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Interview

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「自殺は他殺だ」と私は言い続ける掲載号:2013年4月

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上野正彦 元東京都監察医務院長

 凄惨ないじめにあった滋賀県大津市の中学2年男子の自殺、体罰問題がクローズアップされた大阪・桜宮高2年のバスケット部主将の自殺など、痛ましい事件は後を絶たない。監察医として2万の変死体を検死してきた上野正彦氏は「自殺は他殺だ」と断言する。

苦悩し続けて結論をくだすのが自殺

――昨年末に『自殺の9割は他殺である』を上梓されました。見事に本質を突かれていると感銘しました。
上野 ありがとうございます。新聞やあなたのような経済誌の人がちらほら取材に来てくれますが、教育界からの反応がいっさいありません。私としては教育界からの声をちょっと期待していた。というのも、この本を書くきっかけは、昨年発覚した滋賀県大津市の男子中学生の自殺だったからです。事件自体は2011年の10月に起こっていますが、凄惨ないじめの内容や学校・教育委員会などの対応が明るみに出たのは昨年の7月です。いじめた側の「俺たちは関係ないんだ」という態度は許せません。「自殺は他殺だ」という表現はちょっと乱暴だから言うのをやめていましたが、言わざるを得なくなった。
i2――上野さんが最初に「自殺は他殺だ」と感じたのはいつですか。
上野 私は1959年に東京都監察医務院の監察医になりました。東京は人間のジャングルです。医者にかかりながら病気で死んだ人以外は、すべて変死体あつかいになります。だから交通事故でも、路上で倒れていても、自宅の布団の中で死んでいても変死体。東京都の場合、それは監察医が必ず検視します。
私が40代半ばの頃のことです。ある老人の検死をしていました。その老人は息子夫婦と同居していましたが、あるとき首を吊り、自ら命を絶ちました。自殺の原因について息子夫婦は、幸せに暮らしていたはずですから動機はわかりませんと言います。そして、日頃から神経痛が痛いといっていたから病苦でしょうと持ち出す。嘘です。70年80年と人生の荒波を乗り越えてきた人が、そんな薄弱な理由で自殺などしません。
高齢になると第一線から退き、収入の減少に加え、身体機能の低下もあって、家族の重荷となり疎外される。息子夫婦は日頃から親を負担に感じていました。つらく当たっていたことも想像に難くありません。信頼する身内から厄介者とされ、疎まれる。それが老人にとっては耐えられない孤独でした。  ところが死の直前に記された遺書には「長らくお世話になりました」と一行あるだけで、息子夫婦への恨みつらみは一言も書かれていません。生きるべきか死ぬべきか、半年も1年も前から苦悩し続けて結論をくだすのが自殺です。一緒に生活していて、その気持ちが見抜けなかったのか。
立派な遺書ですね、と私が呟くと、息子は事実を隠したことを反省したのか、涙を浮かべながら無言のまま頭を下げました。家族の温かさ、思いやりがあれば老人は自殺しなかったと思います。老人は自分で命を絶ったので自殺に分類されます。しかし、その動機を見れば周囲の環境に追い詰められての行動で、他殺に等しいのです。
――まさに子どものいじめ自殺も同様です。
上野 私が現職だった昭和の時代は、子どもの自殺はあまりありませんでした。平成に入って、中学生の自殺が出てきてびっくりしてしまった。なぜかというと、自我の確立がない子どもが自殺をするというのはおかしいと思ったからです。  監察医時代、こんなことがありました。小学6年生の子どもが母親と心中した事件です。私は母親による無理心中、つまり母親は自殺だが、子どもは母親に殺された他殺だと考えました。しかし、警察は両方とも自殺と判断しました。なぜかというと子どもの遺書があったからです。見ると、確かに子どもの字で「お母さんといきます」と書いてある。でも、小学6年生の子どもが自分の意思で自殺を決断するなどということがあるでしょうか。私は、この遺書は母親に言われるまま意味もわからず書かされたものではないかと異議を唱えました。その結果、この子どもは母親に殺された被害者ということになりました。検視というのは単に死体の状況だけではなく、その背景も見て慎重に判断しなければならないのです。

