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Interview

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北海道はクラシックファースト掲載号:2019年7月

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小野寺哲也 サッポロビール北海道本部長兼北海道本社代表

今年3月、サッポロビールの新たな北海道本社代表に小野寺哲也氏が就いた。同社は「ビール再強化宣言」を本年度の事業方針に掲げているが、北海道ではサッポロクラシックの強化を進めていくという。小野寺代表にその意気込みを聞いた。

ゼミの課題でサッポロビールを研究

 小野寺氏は1962年8月14日小樽市生まれ。小樽潮陵高校卒業後、慶應義塾大学商学部に進学。86年サッポロビール入社。2004年首都圏本部第1ワイン洋酒営業部長、06年同首都圏第1支社東京西支店長を経て、10年北海道本部流通営業部長に就任。13年から北海道本社副代表、北海道本部営業統括副本部長、サッポロビール博物館館長を兼任。16年執行役員広域流通本部長。19年3月から上席執行役員北海道本部長兼北海道本社代表。以下、一問一答。

   ◇    ◇

――地元は小樽市なんですね。

小野寺 家が運河の近くで、小さいころはよく市場の魚を見ながらキャッチボールなんかしていましたよ。それから家の裏には国鉄の手宮線が走っていて、石炭を運ぶ蒸気機関車を写真に撮ったりもしていました。

海や山に出掛けて遊ぶことも多かったです。高校時代は応援団でした。

――サッポロビールに入社したきっかけを教えてください。

小野寺 地元の高校を卒業して東京の大学に進みました。学生時代に住んでいたのは北海道出身者が入れる「北海寮」です。当時の寮生活ですから、上下関係は厳しかった。ただ、お酒はみんな好きで、先輩たちがよくおごってくれました。

たまに先輩がアルバイトで多めに稼いだときなんかは、普段は高くて手が出ない生ビールも飲ませてもらえました。それがサッポロビールだったんです。

やはり北海道の寮なので、回りの飲食店さんも扱っているのは全部サッポロビールでした。そこで飲むたびに、本当にこんなうまいものがこの世にあるのかと思いました。味にほれ込んでゼミの課題でもサッポロビールをテーマにした企業研究をおこないました。

その一環として会社訪問をさせてもらった際、とても人間的に尊敬できる人から話を伺うことができたのです。それがきっかけで、サッポロビールに入りたいと思いました。なので私はいま、第一志望の会社で働いているわけです。

――入社後はどのような仕事を経験されてきましたか。

小野寺 振り出しは横浜でした。その次が四国で、香川県と徳島県を3年ずつ担当したのち、東京に移りました。家庭用、業務用の営業を担当し、首都圏本部のワイン洋酒営業部長や新宿・池袋地区のエリアマネジャーなどにも就きました。

2010年に北海道に来て、13年からは北海道本社の副代表、サッポロビール博物館館長を務めさせていただきました。16年に再び東京で勤務し、今年3月、北海道に現在の立場で戻ってきました。

これまでの34年間、ずっと営業畑です。商品開発やマーケティングもやってみたかったとは思いますが、やはり営業が好きですね。

――中でも特に思い出深い仕事はありますか。

小野寺 特にと言われれば、27歳のとき配属になった四国支店での仕事でしょうか。瀬戸大橋を渡ったのはそのときが初めてでした。

香川県で担当させていただいたのは、四国の有名な鳥料理のお店。そこで私は経営陣のみなさまにもまれて、商売の厳しさを教えていただきました。

大きなお店ですから、他社さんの攻勢も激しかった。そういう状況の中でも、上司や同僚に助けてもらいながら、いまにつながる店との強固な関係性を築けていけたことは、いい思い出として残っています。

実は現在もそのお店の経営幹部と歴代の担当者が集まる飲み会が毎年1回開かれており、私も参加させていただいているんですよ。

現役の歴代担当者の中では私が1番古いのですが、昔から知っている幹部からは、いまでも「お前、ちゃんとがんばっているか」と声をかけられます。そのときには、若いころの気持ちを思い出しますね。

ビール文化の発信が市場を広げる

――今年3月に北海道本部長兼北海道本社代表に就任されました。

小野寺 サッポロビールにとって北海道は非常に重要なエリアです。売り上げの規模も大きいですし、なによりわれわれが生まれたふるさとです。自分に課せられた重責をしっかりと果たしていきたいと考えています。

また、私にとっても北海道は生まれ育った場所です。ここで再び仕事をさせていただけることに、喜びを感じています。いずれにしても、まずは一生懸命やるのみだと思っています。

