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Interview

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高木姉妹は?平昌五輪成績予想も
親の“一生懸命”は金メダルの絶対条件
掲載号:2018年2月

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清水宏保 長野五輪金メダリスト

「余命半年」の宣告から9年間、スピードスケートの指導を続けた父と、肉体労働で家計を支えた母をもつ、長野五輪金メダリストの清水宏保氏。スポーツに励む子どもに親ができるサポートや、髙木姉妹の平昌五輪メダル予想などを語った。

亡き父の厳しさでいまの自分がある

清水宏保氏は1974年、十勝管内帯広市生まれ。日本大学文理学部卒業。94年からリレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノと4度の冬季五輪に出場。長野五輪では500メートルで、日本のスピードスケート選手初の金メダル、1000メートルでも銅メダルを獲得した。

   ◇    ◇   

――3歳からお父様がスケート指導されていました。

清水 実質のコーチで、かなり厳しかったです。「巨人の星」の星一徹のようなスパルタぶりで、毎日苦痛でした。僕が小学2年のとき、父はガンで「余命半年」と宣告されたので、必死だったんだと思います。トレーニングでもレース展開でも、言われたことをやらなかったときにはこっぴどく叱られました。殴る蹴るは当然、テレビのリモコンさえ飛んでくる勢い(笑)。内心、もう早く死んでくれと思うこともあったほどです。僕は小柄でぜんそく持ちなので、ガツガツ攻めることはできない。その中で父は〝限りある体力の中で、自分のベストを尽くせ〟ということを教えたかったんだと思います。

――家庭での過ごし方は。

清水 茶の間でもじゅうたんの上でスケート靴を履かされて、練習に励む毎日でした。父は家でも僕のことを「清水!」と呼んでいたし、僕も「はい」「いいえ」「すいません」くらいしか言えない、他人行儀な関係性。親子らしい会話はあまり記憶にないです。

父は建設業を経営しており、自宅と事務所が併設されていたので、茶の間には父がいました。だから学校が終わると、バレないようにこそっと家に入り、夕食まで部屋にこもって存在感を消すんです(笑)

僕は4人兄弟の末っ子で、姉や兄もアイスホッケーや柔道をしていましたが、みんな父が怖すぎて断念していきました。父は学業にも抜かりなく、特に勉強が苦手な自分にはうるさかった気がします。

結果的に、父は余命宣告から9年頑張ってくれて、57歳で亡くなりました。僕が高校生の時です。悲しい反面、やっと厳しい練習から解放されるという安堵感もありました。同時に、今後は自分で決められるという自由と責任も感じました。

いま自分は43歳で、父が余命宣告を受けた年齢に近づいています。もしもいま、自分が当時の父と同じ状況になったら?子どもがいたら?どんな生き方を選ぶのかと考えることがあります。

当時は本当に嫌でしたが、あのときの指導がなければ、いまの自分はありません。やはり子どものスポーツは、親との関係性が絶対だと感じます。親がどれだけ一生懸命になれるかはもちろん、それをどの方向に持っていくのかも大切です。指導となると技術の問題もあるので、複雑だと思います。だからこそ親は、子どもの心や体をケアしたり、安心して集中できる環境を作ってあげる。それが役目ではないかと思います。

――スケートを学ぶ子どもにとって、どんなサポートが効果的だと思いますか。

清水 全スポーツに共通することですが、疲労具合や骨格の成長など、体の変化に気づいてあげてほしいです。成長期ならオスグッド病とか、成長痛みたいなものが出てくるので、改善策を一緒に考えてあげること。ガンガン練習しても、体のケアをせずに痛めてしまっては、元も子もありません。野球でいえばイチロー選手や松坂大輔選手のご両親も、しっかりわが子のケアをおこなっていました。

メンタル面も同様で、子どもの性格を見抜いた上での言葉がけが必要だと思います。性別での違いや、長男は優しい子が多いとか、末っ子は負けん気が強いとか。あとはチームスポーツやボール競技が向いているなどの適正判断も大切です。僕は人と戦う格闘技は苦手でしたが、逆に時間や自分と向き合うタイム競技は好きでした。親がいろいろ経験させてあげて、好みや合うものを見抜いてあげる。各スポーツの無料体験などもありますから。

――長野五輪で金メダルを獲得したとき、清水氏は「お母さんのメダルだよ」と伝えていました。お父様に対しては、どんなことを思いましたか。

清水 まさか金メダリストになるとは思っていなかったはずなので、取った光景を見てもらいたかったですね。父の願望として、インターハイチャンピオンになってほしいという思いがあり、それが叶った1週間後に他界してしまいました。もしいま生きていたら、お酒を飲みながら〝父と息子らしい〟会話を交わしてみたかったです。

