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Interview

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〝やさしさ〟でアジア市場をリードする掲載号:2015年5月

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高原豪久 ユニ・チャーム社長

創業以来、長年培ってきた不織布・吸収体の加工・成形技術で〝不快〟を〝快〟に変えてきたユニ・チャーム。赤ちゃんから高齢者、さらにはペットまで、同社がつくる高機能な商品群に世界が注目する。グローバル展開を指揮する高原豪久社長に今後の世界戦略を聞いた。

女性が感じる不安 不満を解消したい

――ユニ・チャームというと、やはり国内トップシェアを誇る生理用品メーカーというイメージがありますが、もともとは建材の会社だったんですね。
高原 父・慶一朗が創業した当時の社名は「大成化工」といいます。防火建材の木毛セメント板を製造販売していました。
――創業が高原さんの生まれた1961年。
高原 高度成長期でモータリゼーションの時代。いまでこそあまり見なくなりましたが、当時は都市部のスペース効率から立体駐車場がたくさん建設されました。当社は、そうした立体駐車場の壁面に、おがくずをセメントで練って耐火性を強化したような建材をつくっていたのです。
――いつ業態変換を。
高原 先代の「女性が生活の中で感じる不安や不満を少しでも解消したい」という強い思いがあり、会社設立2年後の63年には生理用ナプキンの製造販売を始めています。
――高原さんがユニ・チャームに入社されたのは91年。その前は三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)にお勤めでしたが、家業を継ぐという思いはもともとあったのですか。
高原 誰から言われたこともないのですが、継ぐのが当たり前のような環境で育ってきたのは事実です。親からバトンを受けることに抵抗を感じる人もいると思いますが、私は逆に「そういう星のもとに生まれたのだから、それに乗るべきだ」と思うタイプ。ですから、まったく違和感はありませんでした。
――なぜ金融へ。
高原 大学を卒業してすぐ入社というのは、やはり大変だと思いました。色眼鏡で見られる立場の人間が入り、人の何倍ものスピードで出世していく。そういうことが普通にある世界です。いずれユニ・チャームに入るにしても、そこで自分の立ち位置を客観的に見られるようにするには、他人の釜の飯を食う経験が必要だと思いました。
銀行を選んだのは、当時バブルが全盛期で、金融系には優秀な人たちが集まっていたというのがあります。そういうところで切磋琢磨しようと。実際、私の周りにも優秀な人がゴロゴロいました。同じペーパーを配られて、同じ時間のレクチャーを受けるのですが、パフォーマンスが全然違う。もっと勉強しなければと努力もしました。

想定より10年も早まった社長就任

――銀行勤めは5年。
高原 最初の1年半は東京の青山支店で外国為替の両替や送金。次の1年半は日本国債のディーリング。それは三和銀行の自己ポートフォリオで50億円の運用です。国債ですから株ほど大きく変動しない。当時は、若手にそういうことをやらせていました。残りの2年はロサンゼルスの現地法人で不動産のファイナンス。取引先は、ほとんどが日本の中小企業の経営者でした。彼らがカリフォルニアに小さなオフィスビルとかスタンダードクラスのホテルを買いにくるんです。
――入行3年で海外勤務はすごいことなのでは。
高原 確かに多くはありませんが、本当に優秀な人はニューヨークや香港、ロンドンなどに行きます。でもそうやって海外に出してもらえたのは有り難かったですね。私は高校のとき、サンフランシスコに1年間留学していて、英語にも多少なじみがありました。そんなことも銀行は考慮してくれたのだと思います。
――ユニ・チャーム入社が91年ですね。
高原 30歳になる年です。私としては、10年は銀行にいたかったのですが、周囲は、それは長いと。いま思うと、それは正解でした。なぜなら大卒後の最初の5年というのは、かなりインパクトが強いんです。ユニ・チャームに入っても、やっぱり銀行員の感覚がなかなか抜けませんでした。銀行員は製造業をちょっと下に見るようなところがあったりして、そんな感覚をフラットに戻すのに10年かかったように思います。もし銀行に10年いたら、それは20年かかったかもしれない。
――それから10年で社長になりました。
高原 入社したとき、自分自身としては20年後、49歳で社長になるというキャリアビジョンをつくっていたのですが、現実は10年早まりました。
――それだけ実績があったと。
高原 結局、2年ずつ10部署やるというのを、それぞれ1年ちょっとで異動しました。最初に配属になったのは社長室。現在でいえば経営企画室です。そこで任されたのが多角化して失敗した事業の整理。レジャー事業、結婚情報事業、幼児教育事業等々、うまくいかない事業がたくさんありました。創業事業の建材もそうです。バブルが終わり、ゼネコンから買い叩かれて利益なんか出ない。でも、やたら人がいる。これを整理するのは、社長の息子である私にしかできなかったと思います。

