村民バスも走っていますが、停留所まで行かなければなりません。

 高齢者が幸せに暮らせる持続可能なまちにしていきたいという思いから、「100歳になってもワクワク働けてしまう奇跡の農村」を、SCのコンセプトに掲げました。

 SC構想に盛り込んだのは次の3つです。

 1つは「5分以内でのドアtoドアの移動手段の構築」です。これにはドローンを活用したモノの移動も含まれます。

 2つ目は「ICT(情報通信技術)を活用した健康・見守りサポート事業」です。

 奈良県立大学の協力を得ながら、ウエアラブルデバイスを活用します。この器具は心拍数と歩数、移動距離を常時計測することができます。

 たとえば、農繁期に家族が外で作業をしている時、家で倒れてしまう。ただちに医者や看護師が駆けつけられる仕組みをつくります。

 最後に「世界ナンバーワンの生体認証を使って瞬時に行政手続き」です。顔認証で本人確認を行い証明書を発行し、サービス利用時の手続きが不要になります。パスワードを暗記する必要もありません。

 SCを進める場合、情報連携をしなければなりません。個人情報の扱いが大切になります。

 21年度から副村長に就任した大野仁氏は、金融庁からの出向です。内閣府に出向していた時、個人情報保護法委員会事務局で、個人情報の取り扱いに関する監視・監督等に関する業務を担当していました。

 あわせてSC申請の前に、75歳以上の高齢者が個人情報を扱うことへの同意書をいただきました。7割の方が賛同していただいております。

©財界さっぽろ

ファーストペンギンでなければ

 ――SCを進めていく上では、民間の協力も欠かせません。

 西山 官だけでは不可能です。民間企業の力をお借りして、一体となって取り組んで行く必要があります。

 SCを目指すと決めた時から、足が棒になるくらい先端技術を持つ企業を訪問しました。「課題を解決するには、御社の技術が必要だ。何とか協力してくれないか」と、何度も頭を上げましたね。熱意が通じ、実際に村を見に来てくださるようになり、一歩、一歩、関係を構築してきました。

 いま、私たちの思いに賛同いただいた100社とつながりがあります。更別村に支店を構えている企業もあり、新たな人流も生まれています。

 ――少子高齢化が進み、どの自治体の財政状況も厳しいです。SCへの挑戦は思い切った決断だと思います。

 西山 今年2月、鈴木直道知事に会いました。

 鈴木知事は「179市町村、同じ課題を抱えている。更別村には〝希望の光〟になってほしい」と背中を押してくれました。

 また、尊敬するある首長経験者からこう叱咤激励されました。

「これだけ自治体の財政が厳しくて、嵐が吹いている。首長は肩をすぼめて丸まって、嵐が過ぎるのを待っていたらダメだ。挑戦することが大切。怖いことは挑戦しないことだ。失敗から学びや教訓が生まれる」と。

 愛するまちが今後も存続するためには、いま挑戦しなければ、手遅れになると感じました。

 私は高齢者の「高」を「幸」に置き換えています。「幸せに年を重ねられるまち」という思いを込めてです。

 まちづくりのファーストペンギンとして希望の光になりたいんです。一番最初に海に飛び込むこと。真っ先に挑戦することに大きな意味を感じています。

 ――内閣府はSCの特区指定地域に関し、全国31申請地域すべてに対し、提案書の再提出を求めています。

 西山 住民説明会を経た上で、提案書の内容を見直し、10月15日に再提出します。


……この続きは本誌財界さっぽろ2021年11月号でお楽しみください。
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にしやま・たけし/1954年1月17日、中札内村生まれ。龍谷大学卒。教員を務め、村立幼稚園園長から2015年の村長選に出馬、初当選。現在2期目