「情報を先取り、タブーに挑戦」を編集方針とし、生活者・企業経営者に
最新かつ有益な情報価値をご提供する、北海道の地域政治・経済誌

ロゴ

トップページ > インタビュー

Interview

このエントリーをはてなブックマークに追加

今こそ新しい価値観が必要だ掲載号:2011年7月

photo

中村敦夫 元参議院議員/俳優/作家/脚本家

 産業革命から始まった近代。無限の経済成長を追い求めた結果、その原理の致命的欠陥ゆえに、人類は先の見えない闇の中にいる。この危機からどう脱出するのか。その答えを示す『簡素なる国』を上梓した中村敦夫氏を訪ねた。

経済成長至上主義を突っ走った近代

――中村さんはこの4月に、講談社から『簡素なる国』を上梓されました。
中村 人間だれしも晩年がやってきます。私はいま71歳ですが、60歳代の後半になったころ、自分が生きた時代と世界はどんな形をしていたのか総括したい気分になりました。私は俳優、脚本家を本業としながらも、小説や社会評論を書いたり、情報番組のキャスターとして世界中を駆けめぐったりしてきた。最後は政界に乗り込み、環境政党をつくろうともしました。こうした経験を通じて考えたこと、学んだことを整理しようと思ったのです。
ちょうどそのころ、議員時代からの知り合いだった同志社大学の教授から、大学院で講義をしてほしいという依頼がきました。これは私にとって絶好の機会で、この講義を利用して自分の考えをまとめることにしました。他者に講義する以上、伝えるべき価値のある内容でなければなりません。そのストレスを自らにかけ、90分の講義を年に14回、それを2007年から3年間、続けてきました。
『簡素なる国』は、その講義のまとめのような形をしていますが、もともと出版の前提はありませんでした。自分の頭を整理するため、膨大な講義録と資料と格闘しながら、少しずつ文章にし始めた。集中してそればかりをやっていたわけではありませんが、第一稿を完成させるまでに、かれこれ1年半かかりました。
講談社から出版の話をいただいたときは、一瞬緊張しました。もし出版するとなると、大きなテーマの本を出すのはこれが最後になるだろうと予感したからです。世界観のようなものは、簡単に何冊も書けるものではないし、年齢による気力、体力の劣化は防ぎようもない。だったら悔いが残らないようにと、手直しに丸3カ月をかけました。
――内容が多岐にわたっていますね。
i2中村 とにかく行動領域が広いというのが私の人生の特徴です。必然的に私の講義は歴史、経済、政治、哲学、宗教と勝手気ままに飛びまわり、一見体系がないように見えるかもしれない。しかし、私の授業が対象とする世界は球体のような姿をしている。私はその空間のあちこちに拠点をつくり、言葉という弾丸を放ちました。しばらくそれを続けていくと、どこから発射しようとも、弾は同じターゲットに向かうことに気づいた。それは「近代の終焉」でした。
――近代ですか。
中村 近代は18世紀後半の産業革命の時代から始まります。それ以前は農業社会、そして自然と共生する社会でした。ところが産業革命以降は、自然から資源を収奪し、環境を破壊するような時代になったわけです。「経済成長至上主義」という旗を掲げ、20世紀前半に爆発的な開花を見せました。しかしながら、その原理の致命的欠陥ゆえに、その後、急速な衰退の道をたどっています。確かに、われわれの利便性は非常に高まった。一方で、それを帳消しにするような悲劇がどんどん生まれている。私はこの状況を、人類を閉じ込めている「四面の壁」と表現し、4つのテーマを取り上げて説明しました。それは「戦乱の拡大」「環境破壊」「人口爆発」「近代経済の崩壊」です。ここからどう脱出するか。この本で私なりの答えを出しています。
――反響はどうですか。
中村 今の出版界も、どうやったら儲かるかみたいな目先の話ばかり。そういう時代だから、この原稿を本にするのは無理だと思っていました。そもそも近代と対決している内容です。でも出版社が「これでいきたい」というので、私の方がびっくりした。もちろん、爆発的に売れるような本じゃない。だけどさまざまな分野の人が反応してくれるという不思議な現象があって、口コミでじわじわと売れているようです。