最低でも600万はかかる一流選手

――お母様はどのようにサポートしてくれましたか。

清水 父とは真逆ですごく優しく、何も言わずに見守ってくれていました。大学に行けたのも、母のおかげです。本当に苦労をかけました。

僕、大学に行かないつもりだったんですよ。父が亡くなり、会社のほうも畳んでしまって。1番上の姉は就職していましたが、その下の兄と姉は、まだ学生でしたから。このまま僕も進学したら、また負担をかけると思ったので。大学に行かずに競輪選手になり、お金を稼ごうと考えていたら、母に反対されて。

「お父さんの遺言じゃないけど、宏保は大学に行かせないと。お願いだから大学に行って」と言われました。

親は子どもの進路や将来性を考えて、すごく一生懸命になってくれるものですね。父は命が限られていたので、小学の頃から「日本大学に行きなさい」と常々アドバイスしてくれていました。

僕の出身地である十勝地方は、経営者に日大出身者が多く、将来帯広に戻ってきたときにも、横の繋がりで仕事になるんじゃないかと考えてくれていたようです。いざ父がいなくなると、本当に日大でいいのか、これからどうやって生きていこうかとすごく悩みましたが、スケート人生を歩もうと決めました。

――スケートはお金がかかるとよく聞きます。

清水 かかりますね。僕らの時代は大会の種類がたくさんあり、ワールドカップ、世界選手権、五輪と大きく3つに分かれます。世界選手権と五輪はスケート連盟から補助が出ますが、ワールドカップはすべて自費でした。行けないというか、そもそも行かない。出場した大会もあるので何とも言えないですが、もし全部参加していたら、学費も合わせて年間1000万円くらいかかっていたと思います。遠征費やシューズ代も必要ですから。いまも国から補助が出たとしても、現役選手で年間最低600万円はかかります。さらにコーチを付けたり、トップクラスの選手として環境を整えていくと、1000万円はみたほうがいいですね。

うちの場合は父が亡くなってから、母が交通整備の仕事などをして家計を支えてくれました。その後、父の建設関係の仕事を継いで大型特殊の免許を取り、ブルトーザーを運転したり。肉体労働もしていましたね。

――お姉様やお兄様の支えも大きかったのでは。

清水 すごく助けられました。母の稼ぎだけでは足りなかった遠征費を、長姉が出してくれたり。

あとは「母さん、宏保のためにこんなに働いているんだよ」と教えてくれたりもしました。

心配して母に電話をしたら「全然だよ。掃除の手伝いをしているだけだよ」と平気なふりをしてくれて。

苦労をかけていると僕が思って、スケートを辞めることがないように。決して苦労を見せないそんな姿が、励みになりました。

高木美帆はベストオブスケーター

――平昌五輪メダル候補、高木菜那・美帆姉妹のメダル獲得のカギは。

清水 菜那選手はパシュート、美帆選手は個人種目で、今シーズン、数多くの表彰台に乗っています。シーズン前にトレーニングを積んで「世界で最も自分が一番練習してきた」って気持ちを作り上げた。〝表彰台に上れるくらいの実力はついただろう〟って感覚でいたんじゃないかなと思うんです。

いざシーズンが始まったら、表彰台の真ん中に立っている。こんな位置に自分がいたんだと、〝自信〟が〝確信〟に変わったんじゃないかな。美帆選手は今シーズン、実力、精神面、ともにいい意味で化けました。上昇気流に乗った状態での五輪です。

――自身の現役時代と比較して、いかがですか。

清水 美帆選手は自分の現役時より、フィニッシュは速いです。スピードは男子の領域に入ってきているので、勝てない大学生もいるかもしれません。橋本聖子さんの時代からスケートを見てきましたが、美帆選手はベストオブスケーター。結果を残すのは大前提ですが、実力的には間違いなく、どのスケーターよりも1番だと思います。

彼女は4年前のソチ五輪出場を逃しました。僕は前回、出なくて正解だったと思っています。出場できる実力はあったけど、戦える力はなかった。8年間熟成させてきた気持ちは、今大会でものすごい反発力になるはずです。

――小平奈緒選手はどうですか。

清水 うまくいけば、小平選手も2冠ですよね。僕の勝手な予想では、小平選手500メートル、1000メートル、美帆選手の1500メートル、3000メートル、さらにパシュートの合計5つ、金メダルがいけるかもしれないと読んでいます。さらに美帆選手の1000メートルの銀か銅が獲れたらいいですね。

――平昌五輪から、マススタート種目が始まります。

清水 ギャンブル性があるレースで、面白いと思います。難しいのは、みんな一斉にバーッと走るため、スピードが安定せず、体力を消耗すること。ペース配分し、後半まで体力を温存した選手が勝つと思います。

=ききて/後藤はるか=