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2015/03/31(火) 高校教師による言葉の暴力

 息子が経験した教師からの“言葉の暴力”について、母親と思われる人物から長文の告発が届いた。怒りにまかせ、一気に書き上げたような文体。本当にこんな教員がいるのかと目を疑う内容だ。さらに、学校、北海道教育委員会の対応も驚くばかり。原文は実名。

<私の息子はある高校の教師から言葉による暴力を受けて転校を余儀なくされました。転校してから8カ月経過しましたが、息子は今でも夢を見たり、頭痛や吐き気に悩まされ、心の中で消す事ができないでいます。

ある高校教師とは、道南にある公立の●●高校体育教諭(陸上競技部顧問)でO・J氏(以下O)です。息子は中学校に入学してから陸上部に所属し、1学年先輩であるOの長男Kとともに部活動に取り組んできました。その後2013年4月に長男Kは父が勤務する●●高校に進学しました。

10月初旬に私たち親子3人はあるホテルのロビーでOと面談。Oは息子を「●●高校に進学させてください」と私達に言いました。その時Oは「私が指導すれば絶対にインターハイに出場し、陸上のある大学であればどこへでも進学できる」「息子さんの癖を直せば必ず速くなる」「全道11位のやつでさえS大に進学させましたから」と言われ、怪我をして万が一陸上が出来なくなった時の事について聞いたところ「怪我をさせない練習をしますので絶対に大丈夫です」と言われました。

また11月中旬に●●に呼ばれ、下宿時の金額及び生活について話をしました。下宿先での調理をしている人とも話をし、食事は問題ないと判断しました。また、一人一部屋の下宿先、一軒家での共同宿舎も案内され、ここなら大丈夫だと判断しました。

また厚別競技場での練習に誘われ、2回ほど行きましたが、丁寧に教えてくれていた事もあり、その後も、Oから夫へ電話での勧誘及び息子もKから熱い誘いを受けていました。勧誘時にはOは「私の陸上仲間で石川県のS大学の入試等を取り扱う部署に勤務しているのがいるからS大学ならすぐに入学できますよ」と言われたので、私達は陸上で全道11位の良い成績を出せば大学進学は出来るんだなと思い、その言葉を信用し、多少の不安はありましたが●●高校への進学を決めました。

2014年3月に地元から●●へ引越しをし、Oから息子への罵声・怒号はすぐに始まりました。私は言われた言葉をスマホにメモしメールするよう、息子に伝えました。

まずは●●高校入学前に行った東京合宿。息子は足を痛めました。Oはそれが許せなかったのか、次のような言葉を息子に言いました。
「お前みたいなゴミみたいなクズは、●●高校に邪魔なんだ」
「リレーだってお前のせいで終わったんだ。お前分かってんのか」
「もう本当に来るな。お前は頭が悪い。バカ。汚い。クズ」
「これが俺の愛情だ」
「お前のせいで周りのみんなが気分悪い。もう練習にも邪魔だから来ないでくれ」
「先輩たちにも迷惑なんだ、タイムの遅い奴はクズなんだよ」
「お前に●●に来てって頼んだんじゃない。ただ聞いただけだ」
「お前なんて地元の高校に行け」
「もう練習にも●●にも来なくていい。予定を狂わせたりする奴は一番嫌いなんだよ」
「競技に関して、お前はもう使わない。邪魔だ、いるだけで」
「まあ、来ても俺はしらん」
「だからお前はバカだから高校入試の点数○○○点なんだ」
と合宿に参加しているみんなの前で罵られました。

私と夫はこれらの息子からのメールを見て、本当にO先生が?!と信じられない気持ちになりました。しかし、全てOから息子への何かの思いがあると信じ、息子をなだめ早く生活になれるように伝えました。

この合宿中Oは、20人あまりの生徒を合宿所へ残し、夜外出し朝帰り(そして二日酔い)。私達は引率者がO一人だったにもかかわらず無責任な行動に不信感を抱くようになりました。

私達は、不信感を拭い去るべくOと話をしました。すると息子の言っている事とは全く違うものでした。私達は困惑しましたが、当然息子を信用し、息子にボイスレコーダーを持たせました。

東京合宿から帰宅し●●での生活が本格的に始まりました。Oの罵声は日々ありましたが(土下座しろ等)、息子は学校生活にも慣れ、仲間もでき、充実した生活を送っていました。

