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Interview

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ファッションで”北海道らしさ”の創造を掲載号:2012年8月

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コシノジュンコ ファッションデザイナー

 世界的なファッションデザイナーのコシノジュンコさんは、子どもの頃から祭りが大好き。ファッションにも祭りにも人を引きつける力がある。この2つを切り口に、北海道を盛り上げる秘策はないか。コシノさんに聞いた。

高校2年まで参加しただんじり祭り

――北海道開拓の功労者を祀った「開拓神社」の祭りに、コシノさんは一役買っていますね。
コシノ 開拓神社は1938年、当時の北海道庁長官が開道70年を記念して建立したといわれています。そこには黒田清隆、間宮林蔵、高田屋嘉兵衛、松浦武四郎など37人が祀られ、毎年8月、開拓の神々を慰霊する「例祭」が開かれます。92年には、重さ4・5
2008年、「蝦夷地」が「北海道」と名前を改めてから140年目、開拓神社が鎮座してから70年にあたるということで、この年から大神輿渡御に一般市民も参加できるようになりました。その話を神輿渡御実行委員会委員長の村松康弘弁護士から聞いて、それなら私がそろいの法被をデザインしましょうということになったのです。
――日本広しと言えども、デザイナーズブランドの法被はそうそうお目にかかれない。
コシノ 私、北海道が大好きですから、北海道の活性化のために何かお役にたちたいと思っていた。そして、これを着て開拓神社のお祭りを、全国に、全世界に発信してほしいと思いました。
――本当に祭りが好きなんですね。
コシノ 私の生まれは大阪府岸和田市。言わずと知れた「岸和田だんじり祭り」で有名なまちです。この祭りの発祥は江戸時代。五穀豊穣を記念して毎年9月におこなわれます。別名「岸和田のけんか祭り」と言われるほど過激極まりない祭りです。毎年のようにけが人は出るし、家の軒先を潰すことなど茶飯事です。
もちろん、山車の綱を引くのは大人の男が大半です。小さい子どもや女性は危ない。たくさんの引き手に巻き込まれたら、それこそ大ケガをする。そもそもちんたら走っていたのでは祭りの邪魔になってしまいます。
ところが私はと言えば、高校2年生までずっと祭りの渦中で綱を握って疾走していました。小学生のときから足が速く、競走すればいつも1番。活発な女の子で、典型的な体育会系の子どもだったのです。
祭りが近づくと血が騒ぎます。祭りの前日など、うれしくて眠れない。もう綱を引きたくてうずうずしてくる(笑)。
――ニュースの映像などで見る限り、まさに〝男の祭り〟だとばかり思っていました。
コシノ 昔は、女性は参加できないものだったようです。でも時代は変わり、いまは女性も参加できます。ただ私が子どもの頃は、まだまだ女がだんじりの綱を引くなんて例外的。それを私は毎年、男性に交じって先頭を切って山車の綱を引きながら走っていました。
――コシノさんが開拓神社祭と出会うのは、運命というか、必然だったのかもしれませんね。
コシノ 私の使命なんだろうと思います。出会いというのは計算じゃない。出会いは奇跡でもあるし、創造でもあるし、出発でもあると思います。出会いはいくらでもあるんですが、何も感じない人もたくさんいます。お互い何か志がないと、出会ってもビビッとこない。瞬間的なものです。運命的な出会いというような表現がありますが、それは偶然なのではなく必然の結果だと思います。法被のデザインの件もパッパッと決まりました。
ユニホームって同じものをみんなが着ます。法被もそうですが、そろいのものを着るということは心が1つになるということ。同じ精神を着る。東日本大震災があって、日本中が1つになる、世界中が1つになる、そういうときがきているのではないかと思います。
同じ精神のもとで、同じものを着る。着せられるのではなくて、自らの意志で着る。祭りには、そういう力があります。岸和田出身の人は全国各地にいますが、どこにいようと祭りのときは地元に帰ってくる。北海道でも開拓祭りが定着して、そのときは何をおいても帰ってくるようになればいいと思います。それも道産子だけが集まるのではなくて、もっと広げて他県から、世界からも。そこには、歴史や伝統のほかにもファッション性とか、楽しいとか、カッコいいとか、そうした要素も必要です。
i2――そこにコシノさんがデザインした法被の意味もあるわけですね。
コシノ カッコよさというのは、すごく質の高いもの。とても大切な要素なんです。
――コシノさんは、いろんな学校や企業の制服やユニホームなどをデザインされていますね。
コシノ そうですね。大阪万博の際のパビリオンのユニホーム、各種企業や学校の制服をやらせていただきました。北海道でいえば、札幌国際情報高校の制服、北海道銀行の制服など。スポーツだとプロ野球の巨人とかサッカーのヴェルディ。バルセロナ五輪バレーボール日本代表、アジア大会の日本代表とか。そのほか、映画や舞台の衣装も手がけさせていただきました。
――ユニホームや制服のデザインを考えるときに念頭にあるのは、先ほどおっしゃっていた一体感とか心を1つにということですか。
コシノ もちろん、それもありますが、人はまっさらな新しい衣を着ることによって、さあやるぞ!と前向きになります。形から入るということです。何でも見た目から入っていきます。
祭りだって、適当に普通の格好をしてやっていたのでは、人は集まってきません。そろいの衣装を着ることで連帯感が生まれ、みんなが1つになって担げます。もし、みんながバラバラの法被を着ていたら、気持ちもバラバラのように見えます。不思議ですね。

