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Interview

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1頭でも多く“第二の馬生”を送らせたい掲載号:2016年9月

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角居勝彦 JRA調教師、サンクスホースプロジェクト発起人

角居勝彦氏は、競馬ファンなら誰もが知るJRAのトップ調教師。いま、自ら発起人となり、サラブレッドの引退後を支援する「サンクスホースプロジェクト」を進めている。この活動への思いを角居氏に聞いた。

種牡馬、繁殖牝馬での余生は一握り

角居勝彦氏は1964年石川県生まれ。JRAの松田国英厩舎の調教助手などを経て、2000年に調教師試験に合格。開業後は04年に管理馬のデルタブルースが菊花賞を制し、GⅠ初制覇。

その後も、シーザリオ、カネヒキリなどの名馬を育て、07年にはウオッカが日本ダービーを勝利。64年ぶりとなる牝馬によるダービー制覇となった。

また、海外遠征にも意欲的で、11年にはヴィクトワールピサが世界最高賞金のレース・ドバイワールドカップに勝利した。13年には「最多勝利」「最多賞金獲得」の調教師賞をダブルで受賞した。以下、角居氏との一問一答。

――5月29日、“競馬の祭典”日本ダービーが東京競馬場でおこなわれ、角居調教師は2頭(リオンディーズ、ヴァンキッシュラン)を出走させました。

角居 ダービーはマカヒキが優勝しました。強い馬が強い競馬をしたという印象です。

いま、日本では年間7000頭のサラブレッドが生まれています。ダービーはその世代の頂点を決めるレース。今年のダービーには13万人が東京競馬場に足を運んでくださいました。

力のある馬がみんないい状態で出てきたら、それだけ競馬は盛り上がるんだろうなと。

そのためには多く競走馬が生産される中で、よりすぐられなければなりません。底辺を小さくすると能力も相対的に低くなります。しのぎを削り、頂点を目指すことが大切です。

私の管理馬は残念な結果に終わりましたが、競馬は勝たなければ評価されません。2位、3位ではダメ。とくにGⅠはそうですから。

――そうした華やかな面の一方で、引退後のサラブレッドには厳しい現実が待っています。

角居 中央競馬の3歳馬は、8月までに初勝利をあげないとJRAに残ることができません。その後、地方競馬に行ったりして、競走生活を送ることもあります。ただ、種牡馬や繁殖牝馬になれるのはほんの一握り。乗馬にもなれなかった多くの競走馬たちは、廃用(食用)になるのが実情です。引退後にセカンドキャリアを送れる馬は、本当に少ないんです。馬主、調教師、厩務員などの競馬サークルのメンバーの多くは、わかっていても、こうした現実から目を背けてきたことは否めません。

――いつ頃から「サンクスホースプロジェクト」を考えていたのですか。

角居 調教師になり結果が出始めてからです。馬が勝てないのは調教する側にも責任があります。血統のいい馬を任されても、勝てないこともある。調教中にケガなどのアクシデントが起きるケースもあります。

いまはピンコードが馬の首に入っていて、それだけで個体判別、流通経路を追うことができます。そうした中で、活躍馬がこんなことに……ということがあったとき、われわれ競馬サークルにも責任があります。

私は馬のおかげでこういうポジションに連れてきてもらえました。馬の場合、1回のつまずきで二度とチャンスがもらえない。あまりにもかわいそうです。

引退した馬たちを1頭でも多く〝第二の馬生〟を送らせたい。何か助ける方法、馬のためにやれることがあるんじゃないかなと。

そこで「サンクスホースプロジェクト」をスタートさせました。

――昨年5月には、新潟競馬場で企画展「引退馬の余生を考えよう」を開催しました。

角居 引退馬を支援する団体が集まって開催しました。引退馬連絡会代表の藤沢澄雄道議にもご協力いただきました。藤沢さんは新ひだか町で牧場を経営しています。生産者からすれば、競走馬は、わが子同然ですから。引退馬連絡会には、今回のサンクスホースプロジェクトにも賛同していただいています。