その時、事件が起きました。

2014年6月4日午後10時過ぎ、Oは●●高校の保護者が経営する飲食店でお酒を飲み帰宅。息子の部屋の明かりが点いているのを見て息子の部屋へ行き、近所中に響き渡るような声で息子を怒鳴りつけました。その時、息子は5日後に控えたテスト勉強中でした。

「てめえのバカ親の教育が悪いんだ。今度の小樽の大会の観客席で大声でケチョンケチョンに言ってやる。てめえのお父さんの武勇伝聞かせてもらったけど、たいした事ねえから。中学校で速かったかもしんねえけどよ、今じゃただのクソじゃねえか。お菓子ばっかり食ってよ。このブタ野郎が、走れるのか?ああっ!ろくに走れねえやつが電気代ムダに使いやがってよ。たいした事ねえ奴が。てめえの親、なんぼ金余ってんだ。てめえ、小遣いなんぼ貰ってんだ?その金、俺が貰いてえわ。てめえのせいで俺らムダに金払ってんだ。その金くれ!お前の親2人今すぐここに呼んで怒鳴りつけてやるぞ。てめえは邪魔なんだ」

この言葉が書かれたメールを見た時、私は唖然とし、すぐに息子に電話しました。電話に出た息子に「大丈夫?何なの?今から行く?」と言うと、息子は「大丈夫」「大丈夫」と声を震わせて言いました。

次の日、息子は前夜Oに言われた言葉と、それまでの出来事を担任に全て告白し、担任は予想もしていなかった事態に驚き、校長・教頭に報告しました。

その頃、私は息子の中学時代の陸上部の顧問でOの長年の友人である中学の先生のもとへ行き、Oにいじめられていた事、昨夜の事を話しました。話し始めて2時間くらいが経過した頃、夫が中学校に来ました。すると「今●●高校から電話があって、息子の手の震えが止まらないし、うつ病の初期症状だったら困るので、これから電車に乗せて帰す、定期テストも受けないでもいいと言われた。それなら車で迎えに行きますと言ったから、これから●●に向かう」と。そして、夜の7時頃、私たちと下の子2人と中学の先生で●●へ出発し、午後9時半頃到着。それから午前零時過ぎまで校長室で話し合いが行われ、Oは昨夜の息子への言動を認め、涙を流す母親に「いつもお母さんを泣かせるような事をしてしまってすいません」と言いました。それと「私は暴力を振るいません。しかし、言葉の暴力は行います。暴力を振るうと退職金が貰えなくなりますから」とも言いました。そして息子も中学の先生に諭され、この先もOのもとで陸上を続けると言いました。息子は次週に行われる定期テストに向けて●●にとどまり、私達は自宅に帰りました。

一見和解したかのように見えた今回の出来事でしたが、次の日から事態はさらに悪化しました。Oの長男を中心としたネット上での息子への誹謗中傷。実生活についても息子を仲間外れにしたり、テレビのケーブル線を盗んで部屋でテレビが見られないようにされたりしていました。

またOの罵声及び暴言もエスカレートしてきて「てめえは、活躍できないから関係ないかもしんないけどよ、こうなったらお前じゃなくて親2人の教育がなってないからこんな奴なんだ。お前みたいの出て行け」と言い、昨夜の話は一体なんだったと思いました。

その後もOは「ほんとによ、いいからもう、お荷物なんだ。バカって言うの、バカってわかるかな?なに言っても通じない、言っても意味ないか」と言い、他には「おまえなら、やっぱりダメだな。頭あんの?生まれたとき頭あった?考えられる頭じゃなくて、怒られてばっかりなかわいそうな頭で生まれてきたの?」と言ってきました。

夫には「あと3カ月面倒を見させてください。それでダメだったら転校させても良いですから」と言ってきました。そこで夫は「そんな簡単に転校なんて出来ないじゃないですか?」と言うと「大丈夫ですよ。簡単に出来ますから」と言ってきました。

そこで6 月14 日に、ある先生と偶然に会って息子の事を相談したところ「早く連れて帰ってきたほうが良い。まだ我慢できているから良いけど、自殺してしまってからでは遅い。すぐに連れて帰ってくるべきだ」と言われましたが、息子は全道大会のサポート係で釧路に行っていました。●●に帰ってくるのは6 月21 日。その時、地元に戻る事(退学する事も視野に入れて)を私達と息子で意思を確認してました。