好き嫌いの曖昧さが発展しないもと

――私はまったくファッションに疎いのですが、男性のファッションに何かアドバイスはありますか。
コシノ 男性は決められた中で自分を表現していくというふうに思うんですね。一時、流行りましたね、金曜日はラフな格好で仕事をするというような風潮が。そうなった途端、男性たちは戸惑って、ゴルフに行くんじゃないよっていうような格好をしてしまう。いまの若い人は、遊びの中から仕事に余裕を見つけられると思うけど、ずっと仕事ひと筋できたサラリーマンとか、職人さんとかは、型にはまってしまっているから、遊びの余裕というものをなかなか見つけ出せない。
――具体的に、遊びというのは何でしょう。
コシノ 単純なことです。おいしいものを食べたりとか、人と会ったりというのは、1つの遊びの延長だと思います。遊び心に男性も女性もないはずなんですけど、男性はいい・悪いでものごとを決めるんですよ。女性は好き・嫌いで決める。男性の場合、好き嫌いをあまり表現しないというのかな。「これ好き」とか「これ嫌い」とか、こういうようにはっきりするのって嫌でしょ。
――そうですね。
コシノ 男性は「これはいいね・これはよくないね」とは言っても「これは好きだ・これは嫌いだ」という個人的な表現は多分しない。思っていても言わない。
女性の場合は言うんですよ。「わぁ好き」とか。簡単に。そんな個人的表現をしていいのと思うくらい。でも最終的に、本当は「好きか、嫌いか」なんですよ。
男性の場合、好きでも嫌いでもないんです。じゃあなんなのって言うと、そのへんが曖昧。そこが発展しないもとじゃないですか。

北海道らしさの創造が今後のテーマ

――コシノさんは「美ら島沖縄大使」も務められているそうですね。
コシノ 2000年の九州・沖縄サミットのとき、G8首脳のオリジナルウエアをデザインしたことがきっかけで、大使に任命されました。当時はまだ言葉がないから「アロハシャツ」と言っていましたが、「かりゆしシャツ」にどんどん変わったんですね。それが定着してもう12年。なかなかいいですよ。かりゆしシャツを見るだけで、沖縄イコール観光都市というようなイメージができあがりました。あれで本格的に変わりましたね。要するに見た目が変わった。これは県外の人々に対し、非常にインパクトのあるメッセージになったと思います。
まさに沖縄と北海道は対極です。一方で共通点もある。お互いに島で、飛行機じゃないと行けない。北海道の場合は鉄道やフェリーもありますけど。そして、両者とも他の地域にはない風土や文化的特徴がある。
ただ、沖縄に関しては、見た目がかりゆしシャツという方法で、あっという間に1つの沖縄らしさができました。北海道には、それがまだありません。確かに食には北海道らしさがありますけど、見た目がない。その創造がこれからのテーマでしょうね。
――札幌のファッションは割と進んでいるように言われていますが。
コシノ 東京の情報は近隣のほうが遅くて、札幌や福岡など離れているほうが逆に早い。例えるなら、陸地を各駅電車で浸透していくのではなくて、飛行機でダイレクトに入ってくるという感じです。東京とはまた違う感性があるから、札幌のファッションは注目もされています。
沖縄の場合、暑さがあったり、本州とは違う歴史があったり、40年前はアメリカだったので、やはり独特の感性がある。それはとても貴重だと思います。  北海道も同じことが言えて、ここまで発展したのは産物の効果はもちろんあります。四方を海に囲まれ、多種多様な海産物があり、農産物も豊富です。世界遺産にも登録されている大自然、四季折々の風情、温泉等々、それはそれは魅力にあふれた宝の島です。とくに雪のないアジアの国々からは注目されていますよね。
――そういう中で、北海道らしいファッションもつくるべきだと。コシノさんも協力していただけるとうれしいのですが。
コシノ やはりその土地にあったファッションが、自然発生的に生まれてくるべきだと思います。他の真似をするのではなく、独自のものを積み重ねていけば北海道らしさは確立されていくと思います。

=ききて/鈴木正紀=