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レバンガ北海道

 
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青野文彦選手(あおの・ふみひこ)掲載号:2016年2月

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1978年10月20日、愛媛県生まれ。松山城南高校入学と同時にバスケットボールをはじめ、青山学院大学に進学。2001年松下電器入社。13年和歌山トライアンズを経て、14年レバンガ北海道入団。01~13年まで日本代表。アジア大会などで活躍。身長210センチ・体重120キロ。背番号31。ポジションはセンター。

身長210センチ、体重120キロ。靴のサイズは35センチ。ナショナルバスケットボールリーグの日本人選手では、最も身長が高い。

小学卒業時にはすでに180センチ以上あった。2015年11月に亡くなった前日本相撲協会理事長で、大相撲第55代横綱の北の湖敏満氏がスカウトにきたこともあるという。

バスケットを始めたのは高校から。それまで、運動経験はほぼゼロだった。

「相撲やバレー、サッカー、野球、ラグビーなどいろいろな学校や部活から誘いが来ましたが、最も熱心に誘ってくれたのが、松山城南高校バスケ部の監督でした」

最初はコートのラインを真っすぐ歩く練習から始めた。筋力トレーニングも道具を使わず、自重だけでおこない、体の支え方、使い方を矯正した。地道な練習に耐え、青野選手は高校バスケ界トップレベルの実力をつけていった。

進学した青山学院大学バスケ部では、4年時の全日本学生選手権初優勝に貢献。卒業後は松下電器(現パナソニック)に入社した。2001年から13年まで、日本代表でも活躍した。

13―14年は和歌山トライアンズでプレーし、14年にレバンガ北海道へ移籍した。

「レバンガからオファーをいただいたとき、家族もいるので、北海道へ行くべきか、相当悩みました。そこで妻に相談したら『あなた1人だったら、どこに行くの』と聞かれました。そう考えると、1人の場合は北海道に自分は行く。妻は『それが答えじゃない』と言ってくれました」

14―15年シーズンは手首を骨折し、今シーズンも前半戦は万全な状態ではなかった。

「今はかなりよくなってきています。後半戦は積極的にシュートを打ちたい。得点を多く重ねるのが、個人的な目標です。また、相手チームの外国人選手をどれだけ抑えられるかが勝敗には大きくかかわってきます。ゴール下の体を張った攻防をぜひ見てほしいです」

オフは家族とともに、道内の観光地を回るなどして過ごしている。

「14年までは単身赴任でしたが、15年から家族が来たので、紅葉を見にいったりしています。先日は阿寒湖にも出かけました。やはり、食事の面など、家族の存在は大きいですね」 (松田)

◎苦手なものは?

「飛行機です。いつまでも慣れません」

◎趣味は?

「子どもたちと遊ぶことです」

◎バスケットの好きな部分は?

「きれいにゴールが決まったときの“シュパッ”という音です」