「情報を先取り、タブーに挑戦」を編集方針とし、生活者・企業経営者に
最新かつ有益な情報価値をご提供する、北海道の地域政治・経済誌

ロゴ

トップページ > インタビュー

Interview

このエントリーをはてなブックマークに追加

人材の育成が地域の命と健康を守る掲載号:2011年4月

photo

秋野豊明 渓仁会グループ最高責任者 医療法人渓仁会理事長

 病院3カ所、老人保健施設4カ所、特別養護老人ホーム2カ所、その他の事業所約50カ所、まさに医療・保健・福祉の総合事業体として成長してきた渓仁会グループ。最高責任者である秋野豊明理事長に次の展開を聞いた。

オーナー経営から組織経営への転換

――理事長に就任して4月で丸7年になりますね。
秋野 札幌医科大学の学長を退官したのが2004年2月。その年の4月から渓仁会に来ています。
――この7年は早かったですか。
秋野 早いですね。でも非常に充実した7年間でした。大学とは違った視線で、とくに経営については勉強しなければならないことが多かったですから。
――渓仁会は当時から大きな組織でした。
秋野 1979年に「西円山病院」(現・札幌西円山病院)が開院。81年には社会福祉法人「南静会」(現・渓仁会)を設立し、翌年に介護老人福祉施設「西円山敬樹園」を開設しています。84年には「定山渓病院」の経営を任され、87年「手稲渓仁会病院」開院。創設者の加藤隆正先生は非常に先見性があり、当時から高齢者の医療と福祉の連携に取り組んでおられた。それを象徴するのが「西円山ハーティケアの丘」と呼ばれる、病院、特別養護老人ホーム、グループホーム、ケアハウスを合わせた医療と福祉のケアタウン。まさに先駆的で、そういうものを事実上、わずか10年でつくりました。
次の10年は内容の充実。とくに手稲渓仁会病院は医療の質をどんどん上げ、社会福祉法人の取り組みも拡大していきました。
i2――ちょうどそのころバブルが崩壊し、メーンバンクの日本長期信用銀行が破綻(はたん)しました。
秋野 確かに影響は大きかったと思います。それでセコムと業務提携をするのですが、渓仁会グループはそのような状況になっても業績が落ちることはなく、従業員の雇用を守り、地域の医療と福祉を守り、そして継続的に発展の道を歩んでまいりました。私は、まさにこの「第2の創業期」の舵取りをするということで、04年に理事長に招かれたということです。
――グループとしての明確な方向性は前理事長のときから変わらずあった。第2の創業期を経て、秋野さんがこの7年で、理想をどんどん実現してきたのでは。
秋野 第2の創業期で謳っている第1は、オーナー経営から組織経営への変革です。日本の病院の場合、いわゆる創業者がいて、その人のリーダーシップによって経営するというケースが圧倒的に多い。渓仁会は非常に大きな組織です。いま医療法人の職員は約3000人。うち医師は270人。社会福祉法人には750人くらいの職員がいます。そのほかに介護関係の株式会社などもある。一昨年、当グループは健保組合をつくりました。組合員は非扶養者を含めて4800人。
常々「医療と保健と福祉の総合事業体」という言い方をしていますが、これだけ大きくなるとやはり企業組織です。1オーナーの意志ではなく、組織として経営をしていかなければならない。私は札幌医大で医学部長、学長と組織管理を中心にずっとやってきましたので、あまり違和感なくやれています。
――人が豊富ですね。
秋野 私どものグループにはリハビリテーションの技師が200人くらいいます。北海道で一番多い。そういう医師以外のコメディカルの充実度が非常に高いのが特徴かもしれません。いまの医師は診療以外の業務が増えて非常に忙しい状況にあります。医師が疲弊するというのはもっともな話なのです。当グループでは医師の補助業務をやってくれるクラークが数多くいます。医師にはできるだけ診療に専念していただくという勤務環境を整備しているのです。
――日本の医療界では、とくにクラークについて言えば、生産性のない部署だということで広がっていない印象があります。
秋野 こうしたことは、公的病院ではなかなかできません。逆に民間だからこそできる。そこに民間のよさがあって、そうした特徴を生かした経営をやっていかなければ、この診療報酬の厳しい中、それなりの人手をかけなければ生き残っていけません。人とモノとカネが非常にかかる時代になった。でも、そこに投資は惜しまない。まさに「選択と集中」です。必要なところに思い切って投入する、そこに特徴を出していく、だから生き残っていけるということです。

