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Interview

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北海道は反権力的な土地柄
入管法改正、自民党知事候補選考に喝!

掲載号:2019年3月

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武部勤
元自民党幹事長/東亜総研代表理事・会長

自民党幹事長や農水大臣などを歴任した武部勤氏は現在、財団法人「東亜総研」会長として技能実習生の受け入れ、国際交流事業などに取り組んでいる。そこで入管法改正に対する考え、今回の知事候補選考について思うところを聞いた。

技能実習制度はアジア諸国から信頼

――武部さんはいま、自ら2013年6月に起こした公益財団法人「東亜総研」の代表理事・会長を務めていますが、そもそも東亜総研はどんな目的でつくられたのですか。

武部 東亜総研の第1の役割は、東アジア並びに関連する諸国や地域に対し、対話を促進するための信頼関係を構築することにあります。対話は、信頼関係があってはじめて実を結ぶからです。

第2の役割は、対話の中から政治・経済・外交・安全保障など各般にわたり、いま必要なこと、未来にとって必要なことを探り出し、価値観とビジョンの共有を求めつつ、調査研究・情報収集・分析評価をおこなうことです。

第3の役割は、必要なものを具体化するためにコンサルティングをおこない、人材の育成・交流、投資や技術の紹介・斡旋などの事業を推進することです。

具体的な草の根レベルでの相互交流は、関連する各国政府及び民間諸団体をはじめとする人と人との相互理解を促進し、互いを思いやる協和の精神を高め、東アジアの民生向上と経済発展に寄与し、国と国との友好関係を強化し、ひいては世界平和と繁栄に貢献するものと確信しています。

――東亜総研は外国人技能実習生の受け入れの〝優良監理団体〟にもなっているわけですが、昨年12月に成立した外国人材拡大法(入管法改正)に対する考えをお聞かせください。

武部 いまは、真に開かれた日本、真に開かれた北海道になって行かなければいけない時代です。人口が減っていく、少子高齢化で社会保障費はどんどん膨れあがっていく。日本は自給自足ができない国なのだから、日本が生き残っていくためには平和が大前提です。平和や安全保障のインフラは経済の繁栄です。日本は自由貿易のもとで国が成り立っています。ぼくは産業立国と観光立国を車の両輪にすべきだと考えています。

世界はいま、大交流時代に入っています。来年はインバウンドが4000万人と予想されています。2030年には6000万人だと言われています。

入管法改正の時に、移民政策がどうのこうのと言われましたが、100年後の日本は人口5000万人にまで減るという予測が調査機関から出されていますが、ぼくはそんなには減らないと考えています。なぜかというと、大坂なおみさんのような方が1000万人くらい増えると思うからです。肌の色がどうであろうと、大坂さんの魂は日本人そのもの。100㍍のランナーや柔道の選手など、アスリートの世界では、大坂さんのような方が当たり前になっているじゃないですか。

アジアは多宗教、多文化、多民族の国々です。その中で日本は異文化を大胆に受け入れてきた国です。包容力も同化力もある。和魂洋才と言うでしょう。日本人は国際性を高めて、異国から来る人を喜んで迎える心を養わなければいけない。

良い人材は働きがい、生きがいのあるところに、どんどん世界中から集まって来る。特にアジアの国々の優秀な人材がなぜ日本に来るかといえば、日本という国は誰でも温かく迎えてくれる、すばらしい技術を持った国だ、また、東日本大震災の時の整然とした姿も日本ならではのものと評価されているからです。

――今回の法改正に際して、さまざまな提案、要望を出していますね。

武部 技能実習制度は未解決の問題が多々ありますが、長い年月をかけ、日本の技能、生活文化、労働慣行を身につけながら、わが国の経済発展と国際交流に貢献してきました。また、実習生は帰国後、母国の社会経済の発展と日本との友好関係発展に貢献しており、この制度はアジアの国々から信頼を得ています。

問題になっている事例は、悪徳業者やブローカーの介在と心ない受入企業の不正、法令に従って巡廻や監査を適切に実施していない監理団体とそれを見逃している実習機構や行政の対応に問題があります。

17年11月1日施行の制度に対しても、われわれは次のようなことを主張してきました。

①技能実習制度の目的に「人材確保」を追加し、「人材育成(国際貢献)」と両面の対応ができるようにする②職種について産業現場の実態、母国で活用しやすい技能の総合的取得を考慮し、多能工育成を前面に出し、職種・作業を「農林漁業」「建設業」「食品製造業」等に大くくりする。「宿泊業」「外食産業」など要望の多い「特定技能」の業種として考えているものを技能実習に追加する③多能工育成の観点から技能実施計画も実態に合わせ柔軟化する④監理団体と受け入れ企業の利益相反が生じないよう許可要件を強化する。同時に監理団体のコンプライアンスを徹底する。

失踪者の多くがブローカーによる引き抜きによるもので、不法滞在者と知りながら雇用する悪徳業者等が野放し状態の中、今回の転職も自由という「特定技能制度」の導入は、「適正な在留管理」ができるのか、「受入機関」が外国人に対して適切な支援をおこなう実効性が担保されるか、心配しています。

