「情報を先取り、タブーに挑戦」を編集方針とし、生活者・企業経営者に
最新かつ有益な情報価値をご提供する、北海道の地域政治・経済誌

ロゴ

トップページ > インタビュー

Interview

このエントリーをはてなブックマークに追加

“省・小・精”の技術でイノベーションの追求掲載号:2009年11月

photo

松原康博 エプソン販売取締役サービス・サポートセンター長

(まつばら・やすひろ)1956年2月26日生。留萌管内苫前町出身。東京電機大学卒業後、バロース(現日本ユニシス)入社。85年、エプソン販売入社。2000年同西日本ビジネス営業本部副本部長。05年取締役首都圏ビジネス営業本部長。07年取締役ビジネス特販営業本部長。08年取締役特販営業本部長。09年4月から現職。
エプソンブランドの国内マーケティングを行う「エプソン販売」。1983年の誕生から四半世紀、常識を覆す新発想で新たな業界のスタンダードを創造し続けてきた。同社の歴史は挑戦の歴史。まさに同社の歴史をつくってきた1人が松原康博氏だ。

新たな可能性を求めエプソン販売に転身

――エプソン販売への入社は1985年になるんですね。
松原東京電機大学卒業後は「バロース」(現日本ユニシス)に就職しました。そこで6年、汎用機の営業をしていました。  ――技術者で入ったわけではなかった。
松原本当はSE志望で受けたんですが、面接のときに「お前はどう見ても営業だ」ということになって (笑)、営業部に配属になりました。ただ当時の営業は「営業SE」といって半分SEみたいなもの。お客様の要望を聞いて、営業が簡易的なプログラムを組ん だりする。そういう意味では、よりお客様に近いところで技術的なところを生かせました。
――顧客からは重宝がられたのでは。
松原人と人とのコミュニケーションがより強い時代です。私は人なつっこく懐に入っていくほうですから、受け入れていただいたお客様には可愛がられたと思います。
こんなことがありました。私がシステムを納入していた企業がコンペをして、ある国内大手メーカーに置き換わろうとしていた。担当者からも「今回は申し訳 ない」と言われていて、これはまいったなあと。それでも先方の社長決済が出る1週間ほど前、その担当者から国内大手との違いはないかと聞かれました。特別 うちのシステムが優れているというわけではないので答えに困ったんですが、一言だけいったのは「営業が違います」と。そうしたら1週間後に電話があって、 いろいろ検討した結果、やはり継続でいくという話をいただいたこともありました。
――当時はどういう分野の顧客が多かったんですか。
松原卸売業をベースに回っていました。当時はパッケージの製品を一部カスタマイズしていくというのが外資のやり方。一方、国内メーカーはオーダーメード的にお客様の要求を全部取り入れるという営業でした。
――エプソン販売への転身は。
松原82年に「信州精器」が「エプソン」と社名が変わり、そのエプソンが国内販売会社「エプソン販 売」を立ち上げるという情報がありました。販売網をきちんとつくり上げ、拡大路線でいく。そのために営業を含めて人を入れようと。83年にエプソン販売が 設立され、84年に中途採用と新卒者が入って本稼働を始めました。私も新しい可能性を求めて85年に入社したということです。この年、諏訪精工舎とエプソ ンが合併して「セイコーエプソン」となりました。当時のエプソン販売はセイコーエプソンからの出向者が半分以上を占めていました。
――売るものがガラッと変わった。
松原そうですね。バロースでは汎用のワンシステム、安いものでも5000万円から1億円といっていたところからみると、プリンターとか携帯情報端末のハンドヘルドコンピューターとか、金額的にも非常に小さいものになって、最初はびっくりしました。
――戸惑いは。
松原もちろんありましたが、私が配属になったのはハンドヘルドコンピューターを業種展開でアプリケーションをつけて販売するという「特販」というチーム。システム的なところを含めては、まったく畑違いということではありませんでした。  ――現在エプソンの主力は、プリンター、プロジェクター、水晶デバイス
・センサーというところですか。

松原そうですね。個人向けインクジェットプリンターのシェアは半分程度でしょうか。国内のインクジェットプリンターはキヤノンさんとエプソンの2社で圧倒的なシェアを持っています。単純に2人に1人の計算。これは誇れる数字だと思います。
――プロジェクターは。
松原14年連続国内シェア1位を維持しています。

「すべては時計に通ずる」という固い信念

――エプソン製品は精密機器の出身からして微細技術というか細加工技術が優れています。
松原「すべては時計に通ずる」ということなんです。たとえば主力製品であるプロジェクターには液晶の技術が生かされています。なぜ液晶がエプソンの中にあるのかというと、時計の表示を「より省エネで表示できるように」というところで行き着いたのが液晶だったんです。
いかに省エネで、いかに小さく、いかに精密にという“省・小・精”の技術が、時計をベースに築き上げられているなというのは多々あります。
――たとえばほかには。
松原プリンターのインクジェットのヘッドには小さい穴があいています。印刷には真円を打たなければな りません。ところがレーザーで加工すると真円にならない。そこで時計の技術職人が何をしたかというとプレス加工。要するに極細の針金を打ち抜いてしまえ と。エプソンの微細技術はそういうところにも生かされています。
さらに、その極小の真円を何マイクロという範囲できちんと動かさなければいけません。こうした正確性も時計からきていると思います。
現社長の平野精一がまだ事業部にいたとき「これからわれわれは写真の世界に入っていくんだ」という話を聞いたことがありました。もちろんプリンターのこ とです。最初、どうにも私にはそれがピンとこなくて。当時のプリンターからすると、写真のような印刷などということは到底イメージできませんでした。それ があれよあれよという間に世界を変えてしまった。自分の会社でありながら、それはすごいなと思います。
――エプソンが追求してきた省・小・精の技術は、まさに時代のニーズにマッチしてきたと感じます。というより時代がようやく追いついてきた。
松原メーカーとしてエプソンの強みは何か。省・小・精にフォーカスを当て、そこに資源を投下してきま した。今後もそれは変わりません。時代背景もまさにそうです。経済全体が伸びているときは“あれもこれも”となりますが、状況が厳しくなってくると自分た ちは何で生き残っていくのかという取捨選択の話になります。エプソンは今後とも省・小・精をキーワードにイノベーションの追求に邁進します。

=ききて/構成 鈴木=