「情報を先取り、タブーに挑戦」を編集方針とし、生活者・企業経営者に
最新かつ有益な情報価値をご提供する、北海道の地域政治・経済誌

ロゴ

トップページ > インタビュー

Interview

このエントリーをはてなブックマークに追加

〝みなさまの丸井〟
〝あなたの三越〟をさらに磨く
掲載号:2016年7月

photo

伊藤達哉 札幌丸井三越社長

昨年秋に改装が終わり、生まれ変わった丸井今井札幌本店と札幌三越。新たなコンセプトを与えられた2館が目指すのは、実際に足を運ぶことで得られる〝リアル〟な体験だという。新社長の伊藤達哉氏にその真意を聞いた。

20代でマネジャー 40代で店長に抜擢

伊藤達哉氏は1957年三重県生まれ。明治大学卒業後、80年4月に伊勢丹入社。2005年に伊勢丹吉祥寺店で初めて店長を務め、06年に同松戸店長。08年に執行役員JR西日本伊勢丹専務取締役大阪店開業準備室長、10年10月の大阪店新規開業後は同店店長として指揮を執った。13年に伊勢丹浦和店長。今年4月から札幌丸井三越社長を務める。

――入社のきっかけは。

伊藤 大学で軟式野球部に所属していたんですが、春と秋のリーグ戦の合間が百貨店の夏のお中元と冬のお歳暮時期。野球部の先輩がその時期に伊勢丹でアルバイトをしていて、誘われて働いていたんです。そうしたら、就職活動の時期に伊勢丹の社員のかたから入社試験の受験を薦められました。それがきっかけです。

――新人時代の担当は。

伊藤 婦人服です。当時の伊勢丹新宿本店で13年間婦人服を担当しました。

――スペシャリストということですね。

伊藤 とくに30代の女性がターゲットの婦人服を扱って
いました。婦人服売り場で、セレクトショップのように複数のブランドを扱ったのは、おそらく私が初めてだと思います。伊勢丹では1994年に「解放区」という新進デザイナーのアイテムをセレクトした売り場を展開しましたが、私が当時の伊勢丹新宿本店で始めた売り場はそれ以前ですから。オフの日のライフスタイルがテーマで、当時は世界を股にかけた婦人服バイヤーだったんです(笑)

――伊勢丹吉祥寺店で初めて店長となりました。

伊藤 47歳で就任しましたが、伊勢丹内では久々の40代店長だったんです。

――つまり大抜擢だった。

伊藤 マネジャークラスになったのも20代後半で、それも伊勢丹としては久々の20代起用でした。先々代の社長(小柴和正氏)が「20代の売り場責任者を出せ」と号令をかけたんですが、適任な人材が私を含めて3人ほどだったということもありますが。マネジャーになった当時は、1886年の創業からちょうど100年ということで〝100周年記念人事〟と言われましたね(笑)。

丸井は幅広い客層 三越は個に注力

――企業人、管理職として大切にしていることは。

伊藤 自分の原動力は「自分がイヤなことを人にしない」こと。そういったことが問題点として浮かんだ場合に、改善したいという思いがすごく強いです。

――改善のための手法は。

伊藤 とにかく社員とコミュニケーションをとること。前任の浦和店では、部長から現場のリーダーまで合わせて150人ほどと毎年面談しました。全従業員となると700人ほどになるので物理的に無理でしたが。

――面談の中で問題点が見つかるということですか。

伊藤 そうですね。直接話さないとわからないことも多いですから。でも面談で正直に話したら成績が悪くなるのでは、と心配する人もいて、1度の面談でそうそう本音を話してはもらえない。2回目はたいていの人が本音を話してくれて、3回目でやっと、ざっくばらんに話ができるようになります。

――丸井今井で育った社員と三越で育った社員が混在していますが、どうまとめますか。

伊藤 私が立ち上げからかかわったJR大阪三越伊勢丹では、伊勢丹、三越、西日本旅客鉄道、JR西日本伊勢丹と、4つのルートで入社した社員がいました。それぞれの社員ごとに「社長」が違うわけです。たとえば「社長の方向性」といった話を社員にする際、どこの社長の話なのかということになる。札幌丸井三越が誕生して5年になりますが、2社の合併ですから、それに比べれば同じ方向性を取りやすいと思っています。

――具体的には。

伊藤 1つには、売り上げ目標とエムアイカード会員の獲得ですね。売上額やカード口座数を具体的な数字で目標にすると、現場の社員が同じ方向性を取りやすいということがあります。