エース級の人材を海外に送り続ける

――社長室にいた1年で不採算部門の整理は終わったのですか。
高原 建材以外は全部整理しました。80年代のバブル期は、経営者の評価基準として多角化ができないと二流みたいな風潮があって、当社もそうなっていました。他社がやったほうがよっぽどうまくできる事業まで手を出し、それで業績が悪くなってにっちもさっちもいかない。当社はメーカーですから、オーソドックスに一番の強みに資源を集中すれば、スピードで成功確率は上がっていく。教科書どおりのことをやったに過ぎません。
――ユニ・チャームは早い段階で海外に出ています。
高原 84年に台湾に現地法人を設立したところから当社の海外展開はスタートするのですが、本格的には90年代に入ってからです。私は入社3年目の94年、台湾の現地法人に副董事長として赴任しました。累損がたまって、非常に厳しい状況だったからです。会社組織はどこも似たところがあって、業績が悪くなると心がすさんで、台湾側は日本のせいにするし、日本サイドは台湾のせいにする。台湾での事業は多角化のツケのようなものではなく、まさに本業です。途中で投げ出すわけにはいきません。現地の人に信用してもらうために、社長の息子が行ってみんなと一緒の生活をする。成果を出せば現地の人もこっちを向いてくれる。その思いで、利益を出せる体質にもっていきました。
1年半後、私は台湾から戻り、国際本部副本部長に就任しました。銀行時代も含め、私自身が海外に出ていますので、グローバル展開を進める中で、日本人にありがちな外国人恐怖症とか、海外生活に対する躊躇だとか、違和感みたいなものは一切ありません。もちろん、大変さもわかります。海外に出れば、いくら日本でピカピカのキャリアをもっていても関係ありません。現地の人から尊敬されなければ意味がないのです。できるだけ短期間で成果を出すことで初めて尊敬される。それを考えたら本当にエース級を出さないといけない。内部から「この人間を外したら国内がガタガタになりますよ」と言われるような人たちです。でも私はそういう人材を海外に送りました。それでガタガタになるなんてことはありません。組織運営の妙というのか、そういうエースがいなくなれば別の人間が育ってくるものです。
――海外展開の現状は。
高原 生産拠点を持っているのは15カ国・地域。商品を展開しているのは約80の国・地域になります。現在、国連加盟国は193といわれていますから半分近くはカバーしています。残りはアフリカのサブサハラ以南、いまはブラジルだけですが、南米も今後の開拓のフロンティアになります。
――本当にグローバル企業ですね。
高原 すでに販売構成は6割が日本以外です。うち日本を除くアジアで47~48%になります。1億2700万人の日本と30億人のアジアですから。

ペット関連業態を成長のエンジンに

――ライバルはP&Gになりますか。
高原 すばらしい会社です。ライバルだし、お師匠さんだし。花王さんも同じような位置づけです。
――ユニ・チャームの世界シェアは。
高原 マーケットとして一番大きい子ども用の紙おむつを代表としていうと、P&Gが約30%、キンバリークラークが約20%、当社が約10%。世界3位です。
――アジアだけで見ると。
高原 当社は約26%でダントツです。世界の三極は欧州、アメリカ、アジアということでいうと、世界約70億人の人口の中で約40億人がアジア。伸びていくのもアジアです。ここにフォーカスして、さらにシェアを高めていきます。
――売上高1兆円が目前。
高原 今期は7000億円を超えてきます。とくにアジアのみなさんに当社製品の〝やさしさ〟を実感していただければ、自ずと結果はついてくると思います。
――ペット分野にも力を入れていますね。
高原 ペットの市場規模は大きい。2020年を考えたとき、紙おむつ・生理用品のマーケットは世界で約13兆円。一方、ペットはフードとトイレタリーだけで約14兆円あります。そういうものを21世紀後半の成長エンジンにしていきます。現在、日本のゼロ歳から15歳までの子どもの数は約1600万人。それに対してイヌとネコの飼育頭数だけでも2000万頭です。もちろん、ペットの寿命は15~16年と短いですが、人間と同じような高機能フードを食べ、長寿になり、排泄ケアが必要になれば、当社の紙おむつをはくようになると思います。
当社のフードの開発・研究もかなり進んでいます。そしてトイレタリー。これはシナジーが相当効きます。世界でもこういうコンビネーションのビジネスモデルを持っているメーカーはありません。ペット先進国はアメリカで、市場の約40%を占めています。当社は2011年にアメリカのペット用品企業を買収しました。
アジアでも高級なペットショップができ始めています。ペットについては、まず日本と北米で徹底的にやり、タイミングを見てアジアに本格展開していきます。

=ききて/鈴木正紀=