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Interview

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TPPでは持続可能な農業は実現不可能断固反対する掲載号:2012年1月

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飛田 稔章 JA北海道中央会会長

 2010年10月、唐突に提起されたTPP(環太平洋連携協定)交渉問題。情報開示も国民的な議論も不十分なまま交渉参加の方針を表明した政府に、農業界は危機感でいっぱいだ。これで国民の命は守れるのか。JA北海道中央会の飛田稔章会長に聞いた。

産業界の説明は情緒的なものに終始

――11月11日、野田佳彦首相はハワイで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)でTPPの交渉参加を表明しました。
飛田 APEC直前の日本での発言は「交渉参加に向けた協議に入る」という玉虫色でどう受け取っていいかわからない表現でしたが、ハワイに行ったらまた変わった。アメリカは「日本はすべての物品、サービスを自由化交渉のテーブルに乗せる」という受け止め方をしているし、他の国も交渉参加ということで理解しています。しかし、帰国後の野田首相の国会答弁などを見ていると、そんなことは言っていないというような話をしている。まったくよくわからない。
i2――そのAPECでの表明を受け、反対派の山田正彦前農林水産相は「よかった」と言い、ところが賛成派も「よかった」と言う。
飛田 TPPでは、持続可能な農業は実現不可能です。野田首相が「加盟しない」と言ってくれれば何のことはなかったのに、そうは言わなかった。われわれは反対というか、加盟してはならないという主張を貫いていくだけです。
――国民もTPPの内容をよく理解しているとは思えません。
飛田 全中としても2010年から新聞への意見広告を出したり、緊急全国集会などを随時おこなってきました。11年の10月26日には東京の日比谷公園で3000人規模の「TPP交渉参加反対のJA全国決起集会」、11月8日には6000人の参加者を集めた「TPPから日本の食と暮らし・いのちを守る国民集会」を東京・両国国技館で開いて国民に訴えました。
もちろん、道内でも各地のJAが独自の運動を起こしてきました。道中央会としては11月4日、札幌で道経連、道医師会などと共催し「TPP交渉参加問題を考える道民集会」を開きました。高橋はるみ知事も出席しています。この集会では、北海道大学の山口二郎教授に基調講演をお願いし「TPPは多国間の自由経済ルールに見えるが、中身は米国に都合のいいルール。規制緩和や歳出抑制で医療難民などが生まれ、地方が疲弊した2000年代の構造改革が再来する」などと指摘された。
われわれは何とか国民のみなさんに理解してもらおうと運動を展開しています。しかし、国はどうでしょう。説明をしないからTPPで日本がどうなるのかまったく見えてこない。だから国民のみなさんの理解度も低い。そうした中で、落ち込んでいる経済をなんとかするためにもTPPに入ったほうがいいという人がいる。中身を知らない人に「経済を立て直す」と言ったら、それはいいだろうとなる。
――共同通信が11月上旬に実施した世論調査では、賛成38・7%、反対36・1%と低い水準で意見が拮抗していました。一方で、十分な情報が国民に開示されていないという回答は78・2%に達しています。
飛田 この間、農業界と産業界が争っているような形で見られているけれども、そうではありません。TPPの本質は、アメリカの制度がどれだけ生かされてくるかというところにあると思います。
国民の間には、残留農薬などの食品安全基準、BSEなどの検疫基準、遺伝子組み換え食品の表示制度、労働者の入国基準、保険や共済、さらには公的医療保険制度などが変更を余儀なくされ、日本の社会に適した規制や制度が維持できなくなるという不安があります。それに対し政府は「議論の対象になっていない」とか「心配する必要はない」などと国会で答弁していますが、どうしてそう言い切れるのか。
――経済界は政府と同じ認識にあると思います。
飛田 そうかもしれません。TPPに関する経済界の主張は納得のいくものではありません。10年に全中の茂木守前会長が経団連の米倉弘昌会長と面談した際、「産業空洞化はむしろ円高に原因があるのではないか」「日本経済けん引のためには、輸出ではなく内需拡大が必要ではないか」「日本の輸出産業の現地生産比率は、すでに相当程度高いのではないか」「貿易自由化よりデフレ対策が課題ではないか」といった指摘をしました。しかし、これらの疑問に対する納得のいく回答はなく「バスに乗り遅れてはならない」とか「平成の開国」など、情緒的な説明に終始するだけでした。

