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Interview

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沖縄の未来は自分たちで決める掲載号:2015年9月

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富田詢一 琉球新報社社長

自民党が6月に開いた勉強会で作家の百田尚樹氏が「沖縄の2つの新聞は潰さないといけない」と発言。大きな批判を浴びた。普天間基地の移設問題で政権批判を強めている琉球新報社のトップは、どんな理念で140万県民を引っ張っているのか。

辺野古移設反対は沖縄県民の総意

――琉球新報の歴史は古いですね。

富田 1893年9月15日に沖縄初の新聞として創刊しました。今年で123年目です。1940年、政府の戦時新聞統合で沖縄朝日新聞、沖縄日報と統合し「沖縄新報」を設立。戦後、米国統治下での「ウルマ新報」「うるま新報」を経て、1951年のサンフランシスコ講和条約締結を機に題号を「琉球新報」に復題し、現在に至っています。

――富田さんは何代目の社長になるんですか。

富田 22代目です。2010年6月の就任で、社長業も6年目になります。

――本州から見ると沖縄も北海道も辺境の地なのでしょうが、沖縄から北海道はどう見えていますか。

富田 北海道には先住民族であるアイヌの人たちがいますね。歴史の中で大変な苦労もされている。3年ほど前、青森で新聞大会があって、私は八甲田山の中腹まで行きました。

八甲田山といえば1902年の日本陸軍雪中行軍遭難事件が思い起こされます。その際、遭難した兵士たちの救助に、雪に慣れているということで、相当数のアイヌの人たちが捜索にあたっていた。そうしたことを私たちはあまりに知らな過ぎると思いました。

同様に沖縄はどうか。かつて琉球王国であった時代が長く続き、日本に組み込まれる「琉球処分」があったのは165年前のことです。それ以前の琉球の歴史や文化を、本土の人たちはどの程度、理解しているのか。甚だ疑問です。

13年4月に菅義偉官房長官が来県し、当社も訪問された。その年の4月28日には、サンフランシスコ講和条約が1952年4月28日に発効し、日本の主権が回復した日だとして、政府主催で記念式典をおこなうという時でした。沖縄からすると4月28日は、米国の長期占領が始まった〝屈辱の日〟です。沖縄が日本から切り離されたその日に、主権回復を祝う行事をするという政府の歴史認識に大変な違和感を覚えました。菅官房長官にも記念式典には県民の反発が強いということを直接申し上げました。

――沖縄戦では守備隊として北海道から行った兵士が1万人以上も亡くなっています。

富田 沖縄戦の戦死者は20万人を超えます。うち兵士は8万人くらい。ほかは一般住民です。北海道から守備に来た兵士がそんなに多かったというのは、本土の人間は、たぶん知らないでしょう。

――沖縄が日本に復帰して43年たっていますが、実は何も変わっていないのではないでしょうか。

富田 港湾や道路など、見た目の社会インフラは見違えるほど整備されましたが、やはり米軍基地のありようがあまり変わっていません。普天間飛行場の代替施設を辺野古につくる理由について、日本政府は「抑止力の維持のためだ」と言うのですが、沖縄県民の総意として辺野古はダメだというのは明らかです。昨年1月の名護市長選挙に始まるさまざまな選挙で勝っているのは、全員が「辺野古移設反対」の人たちです。

とりわけ昨年12月の衆院選に至っては、自民党の4人の候補が全員小選挙区で落選しているわけです。ここまで民意がはっきりしているにもかかわらず、政府は基地建設を強行しようとしている。

――沖縄の人は抑止力をどう考えているのですか。

富田 ここに大きな誤解があると思います。私たちも抑止力がいらないとは言っていない。ただ、仮に普天間が返還され、普天間の機能がゼロになっても、沖縄には極東最大の米軍基地である嘉手納飛行場があり、原子力潜水艦が出入りするホワイト・ビーチなどもあります。普天間がなくなったとしても抑止力は十分すぎるくらいあるのです。

6月下旬、自民党の勉強会で作家の百田尚樹さんの発言として、普天間飛行場の周辺はもともと田んぼしかなくて、わざわざ基地の周りに人が集まってきて今の危険な状態になったなどと言っていましたが、まったくの間違いです。

もともと、普天間飛行場のあった場所には、役場があり、郵便局があり、人々の暮らしがありました。それを銃剣とブルドーザーで強制的に立ち退かせ、米軍が飛行場をつくった。ですから、そもそも国有地だった嘉手納飛行場や、自衛隊に返還された那覇飛行場などとはまったく違う。

ただ、事実に反することでも百田さんクラスの人が発言すれば、信じてしまう人もいるでしょう。ですから、そこは違うと、はっきり言っておきたい。

沖縄経済にとって米軍基地は足かせ

――米軍基地はあってもいいと。

富田 沖縄の人たちは、すぐに米軍が撤退すべきとは考えていません。いま切実に思っているのは、普天間基地の辺野古移設は絶対反対だというこの一点です。基地を全部返せとか、米国人はすべて出ていけと言っているわけではないのです。そこにも誤解があると思う。