道連執行部は泥をかぶる覚悟が必要

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――自民党道連は知事候補を夕張市長の鈴木直道氏に決めました。しかし、吉川貴盛会長や長谷川岳会長代行の選考の進め方に対する批判は大です。まさに〝すったもんだの揚げ句〟の決着。その結果、道内の自民党や保守勢力は分裂状態です。そこでまず、16年前、堀達也知事の3選出馬を支持する道議らを説得し、高橋はるみ氏を擁立した当事者である武部さんに当時を振り返ってもらいたいと思います。

武部 当時は道議の40人以上が堀支持で決議していました。しかし、あの頃は革新道政だったので、自民党国会議員、道議会議員の皆さんには、保守道政奪還という共通の意識があった。

ただ、道議会には堀支持者が多く、重鎮の湯佐利夫さんも堀さんの盟友だった。ぼくが「堀3選は認められない。新しい自民党の知事候補を立てる」と言うと、湯佐さんの返事は「ダメだ」でした。だが、「湯佐先生、(陳情等で)東京に行って苦労したでしょう。堀道政が成り立っていたのは、湯佐先生たちのおかげじゃないですか。もう、ねじれ現象は解消しましょう。北海道にとってマイナスじゃないですか」と説得しました。

高橋はるみさんが北海道経済産業局長になった時、上司の今井康夫局長が、彼女をぼくのところに連れて来ました。以来、彼女は上京すると必ずぼくのところに寄っていた。

それで知事選の前年の12月23か24日かな、「帰って参りました」と挨拶に来た。ぼくは「ごくろうさん。ところで、別れた彼氏(=北海道)は良く見えるだろう」と聞くと、「はい」と言うんだよ。「今度、プロポーズされたら、ノーと言っちゃダメだよ」と言っても「はい」と答える。だが、副知事を要請されたこともあるので、堀さんとは戦えないということだった。

その後、1月1日の宮中参賀で町村信孝さんに会ったら、「武部さん、誰かいい知事候補はいないかなぁ~」と聞かれた。「いるじゃないですか。あなたが(経産省の入省試験で)面接した人が」と答えたら、「えっ、高橋はるみ」という反応だった。そこで「堀さんが出なければ、知事選に出馬してもいいということじゃないですか」と話したら、「ああ、そうか」となった。

しかし、町村さんに話しただけではダメなので、すぐ中川昭一さんに「高橋はるみさんの夫は一等書記官でパリに赴任していたことがある。フランス料理が好きなんだそうですよ。昭一先生、はるみさんを誘ってフランス料理をごちそうしてあげてください。そして、先生が知事選出馬の意向打診をしてください」とお願いした。すると中川さんは、その日のうちに高橋さんに連絡し、瞬く間に出馬要請をしてくれた。

――ビッグスリーの連係プレーですね。

武部 役割分担も決まっていた。中川さんがはるみさんを口説く。町村さんは堀さんをなにがなんでも降ろす。道議会が堀さんで固まっている状況は、元道議のぼくが責任を持って説得、解消する――とね。

われわれ3人は決して相性のいい間柄ではなかったけれど、〝こと北海道のためには〟となれば、鈴木宗男さんも含めてまとまったものなんだよ。

ぼくはね、道議の皆さん全員に集まっていただき、一人ひとりに話を聞きました。議事録も残っています。そこでぼくが言ったのは、こういうことです。
「堀さんは、自分の地元の人間で個人的にいい人だが、横路孝弘さんの亜流でもある。われわれ自民党が革新から道政を奪還するということには異義がないでしょう。ところが、皆さん方が堀さんを支援しようとするのでは、次善の策になってしまう」

しかも当時、自民党国会議員一人ひとり個別にやるべきことを項目にして、各人に渡しました。それで、少しずつ道議会の中も軟化し一本化していったのです。

――道議の皆さんの怒りを静めるため、武部さんは土下座までして説得したと聞いていますが…

武部 うん、そうですよ。何度も話をしました。汚れ役は、ぼくがやったんだよ。町村さんだって堀さんを降ろすために、泥をかぶってやったんだよ。

「官邸に逆らうのか」は逆効果

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――それに比べて今回の選考作業は、強引というか、高圧的というか…。

武部 北海道というのは、北海道の成り立ちからいって、伝統的に〝叛骨心〟〝反権力〟の土壌があるんだよ。それなのに今回の知事候補選考は、官邸主導というのが明らかです。道連の会長や執行部は、なにをあんなに焦って鈴木さんに決めたかったのかね。

吉川さんが農林大臣になったのは嬉しかった。ぼくも農林大臣をやりながら道連会長を務めたからね。でも、あのやりかたでは、まとまるものもまとまらない。

ぼくも自民党幹事長をやった人間だから、いろんな情報が入ってきます。小選挙区制度になってからは昔と違って、国会議員も道議会議員も〝お山の大将、俺1人〟という気概を持っているのだから、なおさら丁寧に物事を進めなければなりません。それなのに「官邸がこう言っている」「官邸に逆らうのか」みたいなやりかたは、逆効果です。

北海道は若い国会議員が多い中、吉川さんはベテランだし実力者と言われているわけだから、幅のある包容力のある政治家になってほしい。最後は一応一本化されたが、道内の自民党、保守勢力が大同団結するためには、これからが大事ですね。〝雨降って地固まる〟にしてもらいたい。

=ききて/酒井雅広=

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