――昨年、三越本館と丸井今井札幌本店が改装によってリモデルされました。

伊藤 2つの百貨店がそれぞれ進むための〝レール〟が敷かれたということです。それを実際どう進めて、どうだったのかを検証するのが私の一番大きな仕事だと思っています。

三越と丸井今井は5年前に合併するまで、80年もの間、互いにしのぎを削ってきました。当然、両店共通のお客さまもいます。今回のリモデルは、それぞれのお店の性格をはっきりさせるのが目的でした。つまり、2館が今後、それぞれどういうお客さまを相手にしていくのかということです。

――リモデル後の2館のコンセプトは。

伊藤 〝みなさまの丸井〟と〝あなたの三越〟です。丸井今井は「みなさま」つまり、百貨店の顧客層を特定した上で、ある程度多数のお客さまを相手にしていきます。三越は「個」にスポットを当て、限られた属性へ向けてさらにアピールします。

――百貨店という業態そのものの厳しさは続いています。

伊藤 インターネットやSNSの普及で、家にいながら24時間365日買い物できますが、百貨店は限られた時間しか開いていない。買い物をするということだけ見れば条件が違いすぎます。そこを今までは同じ土俵で戦おうとしてきた歴史がありました。

でもこれからは考え方を変えて、リアルの店舗に来ていただいたお客さまに対して〝いい経験〟を味わってもらい〝気持ちよく〟帰ってもらうことが大切です。買い物をすることで元気になったり癒やされたりするお客さまもいるはず。そうした体験ができるのが、リアルならではの強みです。そこをさらに磨きあげていくのが私の使命です。

――全店休業日を年間3日から6日に増やすそうですね。

伊藤 これから百貨店は365日毎日営業している必要はないんじゃないか、と思っています。お店で働いている人が疲れてしまったら、いい接客もできないわけですから。働く環境がよくなればなるほど販売員も「いい表情」になる。クオリティーの高いサービスが提供できるのではないか、と考えています。

札幌市内だけで競争しても先がない

――札幌駅前の百貨店との競争については。

伊藤 いま感じているのは、北海道の大きさ、広さと札幌市への一極集中です。札幌市は190万人都市ですが、第2の都市が旭川で30万人強しかいない。福岡市は札幌よりも40万人ほど人口は少ないですが、周辺の都市を合わせると札幌圏よりずっと商圏が大きいわけです。札幌のことだけを考えて商売をしていても先がない。札幌を含めた北海道全域を、どうネットワークでつないで発展させていくかを考える必要があります。

その上で、札幌の2館はどうあるべきかを考えようとしているので、札幌駅前と大通の繁華街という関係の中だけで物事を見ていても決して好転しないと思います。

――西武旭川店が閉店することになりました。

伊藤 売上高がまだ100億円近くもあるのにそういう決断をされた。やはり将来性が低いという判断だったのかなと思います。当社のグループ会社に函館丸井今井がありますが、ここも100億円規模の店舗。でも閉館しようとは考えていません。函館は北海道の中で重要な拠点で、まちの人口は少なくても伸びしろはあると考えているからです。

――北海道内は外国人観光客が増えています。

伊藤 外国人客が日本で使っていく金額は1番が東京、2番が大阪、そして3番目が昨年、福岡を抜いて札幌になりました。今後も外国人客は増えると思います。でも「爆買い」のような消費の仕方からは、すでに変わってきています。全体としてニーズは同じでも、買い方や買う場所は変わっていく。その中でどう対応できるかです。ただし、当社の売り上げに占めるインバウンドの割合は5%以下。一定の対応は必要だけれど、まずはそれ以外の95%に対してしっかり取り組みます。

――丸井今井で展開している「きたキッチン」は相変わらず好評ですね。

伊藤 百貨店にとって北海道物産展は、どこの店でもドル箱の催事です。それは道内の店舗でも同じです。1つには北海道の距離感が理由だと思っています。札幌から函館まで電車で4時間弱もかかりますから。北海道に住んでいても、北海道のものがすぐ手に入るとは限らないわけで、札幌で北海道物産展をやるのは、東京の感覚に近いと思います。高校野球で北海道のチームを応援するように、北海道の人は北海道が好きだし、応援しています。その意味で、北海道産のものにはポテンシャルがあります。

――小型店業態の「エムアイプラザ」を地方展開する検討をされていますね。

伊藤 具体的なことはこれからです。以前丸井今井の店舗があった場所や、外商部門の拠点があるところもあって、そういう地域は将来的な出店の可能性があります。今年4月に苫小牧でエムアイプラザを出店し、その中にきたキッチンコーナーをつくりましたが、それも1つの方法。しっかり見極めた上で考えていきたいと思っています。

――新規出店も含めて、勝負をする態勢が整った。

伊藤 合併からの5年間は、さまざまな整理をして、筋肉質の企業体質を築いてきました。ようやく〝攻め〟の段階に入ったと思います。

=ききて/清水=