――沖縄の人は「基地で食べている」という話をよく耳にします。

富田 これも大変な誤解です。たとえば米軍牧港住宅地区195ヘクタールは1987年に返還されました。現在は那覇新都心地区と呼ぶエリアです。返還前には168人の基地従業員が雇用され、年間6億円の基地関係収入がありました。生産誘発額いわゆる経済効果は年間57億円でした。

返還後、この地区は複合商業施設が林立する県都屈指の商業エリアとなり、さらには国の主要機関、各金融機関、NHK那覇放送局などが立地。沖縄を代表する高級住宅地や移住者を引きつける高級マンションなどが立ち並んでいます。現在の生産誘発額は1624億円。返還前の28倍です。雇用者実数も1万5560人。こちらは93倍です。

嘉手納飛行場に隣接する北谷町の「桑江・北前地区」は、かつて米海兵隊のヘリコプター部隊の拠点だったバンビー飛行場42・5㌶とメイモスカラー射撃訓練場22・9㌶が81年に返還されました。これらの地域には若者に人気のスポットとなる複合商業施設やシネマコンプレックス、アメリカンビレッジと呼ばれる米国西海岸をイメージしたショップ街、プロ野球がキャンプを張る野球場、国際ブランドのホテルなどが次々と建設されました。返還前の生産誘発額3億円に対し、返還後は110倍の330億円です。すべての基地がそうだとは言いませんが、いまや基地があることのほうが経済にとって足かせになっているのです。

――辺野古に基地ができると、そこは恒久化、拠点化してしまうということになるでしょうね。

富田 埋め立てたところは国有地になり、そうなれば何百年も残るでしょう。

私は軍の専門家でも何でもありませんが、素人の私が考えても辺野古に飛行場ができれば港もつくることになると思います。もちろん、政府は認めていませんよ。でも、現実には揚陸艦が接岸できるほどの埠頭も整備されるでしょう。

ただ、私たちが第一義的に考えているのは、辺野古のきれいな海を守りたいということです。絶滅危惧種に指定されているジュゴンが何度も目撃されている海です。基地建設は取り返しのつかない環境破壊を伴います。こんな暴挙を許すわけにはいきません。

――そもそも普天間飛行場は必要ないと。

富田 よく言われることですが、沖縄県は日本の国土の0・6%しかありません。そこに在日米軍施設の73・8%が集中している。仮に普天間飛行場を県内から撤去したとしても73・8が73・4になるだけです。わずか0・4%しか減らない。その0・4%を返してほしいというのが無理難題でしょうか。ささやかなものではありませんか。

少しくらい米国に嫌われたっていい

――それでも政府は辺野古移設を強行しようとしています。それはなぜだと思われますか。

富田 政府は沖縄に基地をひとかたまりにしておいたほうが都合いいのでしょう。そして、米軍も沖縄の居心地がいいんだと思います。県民は米兵に対しても一人の人間としてつきあいますから、極めてフレンドリーです。ここにも誤解があると思いますが、沖縄県民全員が、米軍や米兵が嫌いかというと、決してそうではありません。民間レベルで交流はあるわけです。米兵にとっても沖縄は住みよいまちなんだと思います。

――日本が、いわゆる「思いやり予算」をやめると、米軍は撤退せざるを得ないようにも思いますが。

富田 それは沖縄だけでなく大変な問題になります。三沢、横田、横須賀、岩国、佐世保等々、国内全部の米軍基地に及ぶ問題です。米軍も認めないでしょう。彼らがいったん取得した権益みたいなものですから。

沖縄が非常にいびつなのは、民間業者による米兵向けの賃貸住宅というのが結構あって、家賃が月25万円というような、米兵以外借りられない高級住宅があるんです。実はその家賃も思いやり予算で賄われている。

――沖縄の家主に日本の予算がつぎ込まれているということですね。

富田 「外交・防衛は国の専権事項だから地方は黙れ」というのが国のスタンスです。安倍政権もそう。今般の安保関連法案にしても、いったいどこまでアメリカについていくのかと思います。仮想の敵をつくっては軍備を強化する。では実際の敵はどこにいるんだというと答えられない。参議院の議論では中国の名前が出てきましたが、中国だって国連安全保障理事国ですよ。他国をいきなり侵略するなどということは、あり得ないでしょう。

――安保法制の議論を沖縄の人はどう見ていますか。

富田 まさに日本が危険な方向に流れていると感じている人が多いと思います。沖縄にはあれだけ悲惨な地上戦を体験された人が、いまもお元気でいらっしゃいます。絶対、拙速な結論を出してはいけないと思っています。

集団的自衛権の問題で、政府が後方支援と言ったところで、敵から見れば明らかな軍事作戦、戦闘行為であるわけです。

そんなことをするより、どうしたら隣国と仲良くできるのか、世界と仲良くしていけるのかと考えていかなければならない。少しくらい米国に嫌われたっていいじゃありませんか。

