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Interview

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【新春異色対談】札幌を“演劇創造都市”に掲載号:2019年1月

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秋元克広札幌市長
斎藤歩北海道演劇財団専務理事 

劇場での映画鑑賞が趣味で若い頃は舞台もよく観たという秋元克広札幌市長と、公益財団法人「北海道演劇財団」専務理事で“演劇の力で札幌を盛り上げたい”と考えている俳優兼演出家兼脚本家の斎藤歩氏による異色対談。

舞台芸術の重要性は増している

――斎藤さんは、秋元市長との面識は。

斎藤 2016年のさっぽろ雪まつりのことです。西5丁目大雪像前の特設ステージで、札幌の劇団員が集まってシェイクスピアの「冬物語」をモチーフにした「さっぽろ冬物語」という芝居をやりました。その劇中、雪まつりが終わったら雪像を壊さなければならないというシーンがあって、役者の1人が「雪まつりを続けろ!札幌市長、出てこい!」っていうセリフがあるんです。そうしたら観客席から「ここにいるぞ!」と叫ぶ声がして。それが秋元市長でした。

秋元 そんなことがありましたね(笑)

斎藤 イメージと違って、すごく親近感を持ちました。

秋元 あの場面では、こちらも乗らないと。

――2018年は「札幌文化芸術劇場hitaru」がオープンしました。演劇人としてはうれしい出来事なのでは。

斎藤 大劇場の下の階に「クリエイティブスタジオ」という施設があるんですが、12月17日から、僕も出演する「ゴドーを待ちながら」という作品を上演します。

秋元 ノーベル文学賞作家、サミュエル・ベケットの名作ですよね。

斎藤 僕が長年、実現のタイミングを計っていた作品です。ディディとゴゴの2人が一本道の真ん中、貧弱な木の下で現れないゴドーを待ち続ける名作を、いつか札幌で実現したいと願い続けていました。劇団「イレブンナイン」の納谷真大君というパートナーにめぐり会うことができて、彼と何度となく演劇の話をするうちに、彼にディディをやってもらえれば、僕がゴゴをやれると思いました。さらに、僕が東京で毎年のようにかなりハードルの高い作品でご一緒させていただいた2人の偉大な先輩で、大切な戦友でもある福士惠二さんと高田恵篤さんを、ラッキーとポッツォに迎えることもできた。新劇場のオープニングシリーズの1つを任せていただいた幸運に感謝しています。

――斎藤さんが演出も担当されているんですね。

斎藤 はい。また舞台美術は、道産子でいまや日本を代表する舞台美術家の島次郎さん、照明は大野道乃さんを東京から招きました。

秋元 hitaruを含む札幌市民交流プラザは、舞台芸術の創造・発信、文化芸術活動に関する相談サービスや情報発信などを通じて、市民の創造的な活動を支える新しい文化芸術の拠点として活用してもらいたいですね。

――秋元市長の趣味は劇場で見る映画鑑賞とお聞きしていますが、演劇は。

秋元 若いころはよく観ました。観劇サークルのメンバーになっていたもので。

斎藤 それなら、けっこう観てられますね。

秋元 それでも年間でいえば10本くらいだったでしょうか。いまも斎藤さんら北海道演劇財団の方々が尽力されている「札幌演劇シーズン」には、夏も冬も必ずどこかのタイミングで観に行かせてもらっています。毎回5作品くらい場所を変えて上演されてますよね。本当は全部観たいのですが、そうもいきません。

斎藤 市長からは、演劇シーズンのオープニングにいつもメッセージをいただいてます。

秋元 本当に楽しみにしているんですよ。演劇シーズンは確実に観客数が増えてますね。市民の中にファン層が確実に広がってきていると感じます。映画と演劇は地続きであると思いますが、舞台芸術は演者と観客がリアルタイムで同じ空間を体験できるという点が大きく異なります。デジタル時代にあって、舞台芸術の重要性は増してきているのではないでしょうか。