全道大会中も息子だけが違うフロアでしかも喫煙室に宿泊し、ホテルの人が気を利かせて同じフロアで禁煙室に部屋を移動すると「余計な事をするな、元に戻せ」とホテルの人に言って、また息子だけ違うフロアでしかも喫煙室に宿泊したりしていました。

転校の手続きは●●高校の教頭と担任で話を進めて貰いましたがなかなか進まず、夫と教頭で話をして、夫が「一家転住だとか嘘を言わずにOにいじめられているので受け入れてほしい」と本当の事を転校先の学校に伝えて貰うよう要望して、転校に至りました。それと平行して、私達はこれまで息子とやり取りしたメール等をコピーして一冊のファイルにまとめたものと、ボイスレコーダーを持って北海道教育庁総務政策局教職員課服務管理グループ(以下教職員課)へ行き相談すると、担当の方は「これはひどい。これだけの証拠があれば追い出す事が出来る」言っていたので、私達は息子を精神的に追い詰めたOに何らかの処分が下ると思っていました。

息子の転校は、その後1カ月ほど経過した7月20日頃に決まり、転校の理由について●●高校側から「一身上の都合でと書いてくれ」と言われましたが、夫は「そんな嘘は書けない。体育教師Oのいじめによると書く」と言ったら「それだけはやめてくれ」と言われたので「教師によるいじめ」と書きました。

転校が決まるまでは●●高校の担任の先生といろいろと話をし、「私達もO先生には困っているんですよ。お父さん、がんばってください。」と言われ、私も「転校先にこういう事があったので転校させますみたいのを提出しないとならないので、ファイルを貸してほしい」と言われ貸し出しも行い、「これは完璧な資料ですね」と言われたりしていました。

しかし、転校が決まった途端、●●高校の態度は一変。あれだけひどい罵声・暴言を言い放ったOの事を、●●高校校長はボイスレコーダーで録音した内容を聞いて「息子さんを思って言った事」「良い指導をしているじゃないですかと」言う始末。しまいには「お父さん、公務員は簡単に辞めさせられませんよ。よほどの事をしない限り」と言われました。全道大会のホテルでの出来事だって「サポート係なんだものしょうがない。」と言うので「引率の別の先生とバスの運転手もみんなと同じフロアなのに、息子だけ違うなんておかしくないかい?」と聞いても「仕方がない」と言うだけでした。

また、ネット上での誹謗中傷をに関しても校長は「ただの陰口なので問題視する事ではない」。完全に自分の保身のために隠蔽しているとしか考えられません。教職員課も「Oから息子さんへのいじめはありません」と報告を校長から受けたため、何も処分できないとの事。

息子は●●にいた当時の事を「あのままいたらどうなるかわからなかった。本当に辛かった」と言っていました。陸上で頂点を取る夢を見てOを信じ、何がいけなかったのかわかりませんが、何故これほどまでに罵声・暴言を浴びなければならなかったのでしょう。●●高校、教職員課は、息子が生きていて転校できたのだからそれで良いと思っているのでしょうか。確かに命があればそれで良しとしても、一度ついた心の傷は一生消えません。

これは親である私達にも出来ない事です。たった一度で良いから息子に「悪かった」と言ってほしいです。言ってくれれば息子の心の傷はここまで深くならなかっただろうと思います。

Oの罵声を「息子への愛情」と言った●●高校校長。息子を冷たい視線で見送った担任の先生。そして、これらを簡単に見過ごす北海道教育庁総務政策局教職員課服務管理グループ。学校も教職員課も体罰は行われていても、生きていれば良いんですか。死んでからでないと動かないんですか?

最悪の事態は回避しても、それまでの事実は無視して良いんでしょうか。

最後に、息子への体罰にとどめをさしたのは●●高校であり、それを監視できないでいる北海道教育庁であります。世間に表面化されない教師からの体罰は絶対に許してはならないのです。

私達は裁判も視野に入れています。弁護士とも相談しましたが「これだけの資料があれば問題なし」という見解でした。

追伸、このOという男は夫に対して「てめえこの野郎」等と電話で恫喝してきたり、脅迫メールや恐喝メールを送信してくるような人間だったのです。>

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