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Interview

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しそ焼酎・鍛高譚を核に北海道の酒造りを牽引掲載号:2018年2月

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西永裕司 オエノンホールディングス社長

北海道で誕生し、国内屈指の総合酒類メーカーとなって久しいオエノンホールディングス。発売25周年を迎えたしそ焼酎「鍛高譚」からOEM、酵素培養まで幅広い事業を展開する。小樽市出身の西永裕司社長に現況を聞いた。

売上第一から利益追求への意識改革

西永裕司氏は1965年小樽市生まれ。小樽商科大学卒業後、証券会社を経て88年にオエノンホールディングス前身の合同酒精に入社。管理部門などを経て2015年3月から現職。16年3月から子会社の合同酒精社長も兼務する。
   ◇    ◇

――実家は小樽市内で酒屋を経営していた。

西永 店の近所に長靴メーカーの「ミツウマ」の大きな工場がありまして、そこで働く人たちが仕事終わりに店へ立ち寄るんです。当時の酒屋はいわゆる「もっきり」とか「角打ち」と言って、店で立ち飲みができましたので、私もよく手伝いでお酒を注ぎました。あのころは、本当においしそうにお酒を飲むお客さんたちを見て「なぜこんなに大人を喜ばせることができるのかな」と、子ども心に感じたものです。

――それが酒にかかわる仕事をしようと思った原点ですか。

西永 漠然とはそう思っていましたが、実家を継ぐという気持ちはありませんでしたね。

――それはなぜですか。

西永 安売りの量販店が台頭し、酒屋がどんどんコンビニに業態を変えていく、業界の変化が大きかったですね。実家の店は、コンビニにするのも難しかったこともあり、家業を継いでほしいという思いも強くなかったようでした。

――小樽商大を卒業後、証券会社を経て前身の合同酒精に入社されました。

西永 金融機関の仕事やノウハウに興味がありました。自分の将来を考えた時に、必ずプラスになるだろうと。ただ長い期間勤めるつもりはありませんでした。たまたまそこへ大学の先輩からの誘いがあって、合同酒精へ移ることにしました。

――入社後は管理部門が長かったのですね。

西永 営業志望だったのですが、最初に配属された旭川工場で、経理の人員が足りないということもあり、そこへ。工場での経理業務は、当然ですが製品や工程をすべて理解しないと真の原価計算ができない。そういう意味で、工場での勤務は自分にとって大きな経験でした。

――思い入れのある配属先はありますか。

西永 30代半ばで支店長として赴任した、静岡支店ですね。管理畑をずっと歩むのかなと思っていた矢先に営業拠点のトップですから、驚きました。

――30代半ばで支店長というのは若いのでは。

西永 そうですね。営業の経験もないし、プレッシャーはありました。現場の社員も不安に思っていたかもしれません。

――支店長として取り組んだことは。

西永 当時はとにかく売上第一主義で、利益が考えられていないところがありました。私は経理の経験上、売り上げをいくら増やしても利益を上げなければ、会社として何にもならないと考えていて。だから売り上げが増えても、いわゆるリベート、販売促進費などの経費を使い過ぎては意味がないと言い続けました。当時、年配の営業社員からは「この若造」と思われたかもしれませんが。

――現場の営業スタイル自体を変えていった。

西永 売り上げ、つまり販売数量をどう確保するか、というのは自己満足でしかない。そこへ販促費をつぎ込むのはナンセンスだ、という意識改革だったのですが、結果的に社内全体の意識を変えていくきっかけにもつながったのではと思います。

鍛高譚ブランドをもっと広げていく

――焼酎事業の主力は甲類焼酎ですが、他社との差別化が難しい商品です。

西永 北海道・東北は甲類、九州は乙類がそれぞれよく売れます。乙類は、いも焼酎の「霧島」や麦焼酎の「いいちこ」「二階堂」といったブランド力のある商品がないと、戦うのは難しいです。その中で当社は、甲類と乙類を混合させる「混和焼酎」に力を入れてきました。甲類と乙類をバランスよくブレンドすることで、コストパフォーマンスが高く、味わいのよい商品ができます。そこで出したのが大ヒットした「麦盛り」シリーズで、当社の転換点になったと思います。

――酒造メーカーは、酒税法が改正になるたびにその対応を迫られます。

西永 17年6月の改正では、商品の原価割れ販売が禁止されました。われわれメーカー側から小売店へ渡す販売奨励金などを原資にした安売りがおこなわれていて、それが厳しく取り締まられることになった。つまり安売りするにはもともとの原価を安くする必要がある。いかに製造コストを下げるかが重要になったということです。

もともと甲類は当社が日本一安く製造できるという自負がありましたので、その部分で他社と差別化できます。実際、改正酒税法の施行以降、混和焼酎がまた売れてきています。

――同じ混和焼酎では、しそ焼酎「鍛高譚」が17年に25周年を迎えました。

西永 15年の暮れから、25周年プロジェクトを発足しました。調査会社が調べたところだと、鍛高譚の認知度は3割ほど。ただその内の4割しか、実際に飲んだことがないという結果が出ていました。これはわれわれが想定していたよりも低い結果。新千歳空港でサンプリング(12月8・9日)をしたのもそうですが、もう一度認知度を高めるところから始めています。