斎藤 僕も映画やドラマの仕事をやっていますが、舞台の現場に戻ると、やっぱりいいな、ぜいたくな時間だなあと思います。ちょっと涙が出るくらい。

札幌は全国的に見ても演劇が活発

――斎藤さんが活動の拠点を東京から札幌に移したのも2016年でしたね。

斎藤 秋元市長と出会った雪まつりが2月で、その4月に北海道演劇財団の常務理事兼芸術監督として札幌へ帰ってきました。

――東京ではどのくらい活動していたんですか。

斎藤 17年間ですね。北海道大学演劇研究会を経て87年にアマチュア劇団を主宰。96年の演劇財団設立に伴い付属劇団「札幌座」の契約アーティストになりました。そのうち東京の舞台なんかに呼ばれるようになって、2000年から活動の場を東京に移しました。

秋元 札幌は昔から劇団の数が多かったように思いますが、現在はどうですか。

斎藤 数えられるだけで80以上ありますね。この数が190万都市にとって多いのか少ないのかは議論の分かれるところだとは思いますが、いずれも熱心に活動しています。観客もコンスタントにいる。全国的に見ても非常に活発な地域だと実感しています。それに4、5年周期で若い劇団がどんどん出てきますね。いま僕が芸術監督を務める劇団は、僕自身が54歳になるので、観客の高齢化が始まってますけど(笑)

秋元 演劇シーズンを客席から見ていると、とくに若い世代を中心に盛り上がりが感じられます。

斎藤 劇団員も20代のうちは、アルバイトが終わってから稽古場に集まって手弁当でやっていた。だけど男は30歳を過ぎたころから、これでいいのかと考えはじめて、正職に就いたりすると演劇が続けられなくなる。女性もそろそろ子どもをと思って、実際に子育てをするようになれば、演劇から離れざるを得ない。そんな事情からすれば、演劇は若い人のものといえるのかもしれません。でも、今回のベケットもそうですが、チェーホフとかシェイクスピアとか、世界的な作品をやろうとすれば、やはり40代、50代の役者が不可欠になります。30歳を超えても40歳を超えても演劇が続けられる環境が必要です。

札幌の演劇人たちによる挑戦を期待

――北海道演劇財団設立の背景には、プロ的な演劇人を地元に存在させるという意図もあるんでしょうね。

斎藤 そう思います。実際、僕より10歳若い世代の演劇人が札幌にも複数存在しはじめています。それこそ10年前なら40代の演劇人なんて僕くらいしかいませんでしたから。 

秋元 演劇の世界で食べていける人たちが増えないと、その文化は定着もできないし持続もできない。海外だとニューヨークだったりロンドンだったり、スタッフも含めた舞台芸術そのものが1つの産業として成り立っていますが、札幌はそこまでいかない。

斎藤 東京だってそうです。みんな苦労しながら続けています。

秋元 札幌には道外はもちろん、海外からもたくさんの観光客に来ていただいています。そこでよく言われるのが、夜の飲食の場はあるけれど、それ以外の楽しみが外国の都市に比べると少ないと。まさに舞台芸術は、そこにハマるものだとだと思います。演劇を今後さらに観光資源として活用していくためには、幅広い層の取り込みなど課題はあると思います。一方で、札幌も定番だけではない新たな観光資源が求められていて、札幌の演劇人による継続的な取り組みと挑戦を期待しています。

斎藤 僕が札幌に帰ってきた理由の1つもそこにあります。札幌は舞台芸術を中心に特色のあるまちづくりができると思ったからです。演劇には札幌をさらに活力あるまちに変えていく力があります。ぜひ札幌を“演劇創造都市”にしていきましょう。

秋元 文化芸術は創造性や多様性を育むとともに、新たな需要や価値観を生み出し、まちの魅力の基盤となるものでしょう。今後も“札幌ならでは”の文化芸術が生まれ、多くの市民の活力につながっていくことを期待しています。

=ききて/鈴木正紀=