アスリートインタビュー

北海道日本ハムファイターズ

【斉藤こずゑのファイターズじゃないと♡】谷口雄也氏

プロ11年で開幕一軍、日本一、一ケタ背番号を経験。これらが僕の財産

誰々に似ているところから始まった

 斉藤 現役を引退しました。シーズン終了後から本日(取材日・2021年11月30日)まで、どう過ごされていました?

 谷口 1カ月ぐらいたちましたね。主に鎌ケ谷にいました。22年シーズンに向けた選手たちのお手伝いをしていました。

 生活としては、毎日早く起きて、練習のために体をつくるというサイクルがなくなりました。「これでいいのかな?」と感じることもあります。

 言ってしまえば、僕から野球を奪ってしまったので。野球をしない不安感、反対にもう疲れることがないんだという安心感。いろいろな感情があります。

©財界さっぽろ

 斉藤 セカンドキャリアについては?

 谷口 引き続き、ファイターズと縁のある仕事につければと考えています。10年以上、在籍させてもらった球団にまた違った形で恩返しをしていきたい。

 プロに限らず、指導することにも興味があります。

 引退後、僕が最近、感じたことを球団にお話させていただく機会も頂戴しました。たとえば、鎌ケ谷では自立しなくてはならない若い選手がたくさんいます。でも、自立を目指そうという姿勢が感じられない部分もあります。

 今の若者は一人で行動できない。どうしても群がってしまいます。そこを疑問に感じています。

 一人で練習することができない、人が投げてくれないと打てない、人に投げないと意味がないとか。だったら、いいや、と考える若者が多くて。これはファイターズに限ったことではないと思います。

 球団にはそういうお話をさせていただきました。たとえば、スタッフの数を増やし、もっと若手のサポート体制を見つめ直すことなども、いち案ではないでしょうか。

 斉藤 財界さっぽろの調べでは元チームメートの大嶋匠さんからセカンドキャリアのオファーがあったようですね。大嶋さんと同じ高崎市役所の職員だったとか。

 谷口 ありがたいんですけど、丁重にお断りさせていただきました(笑)

 斉藤 財さつの特集企画にお二人で参加したこともありました。

 谷口 今でも仲よくさせてもらっています。向こうで充実した日々を送っているようですね。いい顔していますもんね。

 斉藤 現役引退を決断した一番の理由はケガの影響でした。肩の状態がよくなったようですね。

 谷口 違和感を覚えたのは、21年の春季キャンプ前でした。キャッチボールをしたときに「あれ?何か変だな」と感じました。

 キャンプインしてからも、オープン戦でも状態があがらないまま、こうしてシーズンが開幕しました。開幕メンバー入りは逃してしまったんですけど、すぐに一軍に昇格しました。

 このとき、肩の状態は確実によくなくて、一軍にいながら、だましだましやっていました。

 試合前のキャッチボールを短い距離でやったり、ノースローでそのまま試合に出たりもしていました。精神的にも結構、しんどかったです。最低限投げられるというくらいでしたから。

 そして、5月にファームに落ちたときに、一度、投げるのをやめてみようということになりました。

 でも、僕自身、17年に膝のケガで長期離脱も経験したので、もう後がないと思っていました。途中離脱はできない。リハビリにはまわれないと感じました。

 球団に「何とか、打つほうだけでもやらせてもらえませんか?」とお願いして、打者に専念しながら、肩の回復を待ちました。その後、少しずつ調子がよくなって、ファームで守備にもつけるようになりました。

 でも、これでは野球選手を続けるのは厳しいかもしれないと感じるようになりました。

 守備はできません。でも、ある程度は走れます。ただ、バッティングで〝お釣り〟がくるかと言われたら……、それよりも守備のレベルが低かったので。

 ボールは捕れるけど、投げられないということが、ものすごくもどかしかったです。

 斉藤 苦しい日々でしたね。

 谷口 シーズンが終盤になると、選手たちは戦力外を受ける時期でもあります。戦力外は選手たちにとって、一番聞きたくない言葉。

 でも、この言葉を野球ファンは使いたがるんですよ。見なきゃいいじゃん、と言われるんですけど、いまSNSの時代ですから、嫌でも目に入ってきます。「あいつ、首じゃない?」とか。

 僕は、そういう情報が飛び交うのはすごく残念でした。ケガをして以降、直近の3、4年は自分の名前を見てきましたから。

 引退したからこそ、話せることかもしれません。なぜなら、大半のファンの方々は声援を送ってくれます。こういう現状も知ってもらいたい。

 斉藤 ファンの多い選手の一人でした。1年目から「きゅん」でしたもんね。成績に左右されず、人気のある希少な存在でした。

 谷口 確かに成績は誇れたものはないかもしれません。でも、プロ人生を振り返って、よかったと感じることは、開幕一軍、日本一を経験したことです。一ケタの背番号をつけたこともですね。これらは僕の財産です。

「谷口って、どんな選手?」と野球ファンが話題にあげてくれたら「名前は知っている」という答えがたくさん聞けるかなと。

 これは僕の頑張りより、ファイターズやメディアのおかげでもあったと感じています。

 誰々に似ているというところから始まったのが、すべてなのかな。そこに追い付け、追い越せではないですけど、僕が頑張れたところでもあります。

(構成・竹内)

……この続きは本誌財界さっぽろ2022年1月号でお楽しみください。


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(たにぐち・ゆうや)1992年6月1日、三重県四日市市生まれ。B型。右投げ左打ち。愛知工業大学名電高校卒。2010年ドラフト5位で北海道日本ハムファイターズに入団。かわいすぎるスラッガーとして注目を集め、「きゅん」の愛称で親しまれる。外野手のレギュラー奪取を期待されたが、17年に膝のケガで長期離脱。21年は肩のケガに泣かされ、同シーズン限りで現役を引退。背番号4。