一民間病院がドクターヘリを導入

――先ほど「医療と保健と福祉の総合事業体」とおっしゃっていましたが、北海道における渓仁会グループの果たす役割は大きく、いまや他の追随を許さないような印象すら受けます。
秋野 診療報酬、介護保険報酬の長年にわたる引き下げで、医療・福祉の経営環境は非常に厳しくなりました。そうした中でも経営を安定化し、存在し続けるために、それぞれの病院施設が北海道の地域医療と福祉政策に一定の役割を担い、道民から信頼される存在にならなければなりません。
とくに急性期の医療として手稲渓仁会病院では、北海道の4疾患(がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病)5事業(救急医療、災害医療、へき地医療、周産期医療、小児医療)について中核的な役割を担っています。
たとえば道央圏のドクターヘリ。これは私が来てからの決断です。05年に導入したことで、渓仁会は一民間病院でありながら、より公的な役割を担うという方向性を打ち出しました。その結果、道民のみなさんから以前にも増して厚い信頼を得る契機となりました。
もうひとつ、当グループの大きな役割は高齢者の医療とケアです。札幌西円山病院はいま866床。療養病床としては東北以北最大です。とくに神経難病など医療依存度の高い高齢者医療を担っています。
定山渓病院は立地的にもハード的にも非常に療養環境がいい。日本慢性期医療協会という団体があります。そこで全国各地の施設について医療の質を評価するという取り組みをしています。その認定の全国第1号が定山渓病院です。同院のような療養型の病院で亡くなられる方は増える傾向にあります。この間、同院では望ましい終末期医療のあり方を検討してきました。その結果が独自の同意書による取り組みです。各病棟で「ターミナルケアカンファレンス」をおこない、治療やケアにかかわる全職種が参加して、お亡くなりになる方、そのご家族が望まれる終末期医療を提供できるようにしています。これが「定山渓病院方式」と呼ばれ、全国的にも注目されています。
――09年に社会福祉法人の名称を「南静会」から「渓仁会」に変更していますね。なぜですか。
秋野 先ほどの話に戻りますが、非常に公共的な事業であるドクターヘリに一民間病院である手稲渓仁会病院がなぜ手をあげたか。行政から運航費の補助だけは出ますが、あとはすべて持ち出し。収支だけでいえばまったくの赤字です。ドクターヘリで搬送した重症患者を自分の病院に入院させるから合うのではないかという見方をされる人もいるかもしれませんが、手稲渓仁会病院にくるのは40?45%と半分にも満たない。症状に合わせ北大病院、札幌医大病院、脊髄損傷は美唄労災病院など、やはり専門性の高い病院に搬送しています。では、なぜやるのか。こういう公的な事業をやることが信用度に大きく寄与するからです。「渓仁会は安心」とか「渓仁会は信用できる」とか、そういうブランドをつくっていくことがグループ全体の信用につながります。社会福祉法人も「渓仁会」とし、ブランドとしての安心感と信頼を持っていただくことが大切だと考えます。
経営はソロバン勘定ではなくて、患者さんや利用者、顧客に対してどれだけ満足や安心を提供できるかということだと思います。それは職員に跳ね返ってくる。「職員満足度」という言い方は大げさですが、職員がやりがいを持つ、やる気を起こす、士気が高まる、その循環をうまくつくることが経営だと思います。それができれば収益はついてくる。私はそうやってきました。結果として、それがうまくいっています。

“多数精鋭”の人財育成で質の向上

――そもそもは学者なのに、下手な経営者よりずっと経営感覚が鋭い。
秋野 質の向上に一番欠かせないのが“人財”育成です。われわれは人材の「材」を「財」で表しています。人は財産であるというのが基本姿勢だからです。医療や福祉は労働集約的な産業。つまり人の作業が価値を生み出す。だから優秀な人材は財産なのです。
いまの医療や福祉はきめ細かいサービスが必要とされます。一般企業は少数精鋭で業績を上げますが、われわれは多数精鋭でいかなければならない。人手はたくさん必要で、かつその一人ひとりが精鋭にならないといけない。精鋭をつくるために大事なもののひとつは研修です。当グループには「積極的に学ぶ」という組織風土があります。それぞれの職場・職種における業務研修は非常によくプログラムされている。また、法人本部が主催する階層別、年代別の1日研修は年に約30回開催し、約1500人の職員が参加しています。
医師の研修でいうと、手稲渓仁会病院では米国ピッツバーグ大学と提携した3年間の北米式初期臨床研修をおこなっています。全国から毎年約20人の研修医が集まります。彼らの活力は病院全体の大きな刺激となっています。
――秋野さんは札幌医大で医師の育成を実践されてきたわけですが、いまの医学教育、医師養成システムに問題はありませんか。
秋野 現在、医師不足が深刻になっています。日本は先進諸国と比べても医師の数は少ない。国はこの3年間で医学部の定員を1200人増やしました。でも教員の数は増えていません。教育設備もほとんど変わっていません。医学教育にお金をかけていないのです。
私は昨年、臨床研修契約の更新のためピッツバーグ大学へ行ってきました。その際、同大の医学教育をつぶさに見てきましたが、まず圧倒的に違うのは教職員の数です。札幌医大も北大医学部も常勤の教職員は300人から350人くらいだと思いますが、ピッツバーグは約2000人。7倍違います。さすがにこれくらいの数がいると密度の濃い教育ができる。教育のプログラムが非常に多様で、しかも少人数教育が中心でした。質の高い医師を育成するために、国はもっとお金をかけなければならないと思います。
――いま北海道が抱える地域医療の悩みは医師不足と医師偏在です。この問題に対する道の取り組みをどのように見ていますか。
秋野 北海道では3年前から札幌医大と旭川医大に道が奨学金を負担する地域枠定員が各15人できました。財政が厳しい道としては非常に大きな決断で高く評価したいと思います。このような医師の臨床研修には大学のみならずオール北海道で取り組むべきです。私たちもその一端を担いたいと思っています。

=ききて/鈴木正紀=