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Interview

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戦後70年のいまこそ歴史を見直すべきだ掲載号:2015年3月

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竹田恒泰 作家・タレント

気鋭の若手論客として人気を集める竹田恒泰氏。旧皇族・竹田家に生まれた明治天皇の玄孫。本を出せばベストセラー、講演には立ち見も出るほどの聴衆が押しかける。戦後70年、閉塞の日本に突如現れた貴公子が、熱く故国を語り尽くした。

イラク戦争を止めるために尽力

――いまや、講演やテレビ出演で大忙しですね。
竹田 活動の中で一番時間を割いているのが講演です。現在17都道府県で開講している「竹田研究会」の講演に加え、企業や学校からも多数依頼がきています。
――どれくらいの講演を。
竹田 年間240本くらい。これ以上増やせないところまできています。本業は物書きなんですけどね。
――北海道にも竹田研究会がありますね。会員は。
竹田 多いですよ。1000人くらいいます。竹田研究会は、日本の輝きを取り戻すために〝日本を楽しく学ぶ場所〟を提供しようと、2008年に東京で発足しました。現在、全国の会員数は2万2000人を超えました。
takeda2――開催のペースは。
竹田 北海道ですと年に4回。かつては毎月やっていたのですが、各地に研究会ができるにしたがって減らさざるを得ませんでした。
――竹田さんのプロフィールを見ますと、若いときにずいぶんいろんな国に行かれているんですね。
竹田 高校生のときから世界を見たくて旅をしていました。大学生になると時間も体力もある今のうちに一生分の旅をしようと決めていました。
――危険な目にもあわれていますね。
竹田 治安の悪いところもありましたから。
――何カ国へ。
竹田 45カ国くらい。
――印象に残っている旅はありますか。
竹田 イラク戦争直前の2003年2月、私はバグダッドに入りました。開戦の3週間前、日本からは渡航自粛がかけられていたタイミングのときです。
――おいくつでした。
竹田 27歳でした。私は知人の計らいでイラク政府の大臣や高官とも接触し、何とか戦争を止められないかと動きました。もちろん、私が日本政府を代表していたわけではありませんが、国賓待遇で迎えられました。当時、フセイン大統領は四面楚歌の状況のもと、何とか事態を打開したいと日本に期待を寄せていたのです。そのときのイラクとアメリカには、まったく外交のチャンネルがありません。この2国間の調停が可能なのは日本だけでした。もし、日本が仲立ちをすることで戦争が回避できたら、日本は歴史に名を刻むことになる。でも、そのためには1つ確認しておかなければならないことがあります。アメリカのいう大量破壊兵器はあるのかないのか。フセイン大統領の答えは「アラーに誓って、ない」でした。イスラム教徒にとって、この言葉はとても重いはずです。私は日本政府にもそう説得しました。
――しかし、当時の小泉純一郎首相はアメリカの支持を表明してしまった。
竹田 すべては徒労に終りました。ただ、このときの旅で、一般市民を含めたくさんのイラク人の友だちができました。帰国の朝、私は彼らと抱き合って別れの挨拶を交わしました。今生の別れでした。
私は始まってしまった戦争を自宅のテレビで見ていました。ミサイルが炸裂するたびに、ここに友人がいたかもしれないと思いました。次々と連行される政府関係者の中には見覚えのある顔もたくさんありました。結局、私は何もできなかったのですが、このとき多くのことを学びました。日本が国際政治の中で担える役割があること、日本人が伝えるべきことがあること。この旅で私は物書きになることを決心しました。