法医学者は亡くなった人々の代弁者

――実際、平成に入ってから子どもの自殺は徐々に増えています。
上野 いじめによる自殺が多いようです。たとえば大津の事件のように飛び降り自殺をしたとする。そのとき、他殺や事故を示す明確な証拠がなければ、自殺として処理されます。遺書が残されていたりすると、ほとんどの場合、警察は自殺で処理する。仮に遺書の中に誰々にいじめられたから死にますといったことが書かれていたとしても、自分で死を決行したのだから他殺の証拠にはなりません。警察はそれ以上の捜査はせず、事件は終結してしまいます。学校も、尊い命が失われましたと報告するだけ。
残念ながら、なぜその子が自殺しなければならなかったのかという本当の理由は明確にされないまま「悲しい出来事だった」「二度と繰り返してはいけない」というだけで終わっているのが現状です。
自殺にしろ他殺にしろ、1人の尊い命が失われたことに変わりはありません。他殺だと犯人や動機、事件の背景などを徹底的に捜査するのに、自殺の場合は詳しく詮索されないのです。
いじめ自殺の被害者は、いじめっ子によって殺されたに等しいと思います。こうした厳しい表現を用いるのは、あまりにも自殺者の人権が軽んじられていると考えるからです。
法医学者は、さまざまな理由で亡くなった人たちの代弁者でもあります。死体は自ら口を開いて語ることはできませんが、解剖を通して死体と向き合っていると「私は自殺とされていますが、本当は死ぬしかないところまで追い詰められたのです。どうかこの無念をわかってください」と語りかけてくる言葉が聞こえるのです。なぜ自殺するまで、誰も救いの手を差し伸べられなかったのか。とくにいじめや虐待などで亡くなった子どもの死体を前にすると、そうした怒りがふつふつと沸いてきたものです。
――日本の自殺者は、昨年は3万人を割ったようですが、それ以前の14年間は毎年3万人を超えていました。毎日80人以上が自殺している計算です。
上野 世界でもトップクラスです。世界中、老人の自殺が多い。どの国の統計を見ても理由は病苦がトップになっていますが、これは違うと思います。
私は1981年、先の例などをあげて「老人の自殺」について学会で発表しました。1人暮らしよりも3世代同居の老人の自殺率が高く、しかも動機は家族からの疎外だというデータを公開したのです。大きな反響を呼びました。あるとき福祉国家で知られるスウェーデンのある学者と会う機会がありました。老人の自殺は病苦ではないという話をしたら、スウェーデンにはこんな諺があると教えてくれました。「母親は12人の子どもをくまなく育てるけれども、12人の子どもは一人の親をもてあます」と。重く心に響きました。  いずれにせよ、自殺の真相究明はできていないということです。上っ面だけで終わっている。老人の次に多いのが壮年です。やはりリストラでしょう。東京は人身事故のために、しょっちゅう電車が止まっています。必ずしも食えなくなっているから自殺しているのではなく、社会のシステムから追い詰められているのだと思います。「自殺は他殺だ」という意識が一人ひとりの中に芽生えてくれば、自殺は防げると思います。
――監察医時代、30年間にわたり2万体の死体をみてきたそうですが、自殺は。
上野 3分の1くらいだったと思います。私は89年に退官したのですが、その後に執筆した「死体は語る」の中で「生きている人間の言葉には嘘がある。しかし、もの言わぬ死体は決して嘘をつかない」と書きました。さまざまな人間模様を「死」からみてきたのです。
――お父さんは北海道で医師をされていたとか。
上野 私の生まれは茨城県ですが、小学校の6年間は積丹半島の美国で育ちました。父はそこで開業医をしていました。貧しい漁師町でしたから、お金も取らないで診療していたようです。そうやって町に尽くしたということで、亡くなったとき名誉町民として町民葬で送ってくれました。いまも墓は美国にあります。  当時、積丹に旧制中学がないことから、私は兄や姉がいる東京で学校へ通えと家を出され、そのまま東京でいまも暮らしています。

死体所見と殺した証拠が不鮮明

――上野さんは恵庭OL殺人事件法医学鑑定をやられていますね。
上野 事件が報道され始めた頃、弁護士から電話がありました。事件の概要を話され、10リットルの灯油で遺体が真っ黒くなるくらい焼けますかと聞いてきた。そうなっておかしくないですよと答え、それきりになっていた。それから4、5年たって鑑定を依頼されました。
――私も疑問に思うのですが、灯油で炭化するまで焼けるものですか。
上野 着衣の上から灯油をかぶった焼身自殺などでは炭化するまで焼けています。着衣がロウソクの芯と同じ役割を果たしブツブツ燃えている。もちろん、発見が早ければそこまで焼けませんが、恵庭の場合、火が消えるまでかなり時間があったようですから。
――依頼は鑑定書を鑑定するということですね。
上野 そうです。写真や資料を見て。ところがこの鑑定書が非常に不十分。
――たとえば。
上野 犯人は10リットルの灯油をかけている。手や靴などに油がついて、使用した車にその痕跡があるはずですが、調べていない。
――ほかに疑問点は。
上野 死体所見がはっきりしないのにタオルをもって絞め殺したということになっています。タオルでは交差しません。U字形になります。後ろに手をやれば容易に防御できます。資料を見ると被告人のほうが被害者より体力が弱い。それでこんな殺し方ができるのかというと疑問です。
そして、強姦姿勢。何で股を開いた状態で焼かれているのか。普通は股関節や膝関節の筋肉に熱が加わると収縮凝固し、前後に屈曲したいわゆる〝闘士型〟になるのが一般的です。この事件の場合、焼かれる前に股関節は左右に大きく開かれた状態になっていたと考えられます。この姿勢について、納得のいく説明はされていません。
――なぜこんな鑑定書になっているのでしょうか。
上野 警察の言いなりで、警察が誘導した通りに解剖しているからだと思います。当然、一方的な鑑定になる。また、警察の見立てと死体の状況が違っていても、それを言わないのかもしれません。少なくとも私は警察とディスカッションし「死体は語る」の信念で意見を遠慮なく言いました。
――再審はどうなると。
上野 僕は弁護士の伊東秀子さんに言いました。銀行でお金をおろすときは、判子と押した印章が一致しなければおろせない。恵庭の事件は、死体所見と殺したという証拠が不鮮明、すなわち判子と印章が一致しないのにお金がおりてしまっているような事件だと。疑わしきは罰せずという原則に基づいて、再審になることを祈っています。

=ききて/鈴木正紀=