――小売りだけでなく、飲食店への卸をどう増やすかもカギでは。

西永 そのあたりは多少おろそかになっていたと思います。出荷量のピークは05年で、そこから約10年で半分に減ってしまっていて。認知度があるから量販店に置いておけば、自然に売れると思っていましたから。その前提が崩れているので、まず飲食店などで飲んでもらって「おいしいから量販店で買って家でも飲もう」というサイクルを、もう一度つくりたい。

また鍛高譚と同じ釧路管内白糠町のしそを使った「鍛高譚の梅酒」が大変好評です。私たちにとってもそうですが、日本国内でみても唯一無二のお酒ですから、今後もさまざまな飲み方を提案して、鍛高譚ブランドを広げたいですね。

紙パックの純米吟醸酒を新発売

――旭川で酒造りをしている「大雪乃蔵」ブランドなど、清酒事業は。

西永 清酒には純米酒や吟醸酒など製造方法を限定した特定名称酒と、それ以外の普通酒という区分があります。当社は安価な普通酒を得意にしていましたが、清酒の需要が右肩下がりの中、特定名称酒については伸びてきています。

われわれも特定名称酒の販売へ徐々にシフトしていて、16年には「福徳長」ブランドで、純米吟醸酒の紙パック酒を発売しました。瓶と比べて品質を維持するのは難しいのですが、これまでのノウハウを生かしてクリアしました。価格も純米吟醸酒としては、お手頃な価格で提供できています。

旭川の「大雪乃蔵」も、認知度と品質についての評価が高まってきました。醸造できる量は年間500㌔㍑が限度ですが、こちらは量を増やすつもりはありません。量とコストを追う、焼酎とのバランスを保ったほうがいいと思っています。

――原材料や燃料費高騰の影響はありますか。

西永 17年第3四半期は減益になりましたが、一番の要因はまさしく原材料です。それもコメ。焼酎でもコメは使いますが、清酒の原料としてのコメが前年の倍くらいかかっています。コメについては日本のコメを使う決まりですから、悩みどころです。

北海道の酒造りをPRしていく

――酒造り以外の事業としては酵素の製造販売が好調ですね。

西永 当社の主力は「ラクターゼ」と呼ばれる、牛乳に含まれる乳糖分解酵素です。乳糖を分解できない人は牛乳を飲むとお腹が痛くなるのですが、このラクターゼを入れるとそれが軽減されるというものです。

ラクターゼはヨーグルトなどに添加すると砂糖を使わなくても甘さを引き出す効果もあるので、健康面からも世界中でニーズが高くなっています。当社はこの酵素で世界第2位のシェアを持っており、17年度だけでも3割くらい伸びているところ。酵素や菌を大手メーカーから受託生産する、生産支援事業も拡大しており、それに合わせて17年、18年には約14億円を投資しています。

――酒類用や工業用のアルコールも製造しています。

西永 当社の安いアルコールを大手小売店などのPB商品を受託製造する際にも使用できるため、コスト高騰の中でも原価や販管費を減らせるというのがセールスポイントです。

静岡県にある自社のアルコール製造工場に50億円を投資して、アルコールの蒸留中などに発生した熱を再利用する、自己熱再生システムを導入した蒸留設備を増設します。これが稼働すると、重油使用量を7割ほど減らせるそうで、年間では3億円ほどのコスト削減を見込んでいます。

――今後の成長戦略は。

西永 酒類事業が売り上げの9割を占めていますから、そこにはこだわりたいですね。乙類焼酎については、M&Aなどで有望なブランドを獲得したいと考えています。

原料高をはじめ、今の経済環境は小規模な清酒や焼酎の蔵元にとって厳しいです。そういう意味では、事業の継続性ということを今のうちに考える必要があると思います。

――後継者が不在の企業が事業承継をどうするか、という問題はどの業界からも聞こえてきます。

西永 これからの時代は、メーカーの独りよがりや自己満足を、どれだけ排除することができるかが重要。消費者が求めるものは何なのかを考えた上で、商品戦略を立てるべきです。

創業からの歴史をどの企業も土台にしているわけですが、面子や誇りといったものよりも、飲んでくださるお客さまの心、考えに寄り添う企業でありたいです。

――北海道は外国人観光客が増加していますが、お土産としての需要も今後高まるのでは。

西永 私たちも北海道発の企業として、北海道を代表するお土産はお菓子だけではなくお酒もあります、というところを示したい。「大雪乃蔵」だけでなく、小樽の工場は閉鎖となりましたが、旭川で製造を続けている「北の誉」のブランドもあります。鍛高譚も含めた北海道の銘酒3点セットなど、インバウンド向けのものも用意できればいいと思っています。

合同酒精の発祥は北海道ですから、生意気かもしれないですが、私たちも北海道の酒においてはリーディングカンパニーだと思っています。北海道の酒をPRしていく上で、われわれの役割は非常に大きいと感じています。

=ききて/清水大輔=