――北海道のビール市場の現状はどのように見ていますか。

小野寺 人口減少や高齢化と言われ、マイナスな部分がクローズアップされがちですが、北海道の人たちはとてもビールが好きです。

例えば札幌市の大通公園で開かれるビアガーデンでは、女性でも大ジョッキをグビグビ飲んでいただいている。それも一杯で終わりではなく、二杯、三杯と飲んでくれている。正直、東京ではあまり見られない光景です。本当に北海道にはビール好きの人が多いなと感じています。

また、北海道のように空気がからっとしている爽やかな風土は、ビールをすごくおいしくしてくれます。こういう環境があるわけですから、市場がさらに成長する可能性は十分にあるとと思っています。

北海道限定の「サッポロクラシック」は18年連続で売り上げアップを達成しましたが、今年も伸びています。観光客のみなさまにもよく指名していただいており、このことからも、ビール市場はやり方次第で拡大できると感じています。

海外からのお客さまも増えています。道は外国人観光客来道者数500万人を目指していますが、そこにも効果的なアプローチをしていけば、まだまだビールの需要は増やしていけると思います。

――市場拡大を実現するために必要だと考えていることはなんですか。

小野寺 ビール文化の発信です。例えばサッポロビールでは、少々肌寒さを感じる5月からサッポロファクトリーやさっぽろテレビ塔でビアガーデンを開いています。

外が冷えているうちはお客さまがこないかもしれませんが、飲んでいただける場をつくることで、早い時期からビールの存在感をアピールすることができます。

夏の大通公園のビアガーデンや、サッポロファクトリーの中で特別に醸造したビールが飲める秋のオータムフェストなども大事な発信の場です。

冬であればクリスマスやさっぽろ雪まつり。このようなさまざまな機会を通じて、ビールと道民のみなさまの接点をもっと増やしていきたいと思っています。

季節関係なく、さまざまな場所で文化を発信していくのも、ビール会社としての重要な役目だと考えています。

――サッポロビールとしての今後の事業戦略は。

小野寺 会社全体の方針には「ビール再強化宣言」を掲げています。ビール、発泡酒、新ジャンルという3つのビールテイスト分野のうち、とにかくビールの販売拡大に力を入れていきます。

その上で北海道は、先ほども名前を上げさせていただいた「サッポロクラシック」を第一優先に強化していきます。われわれはこれを〝クラシックファースト〟と言っていますが、家庭用も業務用も、まずはクラシックを推していきます。

一方で、われわれの全国的な看板商品である「サッポロ生ビール黒ラベル」のアピールにも積極的に取り組んでいきます。おかげさまで売り上げは伸びており、さらに黒ラベルは20代のお客さまからの支持率も高まっています。

「ラベルがシンプルで、かっこいい」という声をよくいただいており、こうした若い人たちに認められてきている流れをさらに加速していきたいと考えています。

最近のトレンドである缶チューハイの分野では、昨年発売を開始した「99・99(フォーナイン)」のリニューアルを実施します。年間販売目標は早々にクリアしており、好調な売れ行きを継続するため、お客さまのニーズにあった商品に進化させていきます。

ワインはビールに次ぐ「第2の柱」

――昨年は北斗市に「北海道北斗ヴィンヤード」を開園しました。ワイン事業にも注目が集まっています。

小野寺 われわれの国産ワイン「グランポレール」は年間約3万ケースを販売しています。原料であるブドウも当然国産です。

北海道では後志管内余市町にある6軒の契約農家に、ブドウをつくっていただいています。しかし、栽培面積に限りがあり、収穫量はこれ以上増やせません。

北海道以外ですと、山梨、岡山に契約農家があり、長野には長野古里ぶどう園、安曇野池田ヴィンヤードといった2つの自社畑もあります。これらすべてのブドウを使って生産できる限界量が、3万ケースなのです。

生産量を増やすため畑を探していたところ、北斗市の25㌶の土地を借りられることになりました。そうして開園したのが「北海道北斗ヴィンヤード」です。自社畑では最も大きく、今年5月14日に第1期のブドウの苗を植え付けました。

順調にいけば、生産量は1万ケース分増やせる見込みです。ぜひ成功させていきたいと考えています。

われわれはワイン事業をビール事業に次ぐ「第2の柱」に位置づけています。北海道のみなさまはクラシックもそうですが、地元でつくられた商品をとても大切にしてくれる。北海道で採れたブドウでつくられたワインを、お客さまに広く届けていきたいと思っています。

=ききて/松田尚也=