――戦後70年たってもアメリカに従属している日本。情けなくなります。

富田 まったく主権回復ができていないと思います。それは領土問題に限らず、本当に独立した外交ができていないということです。

百田発言で全国から購読の申し込み

――メディアの話になりますが、沖縄で実際に起こっていることが中央ではまったく触れられないか、触れられたとしても、意図的かどうかはわかりませんが、小さく扱われる。結局、実像がよく伝わらない。そうした在京メディアについてどうお考えですか。

富田 沖縄の問題はすでに過去のものという認識が、とりわけ在京の大手メディアの中にあるのだと思います。しかし、沖縄にはいまも140万県民が生きている。われわれは共同通信に加盟し、北海道新聞を含め地方紙が理解を示してくれて、沖縄で何か起きると沖縄2紙の社説を転載していただけるなどの協力関係にあります。

――百田さんの「沖縄の2紙は潰せ」発言の反響はありましたか。

富田 全国から「琉球新報を取りたい」という購読申し込みがきています。やはり首都圏が多いようですが、これはありがたい。あの発言のおかげで逆に読者が増えたんですから(笑)。

――6月23日におこなわれた沖縄全戦没者追悼式で安倍首相のスピーチに対して「帰れ」などのヤジが飛んだそうですね。大手マスコミでは、あまり報道されていませんでした。

富田 あのヤジについて「動員された人の仕業だ」ということを誰かが発言していました。うちの記者がヤジを飛ばした本人に取材していますが、特別ではない普通の人でした。慰霊の式典で一国の首相にヤジを飛ばす。まずあり得ないことです。私も現場にいましたが、あまりにも県民の意思を無視した政府の姿勢に業を煮やし、自然に出てきた怒りという感じでした。

――辺野古移設反対の運動は、いまも続いているんですよね。それすら沖縄県外の人はわからない。

富田 一部の雑誌などには「県外から来たプロの活動家が反対運動を煽っている」と書いているのですが、確かに県外の人もいます。では、沖縄の人だけが反対運動をやればいいのか。本土から来て運動することの、どこが悪いのか。もっとたくさんの人が沖縄に来て、現実を見てほしいと思います。プロに煽られるなんて、失礼な話です。沖縄の人はそんなに愚かじゃありません。逆に、あまり過激なことをするなとたしなめるほうです。それは「非暴力」の思想です。米国の軍政下27年の間に培われた、いわゆる沖縄の人たちの魂とでも表現したらいいのか。銃剣を持っている人に対して抗議しようとしても太刀打ちできない。非暴力に徹してこそ基地反対運動をリードすることができるのです。

建白書を一顧だにしない日本政府

――琉球新報では昨年5月から「道標求めて」という連載を始めていますね。テーマは「沖縄の自己決定権の確立」すなわち「独立」だと思うのですが、この連載は富田さんが指示されたのですか。

富田 もちろん、社内議論をした上での連載ですが、実際はそうです。

――その背景にあるのは。

富田 13年1月28日、沖縄県の全41市町村の代表者らが首相官邸に赴き、オスプレイ配備撤回と普天間基地の県内移設断念を求めた「建白書」を安倍首相に手渡しました。建白書には県下すべての市町村長、議会議長、県議会議長らが署名しており、まさに沖縄の総意を示した歴史的行動でした。しかし、政府側は一顧だにしませんでした。民主国家でそのようなことがあり得るでしょうか。

では、私たちはこれからどうするべきか。沖縄の未来を自分たちで決めるべく、新たな道を探るべきではないのか。沖縄には140万の人口があります。WHO(世界保健機関)加盟194カ国と比べると146位。逆にいうと100万人を超えない国が40カ国以上存在するということです。面積で見ると沖縄は183位と低いのですが、1人当たりの所得は42位。決して小さくはありません。

――県内で独立論は浸透していますか。

富田 まだまだです。そう簡単でないことは、みんなわかっていますから。まず自立的な経済をどうやってつくり出すか。そして、それをどう沖縄の人に理解してもらうか。官の経済指標ではなく、民レベルで自立するためには、どういう数字を出して、どうすればそれが可能なのかを示していく必要があると思います。

――仮に独立したら、すぐさま中国に支配されるという人もいます。

富田 1カ月ほど前に中国の駐日大使、程永華さんと話す機会があって、沖縄が独立したら中国は侵攻してくるのかと聞いたんです。すると程さんは、中国の何千年という歴史の中で他国を植民地化したことはないというお話をされました。

沖縄が半径1500㌔くらいの都市と学術や文化・芸能で交流する場になれないものかと思います。そうすると台北、上海はもちろん、ソウル、香港、マニラなど、とかなりの地域が含まれます。そして、東京ではなく沖縄に集まって交流する。沖縄はそういう方向に進めていったほうがいいと思います。

=ききて/鈴木正紀=