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レバンガ北海道

 
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桜井良太選手(さくらい・りょうた)掲載号:2009年2月

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1983年3月13日生まれ。三重県出身。愛知学泉大学卒業後、2005年にトヨタ自動車アルバルク入団。07年にレラカムイ北海道に移籍。背番号11。高い身体能力、正確なドリブルや、ボールハンドリング力が武器のポイントガード。

姉の影響  桜井選手のお姉さんは元バスケット選手。当時から地元では有名バスケ少女だった。
「最初はサッカー好きでした。でも、人気があって選手も多い。なかなかレギュラーになれないと感じた時に、姉からバスケに誘われたんです」
当時はスラムダンクが始まる前で、バスケの知名度も低かった。「おかげですぐに試合に出られるようになり、面白さに目覚めました。プロとしてやりたいと思うようになったのはこの時です」
部活漬け 中学を卒業後、全国で戦いたいと考えていた。地元の名門四日市工業高校から誘いがあり入学を決める。
「部活で休みが全くなかったのは少しつらかった。練習して家に帰ってご飯を食べて寝る。そんな高校生活でした」
51得点 桜井選手を、一躍有名にしたのは高校3年のウインターカップだ。元NBA選手の田臥勇太らを輩出した強豪能代工業高校を撃破。1人で51得点を奪う大活躍を見せた。「能代は夏のインターハイで優勝していたので、引退試合のつもりで楽しんでやりました。終わってみたら奇跡的な結果が出てたんです」
ギャップ 愛知学泉大学に進学後は、東海学生リーグ4連覇を達成し、4年生時にはMVPに選ばれた。しかし当時は高校時代とのギャップに苦しんだという。
「高校に比べて練習量が増えた。走り込みがきつくて練習に行くのが憂うつだったこともある」
挫折 トヨタ自動車アルバルク入団後は、新人ながら優勝に貢献。日本代表入りも経験した。07年5月、新たな活躍の場を求めレラカムイに移籍。そこで人生最大の挫折を味わった。
「トヨタ時代は、控えから出ていくことが多かった。最初からスタメンていうのはほとんど初めての経験。司令塔として求められている仕事ができず苦しみました」
オフの日 札幌に来たばかりのころは家にこもりがちだった。最近は友人たちと鍋を囲んだり、ドライブにいったりと気分転換を心掛けている。
「寒がりなんですが、北海道は室内が暖かいし、雪も奇麗。冬が好きになりました」
ファンに向けて 「バスケはスピードのあるスポーツで試合展開も早い。北海道での知名度はまだ低いですが、絶対面白いと思うので是非見に来て下さい」
(安藤健)

血液型:
身長・体重:
足のサイズ:

O型
194cm・75kg
30cm

星 座:
好きな食べ物:
得意なプレー:

うお座
豚丼・ナシ
ドライブイン

趣 味:

車の運転