国内での食料増産が最優先課題

――TPPによる農業への影響をいま一度、整理していただけますか。
飛田 まず大前提として、国際的な食料需給の状況を踏まえれば「食料はお金を出して海外から買ってくればいい」という時代は、すでに終わっているということです。世界の状況を見れば、むしろ国内での食料増産や自給率の向上が最優先課題。世界人口が70億人を超え、将来的には90億人になる。開発途上国はどんどん経済発展していきます。中国しかり、インド、ベトナム、バングラデシュ等々…。農村から都市部に出てきて、おいしいものを食べる。人間はおいしいものを1回食べたら、それまでの食事なんて考えなくなってしまうものです。結果として食料の需要は増えるのに、片方で干ばつや集中豪雨で生産が間に合わなくなる。これは私が言うのではなくFAO(国際連合食糧農業機構)が指摘していることです。食料需給はこれまでの「過剰」から構造的な「ひっ迫」へ転換、投機マネーによる農産物価格の高騰などにより、食料の安全保障が国際的な重要課題となっているのはご承知の通りです。政府は自給率50%の達成に向け、10年3月に国家戦略として基本計画を決定しているにもかかわらず、TTPはこれに水を差すものです。
――TPPと自給率向上は両立しないと。
飛田 当然です。TPPはすべての農産物の関税撤廃が基本で、これまでのFTAやEPAとは次元の違うものであることを忘れてはなりません。一部で「TPP交渉で例外措置を確保するのは可能」との論調もありますが、あまりにも楽観すぎます。すなわち、TPPで日本にとって重要な農産物であるコメ、小麦、乳製品、でん粉、砂糖などが関税撤廃となる可能性が極めて高く、北海道をはじめ、国内の農業生産、関連産業など、地域の経済と雇用に壊滅的な影響を及ぼすのは明らかです。
――自由化になって日本の農業はもっと世界に打って出ていけるんだという人もいます。
飛田 果物や野菜など極一部にはそういう農家もいるかもしれません。いまなら中国の富裕層にコメを輸出する農家とか。しかし、TPPで競争しなければならない相手はアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドといった、圧倒的な農産物輸出国です。彼らの営農規模は1戸当たり、アメリカで200ヘクタール、オーストラリアは3000ヘクタール。まともに競争できる相手ではありません。
日本で先進的なモデル農業と言われる北海道で見ても、その規模は平均25ヘクタール程度です。まったくケタが違って、こうした規模の畑作や酪農が、真っ先につぶされてしまうでしょう。
加えて申し上げたいのは、TPPによる関税撤廃はいわゆる国内対策では解決しないことです。たとえば、国産品と品質格差のない砂糖や乳製品などの原料農作物は、関税撤廃により外国産に置き換わる。生産自体が消滅すれば、国内対策どころではないのです。
また1年1作のコメや小麦は、関税撤廃で輸入数量のコントロールができなくなると、農家は来年の作付けも計画できなくなります。国民が望む主要食料の需給と価格の安定が崩壊します。
こうした種々の理由から、TPPと国内農業は両立し得ないのです。

農地をしっかり活用し生産を高める

――1年の北海道農業はどうでしたか。
飛田 水田はいい状況で終わりました。6月までの日照不足で、穂数と全もみ数は平年よりも少なかったのですが、その後の好天で粒が充実しました。地域別では7月上旬の気温上昇が大きかった網走と十勝が作況指数122の「良」。8月時点では穂数が大幅に少なく「やや不良」だった留萌、北空知もそれぞれ107「良」、102の「やや良」まで育った。他の地域も104以上です。予想収穫量は前年を2万4100トン上回りました。
一方、小麦は期待したほどの反収にはなりませんでした。秋まきの「きたほなみ」という新しい品種に期待がかかっていたのですが、収量はそうでもなかった。2年間の試験では「ホクシン」よりよかったので、少し残念です。でも1年でやめるわけではありません。12年産の播種は終えていますが、今後も試験機関や農家、行政も含めて、どういう栽培体系が一番いい状況で生産できるか研究していかなければなりません。
――乳量は。
飛田 残念ながら伸びませんでした。10年の猛暑の影響が尾を引き、分娩が2カ月遅れ。分娩前は搾乳量が落ちますから、結局2カ月遅れるということは、そのぶんだけ搾乳量も減っているということです。乳牛は暑さに弱い動物。それが北海道の酪農にも顕著に現れました。これを挽回するには、やはり牛の健康状態をよくするということ。それにはエサが重要なのですが、いま飼料の価格が高止まりしている状況です。
円高でトン当たり6ドルくらいは下がっているけれども、06年から比べると1万円くらい高い。07年から急に上がりました。
――飼料も国内で自給するようにしないといけないのでは。
飛田 いま酪農・畜産において国内で自給飼料対策をどのようにするか、あるいは濃厚飼料も国内でどう生産していくかということは大きな課題です。北海道でもタンパク質や炭水化物などの栄養分をすべてを包含したデントコーンという飼料作物を増やしていくのがいいのですが、その代わり換金作物が減るという可能性もあります。
――北海道にも耕作放棄地はあるわけですよね。
飛田 北海道の農地は110万ヘクタール。うち農地として利用すべき耕作放棄地というのは3000?4000ヘクタール程度です。他府県では農地の10%が耕作放棄地といわれています。全国では40万ヘクタールくらい。北海道の耕作放棄地は率でいうと0・7%程度です。これが北海道農業の素晴らしさであり、農地をしっかり活用して生産を高めると同時に、国土を保全し、地域のコミュニティーや文化を守るという役割も担っているのです。これは絶対に壊してはならない。だからTPPには断固反対します。

=ききて/鈴木正紀=