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Interview

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ベンダーを巻き込み システム革新を実現する掲載号:2009年7月

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碓井 誠 フューチャーアーキテクト副社長

(うすい・まこと)1949年6月18日生。神奈川県川崎市出身。78年4月、セブン-イレブン・ジャパン入社。業務プロセスの組み立てと一体となったシステム構築に携わり、SCM、DCMの全体領域の一体改革を推進。2000年5月、同常務取締役情報システム本部長。04年1月、フューチャーシステムコンサルティング(現フューチャーアーキテクト)に入社。同年3月から現職。08年9月、独立行政法人産業技術総合研究所研究顧問(サービス工学研究センター)に就任。
25年間セブン‐イレブン・ジャパンで先進的なシステム構築にかかわってきた碓井誠氏。POS(販売時点情報管理)システム、ITの活用で劇的に変えた発注方法、さらにATMまで、その数々の成果は、今や流通業界のスタンダードとなっている。

常にイノベーションを続ける努力が必要

――碓井さんは、セブン-イレブンの“情報システムリーダーの歴史をつくった男”と言われています。CIO=最高情報責任者などという言葉がなかった時代から、ビジネスとシステムの融合を模索されてきた。
碓井 セブン-イレブンが独自のシステム化に取り組んだのは、私が入社した1978年からです。今で こそ店舗数は1万店を超えていますが、当時は500店ほど。それでも各店舗からの発注はすべて電話ですからとても受けきれない。ミスも出る。それまでは親 会社のイトーヨーカ堂のシステムでやっていたのですが、とてもこれでは間に合わない。コンビニ産業はシステム産業でもあるんだから自前でやるという話に なった。
――当時の鈴木敏文社長がそう判断された。
碓井 そうです。他のコンビニ大手も親会社のシステムでずっとやっていましたが、親会社とすれば自分のほうが優先です。そこは鈴木さんの英断でした。
――何人の部署で。
碓井 システム部は3人しかいませんでした。セブン-イレブン自体、内部の体制もきちんとできていませんでしたから。確かに仕事はきつかったんですが、自分の裁量で開発パートナーと組んで何でもできる。これは非常に楽しかった。
――そこでの成果が日本の流通におけるシステムのスタンダードになっています。
碓井 セブン-イレブンのシステムは、店舗を中心に随時、再構築しています。店舗のハードウエアは全 部オリジナル開発です。やはり自分が必要とするものをいかにつくるか。既成のものはこちらのニーズを満たせない面と、逆にオーバースペックの部分もあるの で、徹底的に使い勝手のいいものをつくることに専念しました。
――ソフトウエアは。
碓井 基本的にパッケージものは使っていません。新しいことをやるには、パッケージはむずかしいし、そもそもパッケージというのは集積の結果で、現在までのノウハウしか入っていない。挑戦するためにはやはり新たにつくることになりました。
――ニーズはどんどん先行していきますからね。
碓井 私もずいぶんベンダーには無理をいいました。価格だけでなくスペック面でも。たとえば、売り場 で使うキーボードのない画面だけのパソコン。これはグラフ情報などを売り場に持ってきたいという発想です。そのためには電池駆動で効率のいいバッテリーの 開発からはじまって、描画用のLSIの開発、そして軽量化。ボディーの樹脂を選ぶときは「段ボールでもいいから軽くしろ」と無茶なことも言いました。ベン ダーは研究して、鳥の骨の構造を推薦してきました。鳥の太い骨は中が空洞。軽くて空洞のアーチ構造で強度を出している。新しい発想や画期的なことがたくさ んありました。
――ベンダーの協力はどのようにして得てきたのですか。
碓井 私はパートナーシップの形成には、3つのポイントがあると思っています。1つは常にリレーショ ンをとっていく。いまの言葉でいうと「情報共有」。何をしたいのか、どこに問題があるのか、こういうことを技術的、ビジネス的に、常にパートナーと共有す る。やはり素材を借りるのではなくて、一緒になって考えてもらうということ。2つめは「共存共栄」。これはセブン-イレブンの基本理念です。加盟店と本 部、取引先とが共存共栄しながら、さらにお互いが努力して成長していく。そして3つめが「イノベーション」。これこそが先の2つをうまく生かせるための原 資だと思っています。こうしたことを徹底してベンダーと議論することで、パートナーになっていただくんです。

日ハムの優勝に一役買った情報システム

――北海道とのかかわりは。
碓井 札幌はベンダー発注の発祥の地です。セブン-イレブンに入社してすぐ、私の最初の仕事がその発 注でした。当時は、異業種間オンラインはだめという時代。一方で加盟店からの発注データを少しでも早くベンダーに届けたい。そこでわれわれは一般商用サー ビスとして認可されていたアメリカのGE社・電通の国際VANを利用するという実験を札幌でやったんです。
――具体的には。
碓井 北海道全店の発注データを店舗の端末機からアメリカのオハイオ州にある大型コンピューターに飛ばし、オハイオで処理したデータを人工衛星を経由して再びベンダーの端末機に送信するという実験です。
――札幌に常駐されていた。
碓井 常駐はないんです。でも新しいことを立ち上げたときは、そのつど2週間くらいは滞在しました。教育から始まって店側とベンダー側のフォローです。人がいないので両方あわせてやっていました。
――北海道というと日本ハムの優勝に一役買っているとか。
碓井 日ハムは2006年と07年に球団初のリーグ連覇を成し遂げました。そもそもは本拠地を札幌に 移した04年。2軍は800キロ離れた千葉県鎌ヶ谷市に残ったまま。遠く離れた1、2軍の連携を取りつつ、高い人件費で経営を圧迫せずに優勝争いに加われ るチームづくりができないか。当社会長の金丸恭文と旧知の間柄だった大社啓二球団オーナーから相談があったそうです。それに応えたのが「ベースボール・オ ペレーション・システム(BOS)」。選手の能力の階層的な可視化が実現されました。要するに単品管理と同じです。だからといって管理野球にはならない。 スコアラーのつけたスコアリングをすべてデータ化して、この選手はどういうところが得意で年俸とのバランスはどうか。次の対戦のときにどういうメンバーで 臨むか。データを集積することで小売業でいう機会損失を少なくできたことで優勝に貢献できたのだと思います。

=ききて/構成鈴木=