どうにでも解釈できる憲法の条文

――最近の興味は。
竹田 今年は終戦70年という年回りです。先の大戦について、いい意味でも悪い意味でも注目度が上がります。私たちが一度立ち止まって日本の過去を振り返るのに非常にいい機会になるのではないでしょうか。これを機に日本がいい方向にいけばいいなというのが最近の関心事ですね。
――戦後70年でいろいろ変わりそうなところがありますね。
竹田 安倍政権も憲法改正を主要な課題としてすえています。先の衆院選後、憲法改正に向けた話も出て、これから議論が活性化してくるんでしょうね。どう変えるかというのは制度が決まっていて、発議要件を満たして国民投票で可決されるかどうかです。大切なのは、私たち日本人一人ひとりが日本の未来に責任を持つ、自分のこととして憲法を考えるということだと思います。その結果、いまのままがいいということであれば、それでいいし、変えようということであれば変えればいいだけ。戦後、日本人が日本の未来を決めることがタブーになっていました。憲法改正も議論自体がタブーでした。いまはタブーではありません。そういう面では、日本人一人ひとりが責任を持つという感覚を持つことができれば、日本はますますいい国に発展していくでしょうね。
――憲法に則った改正の手続きならいいのですが、解釈で変えようという流れがあります。
竹田 現行憲法の最大の問題は、どうにでも解釈できてしまう条文にあると思います。たとえば9条などは読む人によって10人いれば10人とも別の読み方ができてしまう。これでは何も定めていないのと一緒です。
9条でいえば、政府見解がどういうものか一般国民は知りません。政府見解を理解しようと思うと、それなりに法学を勉強しないとわからない。第1項で戦争の放棄、第2項で戦力を持たない、交戦権は認めないと謳っています。でも現実には誰が見ても軍隊である自衛隊が存在する。もし9条を日本語の意味どおりにとれば、日本は戦力も交戦権もないわけですから攻められたら何の抵抗もなく国を明け渡すとも読めてしまいます。子どもが自衛隊を見たら憲法違反をしているように感じるでしょう。
――政府見解を子どもにもわかるように説明していただけますか。
竹田 第1項で述べている戦争の放棄は、あくまで侵略戦争を放棄しているという意味で、自衛戦争は放棄していません。第2項で持たないという戦力も、侵略戦争の戦力を持たないということで、自衛戦争をする実力を放棄するという意味ではないのです。
――時の政権や最高裁判所のさじ加減1つで、どうにでも解釈できないような条文に改正すると。
竹田 ですから9条も「侵略戦争は放棄するが自衛戦争は放棄しない、侵略戦争をする戦力は持たないが自衛戦争を遂行する実力は持つ」と書けばいいだけの話です。9条改正というと〝戦争をする国になるのか〟と言われますが、安倍首相も他国に攻め込むことを意図して改正と言っているわけではないと思います。自衛する実力はしっかり持つ。現状を整理するだけの話です。国民もしっかり勉強して、何が危険で何が危険でないのかをじっくり考える必要があると思います。

困難なときにこそ地の部分が出る

――戦後70年、日本の伝統・文化は、かなり廃れてきたと思います。
竹田 戦後は〝他者のために〟という生き方が否定されてきたような時代です。個人の人権を最優先する。利己的というか個人主義、一歩間違うと拝金主義になってしまいます。全員が自分の利益のみを追求する社会というのは、ものすごく厳しい競争社会になります。アメリカがまさにそうです。昨今の日本も、そういう個人主義が当たり前の社会になりつつありました。そこに東日本大震災がありました。そこで見せたのが日本人本来の気質です。自分さえよければいいというような感覚ではなく、一人ひとりがみんなのために何ができるかを考えました。困難なときにこそ地の部分が出てくるわけです。
戦後、導入した価値観によって日本は再び繁栄を手に入れました。ですから、戦後のすべてが悪いというつもりはありません。ただ、経済的繁栄を手に入れるのと引き換えに封印してきたものがあると思います。本当に捨てて構わないものはそのままでいいですが、中には捨て去ってはいけないものもあったのではないでしょうか。
――竹田さんも戦後教育を受けてきていますが、そこに問題があったとは感じますか。
竹田 GHQが定めた教科書検閲基準がありました。6年8カ月という占領期間が終わった後も、それは不文律のように残りました。歴史教科書で日本を肯定することはできないし、ましてやアメリカを批判することもできなかった。
たとえば、広島・長崎の原爆1つをとっても、あれは日本が悪いのであって、アメリカは悪くないということになっています。アメリカ政府の公式見解は、あの原爆投下によってアメリカ人と日本人の人命を救ったと。日本政府も、原爆投下は国際法違反とは断定できないというのが公式見解です。でも2つの原爆で30万人以上が死んでいるわけです。広島や長崎の人が、そんな言い分に納得するわけもありません。
――アメリカだってひどいことをしたじゃないかと。
竹田 アメリカの行動がすべて正義で、日本がすべて悪かというと、そうではないわけです。いいところはいい、悪いところは悪いと冷静に見ることが大切です。ウィキリークスで明らかになったことですが、米政府は、前回オバマ大統領が来日する際、広島に訪問して原爆投下を謝罪したいという要請を日本政府にした。しかし、外務省が断ったとされています。理由は時期尚早。これに対し日米両政府は公式なコメントは出していません。もし事実なら、アメリカが謝ろうとしているのに日本が受けなかったということです。
戦後、アメリカの価値観が押し付けられているというより、日本人自体があまりにも臆病になっています。両者が自らの過ちを謝るというのが仲直りの作法です。そういう関係になってこそ本物の友情が芽生えるのだと思います。

=ききて/鈴木正紀=