当時、私も新潟競馬場に行き、競馬ファンのみなさんと直接会話もしました。

ファンからは「JRAや馬主が助けるべき」という意見もありましたが、「以前、応援していた馬がいろいろなところで活躍しているのを、知ることができてうれしい。ファンである私たちも協力したい」という声が意外に多かったんです。そこに勇気づけられましたね。

馬は寄り添うだけで癒やしになる

――もともと角居調教師は、障害者乗馬、ホースセラピーに熱心に取り組んできました。

角居 私は一般財団法人「ホースコミュニティ」の代表理事を務めています。

馬を介していろいろな人に集まってもらいたい。馬と人が共存できる社会を目指し、「サンクスホースデイズ」などの啓発イベントをおこなってきました。

馬の飛び抜けた能力は、「人を乗せられる」ということです。たとえば、体を壊した場合、リハビリのために理学・作業療法士がストレッチをおこないます。とくに高齢者は、そうしたトレーニングを自らすることは、とても苦痛に感じます。

ところが、馬に乗るだけで自然と体が揺すられ、体幹が整ったりします。苦痛を伴わずにできるかもしれません。

また、馬に乗り、視線が高くなることで、自信を失っている人は、優越感を感じ、元気を取り戻せる可能性も期待できます。

サラブレッドは感受性が高い動物です。言語は必要ではなくて、感情でコミュニケーションをとれる部分があります。馬が寄り添うことで、人間関係が苦手になった自閉症やうつの人たちが、癒やされることも考えられます。

ところが、こうした活動を進めていこうと考えたとき、資本と馬が足りないんです。そして手伝ってくれるボランティアも少ない。大きなカベを感じたとき、引退した競走馬たちが一番の資源になると思いました。

それを進めていくのが、ホースコミュニティが事務局を務めるサンクスホースプロジェクトなんです。

――サンクスホースプロジェクトの活動を具体的に教えてください。

角居 サンクスホースプロジェクトで核になるのが、引退馬をリトレーニング(再調教)することです。

調教師は、より勝つために、研ぎ澄ました調教をして、馬を仕上げることが仕事です。馬を預かると、どんどんそっちのほうへ向かわせてしまいます。馬をおとなしくさせたり、乗馬のための調教は、われわれにはできません。乗馬クラブなどの組織にお願いすることになります。調教期間は最低でも6カ月くらいはかかるのではないでしょうか。

月1000円から活動に参加できる

――このプロジェクトには競馬ファンも参加できるのが特徴です。

角居 私からすれば、競馬ファンの方々は一番の財産です。乗馬やセラピーの馬に育てていくときにファンの人が支えていく。そうしたスタイルをつくりあげたいんです。

そこで、サンクスホースプロジェクトには、引退馬ファンクラブの「TCC」があります。基本会費月額1000円で競走馬を支援できます。そのほか、月4000円を支払えば、TCCで募集する引退馬の一口オーナーとなれるプランもあります。

たとえば、昔応援していた馬の会員になってもらって、乗馬クラブや養老牧場に足を運んでもらう。最終的には会員がその馬に実際に乗ってもらうところまでいければいいですね。

――武豊騎手や福永祐一騎手などのJRAのトップジョッキーも、この活動に賛同していますね。

角居 とてもありがたいことです。あるJRAの現役騎手は、自ら騎乗した引退馬の余生のため、預託料を払って支える活動をしています。

もともと馬は交通手段の1つの担い手でした。アメリカ、ヨーロッパには広大な平地があるので、まだ馬文化が残っています。日本には木曽馬、道産子などの在来種もいますが、山地がほとんどなので、馬文化が衰退していきました。

ある意味、人から馬とのふれあいを遠ざけたのは、われわれ競馬サークルなのかもしれません。危ない、怖いと。その一方、サラブレッドの本質を極めていくことで強さをアピールできた部分もあり、日本の競馬は世界でも十分に通用するようになりました。

これからは少子高齢化の時代です。介護、医療の切り口で、馬の利活用が起きてもいいのではないか。私たちの活動を理解し賛同していただければ、ありがたいですね。

=ききて/前田圭祐=