産業革命で爆発的に増えた世界人口

――この本の最終校正をしているときに東日本大震災が起こったそうですね。
中村 予想をはるかに超える巨大津波で沿岸のまちは壊滅。また環境団体が懸念していた通り、福島の原子力発電所が次々と重大事故を起こしたあげく、放射能汚染が広域化している。自然の脅威に対して近代社会がいかに脆弱であったか。まさにこの本はこうした近代社会の内実に言及しているものです。
――この震災で日本も変わらざるを得ないのでは。
中村 これは日本だけを見ていてもだめです。近代が今、終わりつつある。その先はあるのか。それとも人類も近代と一緒に終わってしまうのか。そういう問題なんです。
まさに目の前に核という問題がある。原発は人類存亡の“地獄門”だと思っています。それと遺伝子組み換え食品。この2つは収拾つかない。人類が滅びるならここからいくでしょう。つまり科学技術信仰というものが制御できないものまでつくり出し、自ら報復を受けるというパターン。だから地獄門なんですよ。
原発は世界に何百基もあって、廃棄物も約30万トンも出ている。廃棄物は始末されたわけではなく、今でも放射性物質を吐き出し続けています。それは何万年、何十万年と止まらない。最終的には放射性物質が地球上を覆ってしまう。そういう未来がはっきりしているのに、原発をつくり続けている。福島レベルの事故があと3つ4つ起きたら、その時期は非常に早まるでしょう。
――環境破壊も深刻です。
中村 資源は有限なのに、無限の経済成長を求めるという、人類はとんでもなく理屈に合わないことをやっています。木々は伐採され、石油でも鉱石でも採掘し尽くしてしまう。そして有害物質をどんどん使って製品をつくる。近代的生活というのは環境汚染を拡大しているわけです。簡単に言えば産業重視で大量生産ですから、いらない物までどんどん買わされる。浪費経済でゴミになるようなものを大量につくって、最後は燃やす。ダイオキシンが大気中に放出され続けます。
さらに人口爆発。なぜ人口が増えるのか。近代は人口増が善だということできているからです。なぜ善なのか。無限の経済成長だからです。たくさん人口がいたほうがパイも多くなる。もっと資源収奪をしなければならない。環境破壊は加速する。食料危機も迫っている。種の爆発は絶滅につながっています。同じことが人間にもいえる。
――全部つながっている。
中村 人間が増え、みんなで経済競争をやるからエネルギーは必要不可欠。そうすると従来のものでは足りないから原発でいこうということになります。
世界の人口はこの230年で、実に13倍になっています。なぜ230年かというと産業革命の時代にさかのぼるからです。それ以前の世界人口は5億人で1万年間、一定していた。それが今や65億人。これが2050年には90億人まで増えると予測されている。これはもうやっていけない。こういうことがリアルなテーマになって戦争も起こるでしょう。
最後は経済です。実物経済からマネタリズムへアメリカを中心に全部変わり、投機家が世界の権力を握るようになってしまいました。何もつくらない連中が世界の金融を動かしている。しかも博打(ばくち)です。金融経済というのは実態がなくて八百長がつきもの。年中バブルを起こしていないと動かない。それの出し抜き合いを一部の人間がやっていて、世界を混乱させている。
そういう連中は実態と何も関係ないですから、1つの国を潰そうが潰すまいが、数字だけ上がればいい。いろんな理由をつけて、石油がなくなっただの、穀物がなくなっただの、実態と何ら関係ないような嘘をついては、投機のネタにする。儲かるのであれば戦争だって辞さない。こんな博打うちがやっている世界が続くはずがありません。

少欲知足とローカリズムへの転換

――この危機からどう脱出するべきだと。
中村 近代が終わる今こそ、新しい価値観が必要です。近代の価値観は、何でもいいから大きくすればいいというもの。そうではない。むしろ小さいほうが現実に合っている。大国になってはいけない。大量生産は粗雑な化学薬品を詰め込んだような安売り大会になってしまって、人間に害を与えることになる。
たとえばGDPが10%上がったから万歳だと経済学者が言っても、誰が実際に恩恵にあずかっているのか。その証明は何もないんです。会社によっては給料が下がったりしている。架空の数字ですよ。
もっといえば、経済成長10%ならば1万円の資産を持っている人は1万1000円になる。1000円資産を持っている人は1100円になる。前は9000円の格差だったものが、10%上がったことによって9900円と格差が広がる。私に言わせれば、経済成長とは格差を広げるだけのもの。決して人を幸せにするものではない。
小さいほうがいいという基本的な発想、価値観は仏教につながっています。「少欲知足」。少ない欲望を満足させることで幸せになる。量よりも質が問題になるという価値観の転換です。そして「グローバリズム」から「ローカリズム」への社会システムの転換。これしかないと思います。
――神教が席巻しているような世界では、なかなか難しいでしょうね。
中村 いろんな宗教家がいて、それはそれで尊敬しますが、基本的に環境破壊を促しますよ。つまり神の次に人間が偉いと勝手なことを決めているわけだから、その他のものはどんどん破壊してもいいということになってしまう。逆に仏教はなるべく命を取るな、殺生を最低限に抑えよと言っている。それは因果という言葉でも表されます。すべてが連なり、互いに影響を与えながら全体が構成されているという考え方です。
――中村さんには、北海道はどう映っていますか。
中村 経済的にはいつも厳しいと言われるけど、自給自足できるのは北海道だけじゃないのかな。それは非常に重要だと思いますよ。
――確かに食料自給率は200%あります。
中村 それは強みでしょう。食料とエネルギーが自給自足できれば誰の世話にならなくてもいい。あとは文化を大事にする。そして、浪費が幸せだという価値観を改められればいい。北海道は一番いいでしょう。
――北海道にはアイヌの文化も脈々とあります。まさに自然とともに生きるという文化です。
中村 そういうことを考えていたのが元首相の大平正芳さんです。「日本田園都市構想」という非常にスケールの大きい話をしていました。三十数年前です。もう経済成長はいい、これからは持続させるだけでいいと。そして、地方には30万人とか40万人の都市があって、その周りに田畑があり、それを里山が囲んで、そこに住む人々が協力して自然と伝統を守る。
グローバリゼーションの先にはローカリゼーションが見えています。それは身近で小さな地域ほどやりやすい。大量生産は不用なので、機械や科学の導入はほどほどにして、その土地を愛する人々が協力し、人間力を最大限に発揮して生活環境を整える。こうした主張を「実現不可能の理想主義」と一笑に付す向きもあるでしょう。しかし、これ以外に直面している危機を脱する方法はあるでしょうか。

=ききて/鈴木正紀=